Basis18. 橘華凜の決断

 午前の授業が終わり昼食の時間になる。自分で弁当を作るというのも難しいので学食にでも行こうかと思っていたとき、教室にとんでもない来客がやってきた。


「かーりーんーちゃーん!」

「げっ」

「うわ」


 私と海緒が全く同じ反応をする。やってきたのは生徒会長持統院玲照葉のヤベーやつ。私と姉妹プレイを強要しようとしてくる頭のイカれた変態だ。


「海緒、ここから逃げる方法は?」

「ない」

「ですよねー」


 あんなんでも生徒会長だし、見た目だけはいいから新入生からの人気もなかなか……というか一種のカリスマ化している。そんな存在相手に逃げ回るようなことをすればそれこそこちらに何かやましいことがあるのかということになってしまう。会長の周囲には人だかりができてしまっているため、第三者の介在もバッチリ。


「やぁやぁ華凜ちゃん、元気かな?」

「元気ですよ。……どこかの誰かさんが来るまではの話ですけど」

「これは手厳しいね」


 会長はにこやかな笑みを浮かべている。まさに余裕の表情といったところか。


「で、わざわざ教室まで来て何の用ですか?」

「なに、一緒に昼食でもどうかと思いましてね。『異界よりの嬰児リンカネート・パラディオン』であれば昼食を学食に頼り切るというのも大変でしょう?」


 手に抱えていたであろう重箱を私の机の上にドスンと置いてみせると、周りからは黄色い声が飛び交う。会長は前の席に座っていた女子に話しかける。


「少しこの子に用があってね。席を貸して貰えるとありがたいんだけど……」

「よろこんで!」


 目にハートマークが浮かんでいる。大和撫子の側面もありながらイケメン女子の側面もあるのか。ほんと見た目だけならいいんだけどさ……。会長は軽く会釈するとその席に座りこちらを見つめてくる。


 重箱を開けてみると、そこには庶民的なラインナップながらも、明らかに手がかかっていると見受けられるおかずの数々が鎮座していた。


「華凜ちゃんのためにまごころ込めて作ったんですよ?」

「会長自ら?」

「もちろん! まぁ、少しはシェフにも手伝って貰いましたが大まかのところは私が」

「ヒエッ……」


 バケモンスペック。いくら私と共盟リージョンを結びたいからってそこまでするかなぁ、普通?


「ちゃんとシェフ共々味見はしましたから。きっと喜んでいただけると思いますわ」

「まぁそこまで言うなら」


 会長は懐から割り箸を取り出すと卵焼きをつまむ。そしてそれを私の口の前に差し出してきた。この行為、つまりそういうことだろう。心の中で頭を抱える。


「はい、あーん」

「えぇ……」

「あーん」


 会長はメチャクチャニコニコしながら口を開けろと目で指示を飛ばしてくる。周りの野次馬のボルテージも明らかに上がっている。ここでやっぱりいいですという選択肢は完全に排除されてしまったということになるのだ。策士……!

 

「あーん……」

「どう?」

「……美味しいです。不本意ながら、ですけど」

「うん。華凜ちゃんのために作ってきただけのことがあります!」


 その卵焼きは食感がとてもふわふわしていて、かなり甘めに仕上げられていた。それでいて甘いだけではないというのが凄い。お母さんの卵焼きも好きな味ではあったけど、これもなかなか好みの味だ。


 周囲の生徒も羨望と嫉妬が混じった眼差しでこちらを見てくる。一部からは明らかに別の感情を抱いた視線まで飛んでくる始末で頭が痛い。


「『お淑やかな生徒会長×素直になれないツンデレ後輩』……いい……」

「わかる……」


 あの粘着質な視線の原因はあの女集団か! というかいいのかそれで……


「浅茅さんもいかがですか?」

「えっ、アタシ!?」

「華凜ちゃんをいろいろ支えてくださっているのでしょう? 私からの労いの気持ちと思っていただければ」

「まぁそこまで言うなら……」

「はいあーん」


 海緒は何の疑いもなく口を開ける。そして同じように料理を味わうと、期待通りの反応を見せた。

「アタシが作った料理より美味しい……なんか複雑だわ……」


 海緒は孤児院時代に手伝いで料理を作っていた実績がある。その海緒にそこまで言わせるということはこれはプロ並ということになる。確かにプロのシェフがどうこうみたいな話をしていたからそりゃそうだろうとは思うが……


「華凜ちゃん。例の話、認めていただけますか? 認めれば毎日お弁当を作って差し上げますよ」

「……」


 会長からの提案は正直とてもありがたい。『異界よりの嬰児リンカネート・パラディオン』の保護プログラムみたいなもので私はNMOからかなりの額の支援金を受け取っている。だが、このお金はもしもの時のためにあまり使いたくないと考えていた私にしてみれば渡りに船だ。


「正直まだ会長のことを信じられないんです」

「私があのようなことをしたからですか?」

「……」

「それは……ひょっとして私が『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』であることに起因してます?」


 いきなり私を押し倒したり……キスしたりとか。そういうえげつないことをしたのも要因の一つではある。だが私が信用できないのは、会長自身が『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』であると断言していることにある。


「……二人だけになれる場所に行きましょう。大丈夫です、もうあんなことはしませんよ」

「……その話、わたくしも乗せていただけませんか」


 重い口を割るようにアイリスが会話に乱入してきた。助かった……


「……そうね。アイリーンもこの話を知っておくべきだわ」

「感謝致しますわ、持統院会長」


 そうして騒がしい教室を一旦離れて、会長が言う静かになれる場所へと向かう。その場所は紛れもない生徒会室、それも生徒会長のみに与えられた部屋だ。この部屋はどうやら内側からロックがかけられ、外の声はまるきり聞こえない防音設備が揃っているらしい。まさに秘密の話をするにはもってこいの場所だ。そこで私たちは弁当をつまみながら会長の話を聞くことになった。


