Basis12. 黒の律動、白の鳴動

「すごいよーりんりん! 何あれ、ドカーン! ズドーン! って!」

「凄いのは風花じゃないかなぁ」


堕血オロチ』を回収し、一旦四星寮に戻る。篝の魔装はこれで無事に一対の双剣……双子のクナイという言い方の方が正しいか? とにかく篝の手に戻った。篝は二本のクナイを収納すると、改めて私と海緒にお辞儀をした。


「この度は本当にありがとうございました! 私なんかのためにわざわざ戦っていただいて……」

「いやいや、篝ちゃんもすごかったよー!『堕血オロチ』を思いっきりぶちこんだ時のあの動き、明らかに普通の人の動きではないよねー」

「忍者って話本当だったんだ……」

「魔術に頼らない戦い方は小さい頃からパパに仕込まれました。『どのような状況でも任務を遂行できてこその忍者だ』と」


 魔術も絶対ではない。最後にものを言うのは日々の鍛錬なのだろう。


「それで……私がこのようなことを言うのは烏滸がましいと思うのですが……私も皆さんについていってよろしいでしょうか?」

「あったりまえじゃん!」

「私たちとしても頓宮さんのサポートがあるのは助かるよ。むしろこっちからお願いしたいくらい」


 そう言うと、篝はキラキラと目を輝かせる。かと思えば、目を真剣なものに変えて忍者座りになり私を見た。


「頓宮篝、影より皆様を守護致します。貴女様方への忠誠をここに」

「よろしくー篝ちゃん!」

「あはは、よろしくね篝」


 これだけ見ると本当に殿様と忍者みたいな関係になってない? 私としては普通のお友達でいいんだけどな……


「そういえばそろそろ次のエリアが決まるんじゃない?」

「ここから遠くないといいんだけどねー」


 マナミールから地図を起動すると、次のエリアがしっかりと表示されている。そのエリアとは、ちょうど授業が行われる教室棟を中心に広がっており、四星寮は範囲外であった。


「どちらにしろ移動する必要があるのか……海緒、アレは使える?」

「アレは二人乗りだよ! さすがに三人はキャパオーバー!」


 人数が増えることに関してはメリットもあればデメリットも存在する。


「あの……アレとは一体?」

「海緒がバリスタ避けるときに使ってたアレ」

「なるほど」


 篝は発言の意図を理解したようだ。


「皆様に提案があるのです」

「提案?」


 篝は何か案を思いついたのか、私たちに提案を投げた。


「私が先行してエリアに向かいます。『影縫』を取り返した今であれば、見つからずに移動することはやぶさかではありません。何かあれば『まなみーる』を通じて連絡するという形にすればいいでしょう」

「忍者の本領発揮ってところね」

「ござる」


 そう言って篝はおどけてみせた。忍者が思ったよりもマイナーな存在に格落ちしているこの世界でこんな台詞を日常的に吐いていれば、それは身分証を掲げながら移動していることに他ならない。篝は私たちを信用している。ならば私たちも篝を信用すべきだ。


「じゃあお願いするわ」

「承知」


 そう言うと、私たちの視界から篝が消失した。起動している『演算式・調色トナー・ドライバー』のゴーグルを通してみれば確かに篝と思しき存在が移動していることが確認できる。


「にしても篝ちゃんが味方になってくれて良かったよねー」

「まぁ……相手にはしたくない」

「魔術に依存した動きなら魔素に反応する追尾弾でどうにでもなるんだけどアレはヤマ張って撃たないとキツいわ」


 海緒に言わせれば、海緒のピンポイントショットのカラクリは魔素の濃度にあるという。魔術を発動する際にどうしても魔素が詠唱者の周囲に漂いやすくなる。その方向に打ち込めば数撃ちゃ当たるということだ。


「でもそれなら『影縫』の魔素を狙い撃てばいいんじゃないの?」

「うーん……何というかあれは……魔術を殺しているって感じ?」


 海緒は少し説明のしにくそうな顔をしていた。そして少し考えるような素振りを見せると、このように説明し始めた。


「アタシの魔装は『窮鼠の馬鹿力ジャイアントキリング』をテーマにしてもらってるんだ。適性の差が広がれば広がるほどに強烈な牙を持って襲いかかれるような、そういう感じ。だから魔素感知の誘導弾は相手の魔術適正ニトロナイズが高ければ高いほど精度が上がるんだよ。魔術適正ニトロナイズが高いってことはたくさんの魔素を変換できることとほとんど同じだからさ。その点りんりんはメチャクチャだよ。魔術適正ニトロナイズの割にはアホみたいに当たってた」

