Basis11. 破壊者の胎動

「ほ、本当にいいんですか……?」

「いいのいいの。そもそも私が考えた作戦なんだしさ」


 一回のエントランスで私は篝に『堕血オロチ』を突きつけられていた。当然本気で刺し殺すつもりはなく、演技である。


「しかしこんな単純なトラップに引っかかるかなぁ?」

「聞く限りだと相手は魔術適正ニトロナイズ至上主義者みたいだし魔術適正ニトロナイズに目をとられて引っかかるかも」


 まずは『影縫』を取り返す必要がある。篝によれば、『影縫』の所有者は解除の意思を伝えない限り人間の視界から外れてしまう『気配消失フィールロスト』という魔術を永続的に所有者に与え続けるという。つまり、『影縫』を持つ者を倒すためには、『気配消失フィールロスト』が解除されている時に集中砲火するか、それこそこの寮ごと焼き殺すかのどちらかということになる。


「だから私の存在、特にこいつに目を向けさせれば必ず関心を持つはず」

「その隙を突いて刺すと」

「そういうことよ」


 私の下腹部には今できたてホヤホヤの最新型魔装、『演算式・調色トナー・ドライバー』がセットされている。これは私が前の世界で見ていた特撮のヒーローにオマージュを受けたもので、これを使用することによって私が『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』であることを隠蔽することを目的としている。


 このような魔装はこれまで存在していないはずだ。なんなら子供のおもちゃに見えてもおかしくはない。どのような形であれ、必ず何かしらの興味を惹かれるはずだ。


「……来るよ。正面から二人。もう二人は……ここからは観測できない」


 踊り場の裏で隠れている海緒がそう告げる。私は違和感を覚えた。『気配消失フィールロスト』を持っているのであればここに接近する人影など認識できないはずだ。『気配消失フィールロスト』を切っているのか? それとも……


 まもなくして二つの人影が侵入してきた。だが、その人影は篝の姿を認識して止まる。二人は長剣を装備しており、一般的な防具を一式揃えているようだった。


「頓宮、こいつらは?」

「人質です。ここに潜んでいたので拿捕しました」


 首筋にゆっくりと『堕血オロチ』が当てられる。私は怯えきった演技をしながら目の前の二人を見る。私たちのクラスの人間ではなさそうだ。見るからに優等生感を出してはいるものの、彼女たちは頓宮の大事にしているものを奪った存在であるという事実を知っていると、どうにも滑稽に映る。


「そりゃいい。おいお前」

「ッ……!」

「アタシたちに従う気はあるか?」

「従わないって言ったら?」

「ここで殺す」


 剣が抜かれる。今にも斬りかかってきそうな気迫を出しているが、それを篝が制止する。


「殺す前に……私の魔装を返してくれませんか?」

「はぁ? まだ返さねぇよ。アレは中々有用だからな。アタシたちの役に立って貰うまでは返すわけにはいかない。それとも何、私たちに刃向かうつもり? Eクラスの分際で?」

「そういうつもりじゃないです……」


 典型的クソ女アンド見下しムーブ。こんなのでも高い適正が取れるってならこの世界の魔術適正ニトロナイズはモンドセレクション並に信用ならない。


「なぁミサ、あれ見てみなよ」

「ん? アッハッハ!」


 片割れが私の下腹部を指さす。それを見たミサと呼ばれた女はゲラゲラ笑う。


「なんだアレ。ガキのオモチャか?」

「高校生にもなってバカじゃないの?」

「近くで見てみようぜ」


 ミサと呼ばれた女が私に歩み寄る。それは篝の殺戮圏内キルレンジに自ら足を踏み込むということと同義であることにまだミサは気付いていない。


「んー? なんだこれ?」

「ッ……!」

「ぐはっ! て、てめぇ……!」


 ミサと呼ばれた女の手が私の下腹部に触れようとした瞬間についさっきまで首元にあった『堕血オロチ』は瞬間移動でもしたかのようにミサの下腹部を貫いた。ミサと呼ばれた女は断末魔を上げることすら許さずに、まるでかのように倒れた。


「堕ちろ……何もかもッ!」

「あぶなっ……!」


 ミサから『堕血オロチ』を引っこ抜いた篝は、鮮血がそこら中にほとばしることに躊躇うこともなくそれをもう一人の下腹部めがけて投擲する。だがそれは咄嗟に振られた剣に弾かれてあらぬ方向へと飛んでいく……かに思われた。


「篝ちゃん!」

「この距離なら……堕とせる!」


 海緒が放った魔導弾はあらぬ方向へ飛んでいく『堕血オロチ』のグリップをピンポイントで撃ち抜き、まるでブーメランを飛ばしたかのように篝の方向へと無理やり戻してしまう。そして戻ってきた『堕血オロチ』を空中でキャッチすると、その勢いのままに刃を突き出し片割れの下腹部のみを貫いた。


「ぐえっ!」

「……篝ちゃん避けて!」


 片割れが確かに絶命したことを確認したと同時に海緒が銃撃を放つ。篝はその言葉に反応するようにバックステップで回避する。その刹那、さっきまで篝が存在していた場所にバリスタで撃たれたであろう矢がぶっ刺さっていた。