「そうね……どこから話せばいいかしら。まずは私とアイリーンの関係からにしましょう」

「……仲が良いんですか?」

「持統院とキネマゼンタ、二つの家は代々深い交流を続けていました。私とアイリーンも旧知の間柄なんですよ」

「持統院会長もいつの間に華凜さんと仲良くなったんですの?」

「まぁいろいろあってね」


 まさか私の病室に突撃していろいろやってきたとは夢にも思うまい。そもそも会長はここまでお転婆なのだろうか? 今もアイリスと談笑しているその姿だけ見れば上流階級の令嬢としてふさわしい所作を見せている。どうしても病室で私に襲いかかってきた会長とは別人に思えてならない。


「アイリーンが搬送されたときはビックリしたわ。アイリーンが力負けするなんて考えられなかったから……」

「だからって持統院会長自ら、しかも開催中にお見舞いに来られなくても……」

「まぁあの戦闘にはいろいろ気になることがあったからね。NMOから任されてる事案もあるし」


 NMO直轄の事案。それはすなわち、治安維持に関わる重大な何かということだ。そしてあの戦闘、それは音切さんの変貌に繋がる何か。


「黒の魔術、に関連することですか」

「前の休み時間に音切さんから聞いてたもんね」

「立ち聞きしてたんですか?」


 都合の悪い質問には顔の良いスマイルで対応してきた。そういうのは反則だと思うんだよなぁ……。まぁここで食い下がっても有益な情報は得られないだろう。話を黒の魔術関連に戻す。


「そもそも黒の魔術に関しては情報が無いんです」

「情報が無い?」

「まぁ『情報が無い』というのが情報みたいなものなんですがね」


 会長はそう苦笑してみせると、一つの推論を話し始めた。


「黒の魔術、それはこの世界に存在する如何なる魔術にも依存しない正真正銘の超能力。そしてそれを扱うことができる者は等しく魔術をします」

「音切さんは間違いなく黒の魔術が使える状態にありましたわ。故にわたくしも剣技一つで戦わなくてはならない。相手のみが魔術を使える状況であそこまで持ちこたえただけでも奇跡的ですわね」


 アイリスはそう断言してみせる。この世界の魔術を無効化すると軽く言ってみせるが、魔術とはもはやインフラの一つと言っても過言ではない。インフラを止められるという意味は、言葉以上に深刻なものである。


「そしてこの黒の魔術を扱う者たちによるテロ組織が存在することが判明したのです。これを見てください」


 それはNMOのメールサーバに送り込まれた一通のメールだ。そこには、照葉学園で起きた一連の事件に関する犯行声明と、これからも黒の魔術を用いたテロ攻撃を全国で行うことの声明。そして魔術による支配の転覆を目的としている旨が書かれていた。そしてそのテロ組織の名は……


焼失する黒ロスト・ヘル……」

「私たちはこれらの未知の脅威と戦わなければならない。その為には白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァの力が不可欠なのです」

「白の魔術は黒の魔術に対抗できるから……?」


 アイリスと会長は似たように驚愕した表情をみせた。白の魔術の存在に関しては既に会長が示唆しているが、何か変なことを言っただろうか?


「その情報はどこから?」

「えっと……『基底』が」


 そう言うと会長はどこか納得したような表情を見せた。


「白の魔術は白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ、もしくは限りなくそれに近い者のみにしか使うことができない限られた力です。魔装が進化すれば対抗手段も増やせますが、それは現段階では現実的ではない」

「……」

「当然私の発言は信用できないものでしょう。それでも私は華凜ちゃんの力が必要なんです。共盟リージョンという手段を用いれば相互での連携も取りやすいですから。もちろんお姉ちゃんになりたい、というのも理由の一つですがね」


 会長の腹の底は全く分からない。ひょっとしたら焼失する黒ロスト・ヘル自体がデタラメで、私を何かの罠にはめ込むためのフェイクである可能性は十分に考えられる。それでも、だ。


焼失する黒ロスト・ヘルに近づくことは……『基底』に近づくことになると思いますか?」

「黒の魔術の根源を知ることができればできるかもしれません。しかし……華凜ちゃんはどうして『基底』に近づきたいと思うのですか?」


 どうして、か。『基底』自身がこの世界破壊して~とか言っていたなんて言っても信用されるわけがないだろう。だが、多少のオブラートに包めば似たような感じに言い換えられそうだ。


「私をこんな世界に引き込んだ『基底』に文句を言いに行くんですよ」

「あはは! アイリーン、やっぱり華凜ちゃん面白いね!」

「時々変なことを言いますが……飽きないのは確かですわ」


 二人とも私をそんな風に評価していたのか。私ってこの世界の人から見たらそんなに面白いかな……?


「うん、やっぱりますます華凜ちゃんのことが欲しくなっちゃった。ねぇ、本当に私と共盟リージョン組みたくないの?」


 確かに会長からの提案は魅力的であるし、縁もゆかりもないとはいえ、この世界がボロボロにされるのをただ指をくわえて見ていろというのも私の気質には合わない。少しだけ引き受けてもいいと考えたが、私にとって最後の砦を作ることにした。

 

「……少しだけ気が変わりました」

「おっ、じゃあ……」


 少しだけ息を整える。大丈夫だ、私の選択は間違っていないと思う。変な人だけど情報源としての利用価値はあるとほぼ確定した。後は単純に自分の気分の問題だ。そしてその気分を解消するための手段はただ一つ。

 

「会長。授業後に私と魔闘デュエルしてくれませんか?」

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