「そりゃ感付かれるわ」

「でも篝ちゃんは違う。魔術適正ニトロナイズがどうこうって言うよりか、篝ちゃんの身体には魔素が通ってない」

「魔素が通ってない?」

 

 魔素が通るという表現にそもそも疑問が残るが、海緒はそこに関しても詳しく説明してくれた。


「魔素とは空気中に存在する物質だから、当然呼吸をすれば魔素を吸い込み、いらないものは吐き出す。ここまではオーケー?」

「オッケー」


 いわゆる呼吸のそれである。ヒトは酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す。その際に、当たり前だが窒素も吸って、吐く。私たちの世界のヒトには窒素を扱う術がないのでそのまま吐き出されるが、この世界の場合は吸い込まれた魔素を利用する魔術も存在するようだ。


「誘導弾は呼吸する際の魔素の動きを攻撃目標にしている。どんな人間でも呼吸からは絶対に逃れられないからね。でも篝ちゃんにはその動きが全く分からない。その代わりにあの『影縫』と『堕血オロチ』……特に『堕血オロチ』はヤバいよ」

「名前からしてヤバそうだし」

「おそらく篝ちゃんが取り込むはずだった魔素は全部あの二本が吸い込んでるはず。でなきゃあんな人体消失マジックを永続することなんてできるはずがない」


 そう言うと、さらにこんな忠告をした。


「気をつけてりんりん。今の私の技量では篝ちゃんに勝てる保証はできない。もしも裏切っておかしなマネをしたら、バラバラ死体になるのはアタシたちになるよ」


 つまり頓宮篝は、魔術に依存しない戦い方を可能としている。本人は幸か不幸かその力に気付いていないようだ。どんな因果があったのか知らないが大事な魔装を取られているという事実がそれを裏付ける。


 さらに身体に出るはずの魔素は感知されず、海緒ですら弾を当てるのが難しい存在ということだ。さらに私たちに特効の入る一撃必殺の『堕血オロチ』。


「りんりん殿、海緒さん、聞こえるでしょうか……?」

「聞こえてるよ篝、あとりんりん殿じゃなくて華凜って呼んでくれると嬉しいんだけど」

「失礼しました華凜殿。ここから教室棟への道を数グループが向かっています。ですが、どうやら教室棟の前で立ち往生を食らっているようなので今は戦場と化しています。ここを通るのはあまりにも危険です」


 最短ルートを通るとなると、その戦闘に巻き込まれることになる。当然この予選を生き残るために魔装をフルに使うことはやぶさかではないが、あまりおおっぴらに見せびらかすというのも正直気が引ける。


「他のルートは?」

「照葉学園の南西にある巨大な池の外周を通るルートがあります。このルートであれば大講堂の周辺を通らずにエリアに行くことができるかと。最悪森に逃げ込めば木々に紛れ込むという選択肢もあります」

「ならそのルートで行こう。最悪アタシの『水上奮進ネイビー・ミサイル』で水上スキーと洒落こもうじゃん? さ、りんりん。覚悟決めな!」

「とっくに決まってるっての! 篝、池の周辺で落ち合いましょう!」

「承知」

 

 通信が切断されるや否や、海緒は『水上奮進ネイビー・ミサイル』をフルバーストさせて寮から飛んでいく。本当に空すら飛べそうなスピードで校内を爆走している自分に慣れてしまっていた。


 いくつかの見慣れた廃墟のような建物を突き抜け、十字路にかかる。普段の登校ではここを右折するがそこをあえて直進する。このスピードで爆走していれば、通りがかる他の生徒などほとんど無視してしまえるのは恐ろしいものだ。たまに飛んでくる攻撃を『演算式・調色トナー・ドライバー』から得られる接近情報を用いて、フレイマーで弾き落とす。


「りんりん、しっかり捕まってて!」


 急に左から思いっきり押された感覚。ほぼ直角のカーブを水上でドリフトするかのように爆走する。左手には篝が言っていた巨大な池が見えてきた。中央には大木が植えられている浮島が存在していることからその規模はかなりのものと推測される。