「こいつらは前座ってわけね」

「……バリスタと『気配消失フィールロスト』って組み合わせたらヤバくね?」


 海緒の不安が的中するかのように、虚空より何かが飛来する音が飛ぶ。海緒は魔導弾を音がした方向へ放ち、矢の軌道を無理矢理変えてそれに対応する。見えない矢に弾を当てる時点で海緒は既に常人離れしていると思う。


「アタシが囮になる。飛んできた矢の方向が分かれば見えなくても狙いはつけられるはずだから……!」

「ちょっと海緒!」


 そう言うやいなや、海緒は『水上奮進』を起動させて四星寮から飛び出していってしまう。方向的に四星寮を取り囲むように存在する森の中から放たれている可能性は高いが、そうなると海緒の機動性は攪乱程度にしかならない。


 だが、何故海緒は飛んでくる矢を迎撃することができたのだろうか?『気配消失フィールロスト』が存在している限り矢は見えないはず……待てよ?


「頓宮さん、手裏剣って使ったことある?」

「修行の一環で何度も握りましたが……」

「もしも『影縫』を持った状態で手裏剣を投げたらその手裏剣はどうなるの?」

「やってみたことがありますが……最終的に的に当たったことは目視で確認できたかと」


 矢はずっと見えないわけではない。仮説は二つ。一つは『気配消失フィールロスト』は所有物にも対応しているが、一定の範囲を超えると効果が無効になる。もう一つは『気配消失フィールロスト』という技が一定範囲の指定物を見えなくしてしまうというもの。どちらにしても、矢が飛んでくる瞬間を見極めることができれば放った主を特定することは可能だ。


「頓宮さん、少し離れてて」

「?」


 外から見えない場所に移動して『演算式・調色トナー・ドライバー』を起動する。起動にはまずドライバを開け、『調色炉・赤レッド・トナー』『調色炉・青ブルー・トナー』『調色炉・緑グリーン・トナー』を差し込んでから閉じる。本来のプリンタではシアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4色を利用しているがそれの魔術版と言ったところだ。三つの調色炉トナーの出力を調整することで全ての魔術を利用することが可能になる。


 三つの調色炉トナーを確認した後に起動ボタンを押すことで自動的に様々な魔術が発動され使用者をサポートすることになっている。実際にどうなっているかはこれから使わないことにはどうとも言えない。既に全て差されているが、一旦全部抜き取ってから試しに『調色炉・赤レッド・トナー』を差し込んでみる。


『Red』

「なにこれ、喋った……」


 篝はその様子に驚いているようだ。私はとても満足している。本当に仕様通りに音声を付けたあげくに、しっかりと赤色にビカビカと光らせている。『DX演算式・調色トナー・ドライバー』みたいな名前を付けて売ったらバカ売れするんじゃないか? 残りのものも差し込もう。


『Blue』

『Green, complete!』


 コンプリートの音声を確認してユニットを閉じる。インクを充填するような変身待機音が辺りに鳴り響く。風花は変身待機音まで入れたのか。最高すぎない? 天才すぎない?


調色Toning!」

『♪~ Observe their world』


 変身の後に、ドライバー全体に三色の光が行き渡る。行き渡った光はそのまま私の身体の表面を伝っていくかのように魔術による防壁を構築していく。光はゴーグルを構築し、そのゴーグルが装着されると、私の世界に様々なデータが浮かび上がる。そのデータの意味は大まかにしか理解できないが、私の身を守るために必要なデータであることは直感的に理解できた。


「き、綺麗……」

「待っててね頓宮さん。貴女の魔装は私が取り戻す」


 外に向けて駆ける。既に外では常人離れした戦闘が行われていた。地面には幾多もの矢が突き刺さっており、それが海緒の機動を邪魔している。だが、そのおかげで私は敵の方向を直感的に理解できた。


「ありがとう海緒! 後は私に任せて」

「おおっ! それが新しい魔装……ってなんかダサくない?」

「動けばカッコ良くなるもんだよ!」


 デザインが発表された時はダサいだのらしくないだの何だの言っていても、結局動くとカッコいい。それが子供たちのヒーローというものだ。私がそんな存在になれるなんておこがましいことは考えていないけど……


「今は頓宮さんのヒーローだ! 来て、フレイマー!」


 その言葉に対応するように空に向けて腕を突っ込む。そこからしまっておいたフレイマーが取り出される。武器の使い分けという点において、ここの仕様には一悶着あった。武器を使い分けるべきか、一つの武器でいろいろできるような仕様にするべきか。


 結局属性反発作用が云々みたいな話になって、既存の魔装を対応させる形になっている。そのため、今私が使用可能なのは『フレイマー』と『Ma3430』しか存在しないのだ。しかも『Ma3430』は使ったことがないので、ぶっつけ本番の今使うのは不適である。そのため必然的に『フレイマー』を利用するしかないのだ。


