Basis10. 忍ぶもの

 春芽舞闘会スプライトカレードが始まって数分が経過したが、あたりは本当に戦場になっているのか疑問に思えるほどに静かであった。


「えーっとエリアは……おっ、まだここはエリア外にはなってないよー」

「まだ時間は稼げそうね」


 エリアは30分ごとに徐々に制限されていく。前年のデータを見てみると、大体3時間程度で終了していることを考えると、収縮は最低でも6回は発生することになる。エリアが縮小されればその分、敵との遭遇率も跳ね上がるので、早急な完成が必要だ。


 ホールからは何かを加工しているような金属の軋んだ音が聞こえる。私たちは踊り場の影に隠れるように身を潜めていた。ここからならばホールで作業する風花の様子も、階段からやってくるであろう敵も、なんなら窓を突き破ってくるような突貫野郎に対応することも容易い。


「……! 監視用ファンネルが敵影を察知した、警戒しろ。予測では正面からここに入ってくるはずだ」

「よーし、フォーメーションAだ!」

「わかった」


 風花はこの寮の周りに監視用の超小型デバイスをばらまいているようで、その様子を逐次確認しているようだ。私たちは前もって決めておいたフォーメーションに従い行動する。私は足音を殺して階下へ向かうと、階段の裏側に隠れる。海緒は狙撃ポイントへと向かう。


 敵は1人でこの建物へと入ってきた。装備は小型のナイフ……クナイのようなものか?見る限りだと斥候役だろう。敵影を目視すると、私はフレイマーを敵の方へと向け、火球を放つ。


「……! 誰!?」


 こけおどしの火球、しかもわざと外したそれを見て動転していることから、敵はかなり弱気そうな女子生徒とみた。このまま直接刺しに行ってもいいが、斥候役という観点からそれは良くないだろう。顔を見られれば、その顔を敵のチームに送られる可能性がある。


 確かに春芽舞闘会スプライトカレードの予選はバトルロイヤル形式であるが、チームを組むことを禁止されている訳ではない。人数が少なくなれば裏切るということも十分に考えられるが、途中までの同盟という意味であればそれは優位に働く。


「……赤熱せよ」


 前もって示したルートを思い浮かべながら術式を詠唱する。すると、斥候役の生徒を取り囲むかのように火の壁が突如として現れた。


「ひぃぃぃっ! なんなのなんなのぉ!」


 火の壁は徐々に女子生徒の方へと迫ってくる。当然彼女は火の手から逃れるべく階段を駆け上がる。その先に何が待っているのか見え透いたトラップを知らぬまま……。


 彼女がそれに気付いたときには既に全てが終わっていた。彼女は海緒の放った凶弾に貫かれて意識を失った。麻酔弾かつ致命傷にならない場所に打ち込んだはずなので大丈夫だと思うが。放った魔術を解除して火の壁を消すと、私は二階へと戻った。


「本物の弾使いたかったぜぇ!」

「よし、この子には悪いけど拘束しよう」

「はいよー、しかしりんりんも有情だねぇ」


 有情というよりかは交渉材料と言ったところか。何の目的で入ってきたのか、敵の構成はどれくらいなのか、そういうことを聞かずに倒してしまうというのは情報アドバンテージとしては不利なものになる。何かしらの察知能力を使っている可能性を考慮すれば、彼女の生体反応が消失することは、そのままここに敵が居ることの証明になる。そうなればどうなるか、想像に難くない。


 武器を没収し、女子生徒を拘束する。そして海緒がかなり乱暴な方法で彼女の意識を回復させた。


「……? あれ、私死んだんじゃないの……?」

「生きてるよ」


 海緒が銃口を女子生徒のこめかみに突きつける。完全に女子生徒は怯えきっているようだ。表情からは恐怖の色を隠しきれていない。少なくとも海緒のような戦闘狂でないということは一目瞭然だ。


「ちゃーんとアタシたちの質問に答えられたら悪いようにはしない、約束する」

「ひぃっ……本当ですか?」


 女子生徒は恐怖に満ちた表情をしていたが、それは覚悟を決めたものに変わった。


「分かりました、答えます。私に分かる範囲で、ですが……」

「名前と魔術適正ニトロナイズは?」

頓宮とんぐうかがりです。魔術適性はE、です……」

 そう言うと篝は自らのデータを提示した。校章に触れることはできないが、篝が許可したことでそのデータを確かに閲覧することができた。そこには確かに魔術適正ニトロナイズがEであることが示されている。色適正カラーナイズとしては緑が少し突出している程度で、後は改ざん後の私の色適正カラーナイズと似たようなものか。

 