 池の外周を沿う形で教室棟へと爆走する。そして照葉学園のメインロードと交差する場所の近くまで来たところで、突然篝の通信が入る。


「ダメです! そのまま突っ込むと!」


 突如として地面がぐにゃりと歪み、黒色の汚泥が噴き上がる。海緒は急ブレーキをかけて魔導銃を構える。私も海緒から離れてその原因となった存在に対峙した。


「……お前を殺す、橘華凜!」


 宣言からの一閃までほんの僅かの猶予しかなかったが、私は迫る刃に無理矢理フレイマーを噛ませて対処する。刀の主を私は理解することができないでいた。顔を見ようにも何か黒い靄のようなものがかかっているような感覚がしてこの人だという正当な判断を下せずにいた。


「あなた、何で私なんかに執着するの!?」

「コロス……コロスコロス殺すゥゥゥッッッ!!」

「くっ、やばっ……!」


 刀の主は異常な怪力を見せて私を吹き飛ばそうとする。それに押し負けるまいと詠唱を唱えた。


「焼き尽くせ!」

『Deep red!』

「……私はそれを『目撃』した。故に」


 一瞬燃え上がったフレイマーの炎がしぼむ。そして振り抜かれる刀の勢いに流されるように私は後ろに吹っ飛び、木に激突した。私は確かに詠唱をしたはず、なのに何でフレイマーは応えてくれなかったんだ? 目撃。あいつはそう言った。それに何の意味が?


「通用しない」

「りんりん! アンタ……ねぇ!」


 恐ろしい間隔で放たれる銃声。機関銃のように魔導弾が飛び交うが、それもまた刀の主に届くことなく消失する。それどころかまるで弾が当たらないことが確定しているかのように海緒の方へ突っ込んでくる。一閃が飛び交うが、その場所に海緒はいない。私が激突した木の背後へと周り、そのまま私を草むらの中へと引きずり込んだ。


「逃げるよりんりん! あいつ、魔術を無効化してきやがる!」


 海緒が虚空から一つのマガジンを取り出してそれを『Ma3430』に装填する。それをさっき私がぶつかった木に向かって放つ。直撃した瞬間に炸裂音が鳴り、周囲は煙幕に包まれた。


「物理的な煙幕弾は通じるみたい」

「早くここから脱出しましょう」

「そうだね。『水上奮進ネイビー・ミサイル』は……まだ使えそう。篝ちゃんいる!?」

「こちらに」


 私たちの目の前に篝が現れた。おそらくこの騒ぎを見てここまで駆けつけてきたのだろう。

 

「今からアタシたちは一気に高等部教室棟へ突っ込む。あのモヤモヤヤローは……よく分かんないけど! 魔術を無効化してくるから見たら逃げること。篝ちゃんが教室棟に到着したら通信を入れること。いい?」

「承知!」


 篝が消えたことを確認して海緒は『水上奮進ネイビー・ミサイル』を起動させようとする。しかし何故か動かない。魔装でもエンストを起こすのだろうか?


「ちょっと海緒!」

「もぉー! 肝心なときにエンジンがかからないのはパニック映画だけで十分だよぉ! 動けこのポンコツが! 動けってんだよ!」


 海緒は自分の靴に取り付けられた装置をビシバシ叩き始めた。そんな雑な方法で動くとは考えにくいが……聞き慣れたローター音が響き始めたので少し安堵する。


「この手に限る!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


 黒い靄を纏った謎の人物がこちらの存在を認識したのか、低空でこちらに向かって飛んでくる。だが、その飛びを予測するかのような海緒のスタートダッシュによって一気に振り切る。しかし振り切った先に存在するのは、


「海緒! 前、前、前!」

「水上スキーの時間だあああああ! イヤッホォゥゥゥ!!!」


 木々を振り抜き、防護柵を突破し、私たちはそのまま池へと突入する。突っ込んだ衝撃で思いっきり水しぶきが上がり、なんなら池に住んでいたであろう魚が空を舞っている。


 私たちの身体は沈むことなく水を切るように池を滑走していく。『水上奮進ネイビー・ミサイル』という名前だけあってその速度はお墨付きだ。だが、私の背後にひんやりとした感触。背後を振り返るとそこにはとんでもない光景が広がっていた。


「流石にここまで来たらあれも追ってこないっしょー」

「……海緒、もっとスピード上げられる?」

「質問するのが怖いんだけど……なんで?」

「追ってきてるんだよ!」

「嘘でしょ!?」


 海緒の身体にしがみつきながら私はあの黒い靄が池の上を走って追ってきていることを確認した。しかもそのスピードは今の私たちと同等、またはそれ以上と言えるほどに素早い。『水上奮進ネイビー・ミサイル』の出力が一気に上昇する。