「炎を纏えッ!」

『Cerasite!』


 機械音声に対応するかのようにフレイマーが一瞬で赤熱し、刀身が炎で包まれる。ドライバーの色が赤っぽいものに変化している。これくらいの魔術であれば問題なく適応できるようだ。


演算式・調色トナー・ドライバー』の大きな特徴は、使用者の魔術適正ニトロナイズ色適正カラーナイズに依存しない魔術発動の支援である。風花は開発の際にこのようなコメントを残していた。


『この世界における魔術は色に例えられることが多い。ならば色を引き金として魔術を発動するということも当然可能であると考えるのが自然だ』


 そして生まれたのが調色炉を利用したカラープリンタさながらの支援システムである。それぞれの調色炉は使用者が足りない分の適正値を補うように魔術の発動を自動的に支援する。各魔術に近しい色を自動的に思考した上で発動させる人工知能持ちのすごいやつだ。


「焼き尽くせェ!」

『Deep red!』


 フレイマーを横薙ぎに振るうとそこから一気に炎が巻き上がり、森の木々を焼き尽くす。あまりにもダイナミックな森林破壊だ。そして私の目には『異常な魔素の流れ』が手に取るように分かっていた。目にサーモグラフィーでもついているような気分だ。


 私はその方面へ向かって突進していく。


「(なんで私たちの場所が分かってるの!?)」

「(あいつヤバいって! 早く撃ち落としてよ!)」

「私は貴女たちを破壊する……!」

『World break! Deep red brinker!』


 地面を思い切り蹴り上げて天高く飛翔する。その最中にフレイマーを格納し、その代わりに出てきたインクのボトルをドライバに元から空いていた挿入口に突き刺す。


 これは必殺技のためだけに作られた機能である。魔装が纏っている色を判別してその色に対応したインクを取り出すというもの。そしてそのインクをドライバーにセットすることで必殺技が発動できるのだ! 思ったよりも本格的に仕上げてきたな!


「はあああああっ!!」


 上空からの位置エネルギーと、深紅に燃える魔素のエネルギーを利用した強烈な蹴りは異常な反応を見せたところに直撃し、そのまま強大な爆発を生み出す。


 そして後に残ったのは、燃え盛る炎の中でただ一人立つ私と、確かにそこで私たちを狙っていたと思しき二人組だったもの、そして篝の大切な魔装である『影縫』だけであった。


「……!」


 私は自分の感覚に違和感を覚えた。これは本来ならば人殺しに他ならない。だがこの世界ではどうもこのような闘争が当たり前のように行われていると聞いている。ならば私の行為は罪に問われるものなのか?


 罪には問われないだろうと自問自答する。バトルロイヤルと宣言しておいていざ倒したら罪ですとか言われたらそれこそ詰みだ。だが、大切な生徒をいきなりこのような死地に送り込むということは考えにくい。つまり、何かしらの方法で死んだ人間が蘇生しているということに他ならない。


「いやーとんでもない花火を上げてくれたねぇ! アタシそういうの大好きだよ!」

「ねぇ、海緒。この人たちはどうなるの?」

「どうなるのって病院に運ばれて『頁戻しルートチェンジャ』されるんだよ? まぁ有り体に言えばってことだね。これがあるから思い切りドンパチできるんだよ!」


 この世界の住人の異様なまでに低い生への執着心。それは、この世界の住人が既に死をしているという避けようのない事実を如実に表していた。


 ※


「……信じられない」


 華凜の『演算式・調色トナー・ドライバー』による戦闘を直視していたある生徒はそう呟いた。あれが自分に立ちはだかる敵なのかと。その強大さに足がすくみそうになる。


「それでも私は」

「Aクラスの選ばれた人間、ってかァ?」

「誰?」


 生徒の背後に突如として謎の人影が現れた。それは黒い靄に包まれていて、実体を把握することはできない。


「あの異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンをぶっ倒したいんだろ? 魔術適正ニトロナイズが低いくせにAクラスサマに楯突いたチンピラをぶっ潰してスッキリしたいんだルルォ!? なァ、委員長サマ?」

「っ……!」


 生徒はその靄に向かって日本刀による一閃を放つ。しかしそれは虚空をかき分けるだけに終わった。

 

「おいおい、そんな物騒なもの振り回さないでくれよ。ウチはお前の味方なのにさァ」

「味方……?」

「そうだ。あの異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンをぶっ潰すための力を与えてやるって言ってるんだよォ!」


 そう叫ぶと、生徒の返答を聞くまでもなく右腕に黒色のブレスレットを巻き付ける。そのデザインは拘束具を意図しているかのような趣味の悪いものであった。だが、生徒はそのデザインをいたく気に入ったのか、恍惚とした表情で見つめる。


「……なんて素敵な力」

「気に入ったみたいだなァ……」

「ええ。……全てを『黒』に返還しましょう」


 そう呟くと生徒はフラフラとした足取りでどこかへと去って行った。それを『目撃』したかのように漂っていた靄も消失する。


 白と黒は交錯する。それが『基底』の意志だと嘲り笑うかのように……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る