「あんまり使いたくないけど……りんりん、ガチでしっかり捕まっててね、さもないと『頁戻しルートチェンジャ』のお世話になるよ!」

「えっ、海緒何を」

「『水上奮進ネイビー・ミサイル』、フルバースト! そらーはーあおいーなーおおきーいーなー! じゃあ実質水上みたいなもんでしょ!」


 私たちが走る軌道上に、虹が生まれる。今から海緒がしようとしていることの察しがついたので私はいつも以上に海緒の身体にぎっしりとしがみつく。


「オォォォバァァァドゥラァァァァイ!!」

「ひぃぃぃぃ!!」


 私たちの身体が浮上する。そして虹の上を滑るように空を翔けているところを見てしまった私は恐怖のあまり目を開くことすらできない。そしていつも走っている以上に速度が速く感じる。もはやこれは人間水上バイクというレベルを超えて人間ジェット機といっても過言ではない。そんな状況下において笑顔でいられる海緒は頭がおかしい!


「目標は高等部教室棟の屋上! 一気に行くよー!」

「なんでもいいから早く着陸してー!」


 私たちはまるで飛行機が着陸するかのように屋上に突っ込み、転げ落ちるように教室棟の屋上に辿り着いた。


「なっ、華凜さんに海緒さん!」

「アイリス……? なんでここに居るの?」

「私はここを根城として戦っていたのですわ。それより皆さんは何故ここに?」


 ちょうどその屋上にアイリスが居たのが幸いだ。空を飛んでグラグラになっている状態で戦闘ということになればまともに戦える自信がない。


「はぁっ……なんか、ヤバいのが出てきてそれから逃げてきた」

「ヤバいの、ですか?」

「そうそう、なんか黒い靄みたいなのがバーッと出てきて、日本刀みたいなのでスパーン!と出てくる正体不明の剣士だよ! ほら、アイリスの後ろにいる」

「後ろって……後ろには何もないは……ず?」

 

 黒い靄はアイリスを取り押さえるように囲み、それが徐々に人型へと実体化していく。それはついさっきまで私たちが戦っていた存在と全く同じであった。そいつはアイリスを未知の方法で一瞬のうちに拘束してしまう。アイリスが悲鳴を上げるが、そいつは意に介さないといった感じで刀を抜いた。私は謎の存在にむかって一歩ずつ踏み出していく。


「アイリスを離して。目的は私でしょ、音切さん?」

「あれが、音切?」

「本当に音切さんですの……?」

「違う……違う違う違う! 私は『黒』。全てを目撃し、『黒』へと返還する……!」

「ならアイリスを殺せばいい。どうせ生き返るんでしょ? なら殺せるはずじゃない」


 『黒』は明らかに狼狽している。そして私は一つの違和感に気付いた。『黒』の右手。そこには見覚えのないブレスレットが嵌められているのが確認できた。『黒』は日本刀を持ちアイリスに斬りかかろうとするものの、それを行うことができない。


「できるはずがない。だって魔術適正ニトロナイズ至上主義者だけど真面目な音切さんにとって、同じランクでかつ優等生のアイリスは仲間みたいなものだから。魔闘をすることはできても実際に命を奪うことは絶対にできない」


 あくまでハッタリだ。この世界には既に『頁戻しルートチェンジャ』という蘇生方法が蔓延していて、それを用いることに対して一切の忌避感を持っていない。それでも初手でアイリスをしたということは、拘束である必要があるのっぴきならない事情があると予想した。そしてこのハッタリは意外と通用している。

 

「ア、アア、橘華凜……出来損ないの癖に……貴女が私たちの領域に踏み入るナンテ……許さナイッ!」

「出来損ない。確かに貴女たちの価値観ならそうかもね。あいにくながら私の魔術適正ニトロナイズはそこら辺のちびっ子と同レベルだと思うよ」


『Red』


 『演算式・調色トナー・ドライバー』を再起動する。調色炉を一本ずつ差し込んでいく度に私の思考はクリアになっていく。


「でも、アイリスはその魔術適正ニトロナイズを見ても貶すどころか、一緒に特訓に付き合ってくれた。私が魔術を一つ使えるようになる度に一緒に喜んでくれた」


『Blue』


「私たちの領域? 魔術という存在は特権でも何でもない。この世界に開かれた人々の自由そのものだ。そこに特別な領域なんてどこにも存在しないッ!」


『Green, complete!』

調色Toning!」

『♪~ Observe their world』


 三色の光が分裂しながら私を包む。光が晴れ渡り、アイリスから貰った『フレイマー』を手に取り、その切っ先を音切さんに向けた。


「音切さん、私の存在が貴女への反証アンサーです」

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