「ここに来た目的は?」

「四星寮の制圧のための斥候です。私からの生体反応が消えるか、ゴーサインが出るまでは突っ込んでこないと言っていました」

「集団の構成は?」

「私を含めて女性5人です。前衛2人、後衛2人の構成で、魔術適性はB相当だったはず」


 なかなかな精鋭部隊と言えるだろう。構成もバランスが取れており、私と海緒で敵対すれば致命傷を負うことは避けられないとみた。しかし篝もなかなか肝が据わっている。海緒との口約束とはいえ、ここまではっきりと情報を喋っていることを見ると、魔術適正ニトロナイズにない何かの能力を持っているような、そんな気さえしてきた。


「そういえば篝ちゃんの魔装、かなり変わった形をしているね」

「……! それだけは堪忍してください!」


 海緒が篝の魔装を触った途端に篝は気が動転したかのように騒ぎ始めた。騒ぎ続けられても困るので、海緒が篝の魔装を床に置いて銃口を向けるとおとなしくなった。


「頓宮さん、貴女ってもしかして忍者の末裔だったりする?」

「……ご存じなのですか?」

「クナイといえば忍者みたいなとこあるでしょ」


 海緒はどうにもしっくりこないようだ。この世界において忍者とは人気のないものなのだろうか?


「これはパパの形見なんです。それを失ってしまったら私はもう生きている資格がありませぬ……!」

「ありゃりゃ、ごめんね篝ちゃん。これがそんな大事なものとも知らずに……」

「……本来これは二つで一つの魔装なんです。頓宮家に伝わる一子相伝のもので代々受け継がれていました。しかし私は……頓宮の面汚しでございます……」

「つまりこのクナイの片割れが君に斥候役を命じた奴らに渡っていると」

「面目ないです……私の魔術適正ニトロナイズが低いばかりに因縁を付けられたのでございます。『お前を生かしてやる代わりにその魔装をよこせ』と。私は従うほか、無かったのです……!」

 

 海緒は表情にこそ見せていないがおそらく彼らに対してやり場のない怒りを感じているだろう。それは私も同じことだ。だから私がこんな提案をしようとすることを、海緒もストップしようとは考えなかったのだ。


「頓宮さん、私たちに賭けてみる気はない?」

「……賭ける?」

「頓宮さんはお父さんの形見を取り戻したい。そして私たちにも目的がある。共闘するのが筋だと思うけど、どう?」

「下剋上ってやつだね! ジャイアントキリングってやつだね! フゥー! 腕が鳴るよ!」


 海緒は実弾をぶっ放ちたい欲望に駆られてか明らかにテンションが上がっている。


「……でも、私は」

「これを見て」


 私は自分の魔術適正ニトロナイズに関するデータを見せる。海緒もその意図を察してか同じように見せた。そのデータを見て篝は驚く。


「……貴女たちは」

「私たちは確かに魔術適正ニトロナイズという意味では落ちこぼれの部類に入るでしょう」

「でもアタシらには個性がある。アタシはこの魔導銃と自慢の青の魔術でズドン、そしてりんりんの個性はもうじき生まれる」

「頓宮さん。落ちこぼれでも力を合わせれば大きな力に対抗することができる。私たちはそれを学園中に示したい」


 魔術適正ニトロナイズによる差別。そんなものは無いと思っていたが、どうやらそれはこの世界に根付いてしまった病巣のようである。世界を破壊しろというのが『基底』の意志であるなら、その病巣を取り除くこともまた破壊だと結論づけた。


「それでも、今のあの人たちには勝てないです」

「そう言い切れる根拠は?」

「私の魔装は『影縫』と『堕血オロチ』の2本のクナイで成り立っています。『影縫』は所有者に『気配消失フィールロスト』の魔術を所持している限り適正を無視して与え、『堕血オロチ』は女性の下腹部に突き刺せば確実に相手を絶命させるものです。今ここにあるのは『堕血オロチ』だけで『影縫』はあいつらが所有しているんです」

「つまり見えない相手、しかも格上と戦えってこと!?」


 気配消失フィールロストという厄介な能力を持つ相手、だがそれは元々篝が所持していたものだ。何故『影縫』を奪った奴らはそこにと分かったのだろうか?


 罠、という可能性が頭に浮かぶ。だが、現にこうして困っている篝の存在が目の前にある。それを見逃すということはたとえ罠だとしてもできなかった。


「そういえば頓宮さんの魔装を奪った奴らって全員女の人だったよね」

「……つまり『堕血オロチ』を使えと? でもあれは『影縫』によって確実に近づくことで生み出されるもの……今の私では」

「できる」


 私は確信を持って言い切った。


「だって頓宮さんは忍者の末裔なんでしょ? 直球勝負ってよりかは搦め手を使うほうがそれっぽくないかな?」

「忍者……」

「……華凜ちゃん! できたぞ、君専用の魔装が!」


 ナイスタイミング風花。風花は完成した魔装をこちらに向けて投げる。それはプリンターを模したような形をしていた。それをお腹に当てると、プリンターの両サイドからベルト状のものが飛び出し、私の身体を締める。


「既に基本のトナーは刺してある、後は仕様書の通りだ!」

「ありがとう風花!」

「あと、海緒!」


 海緒に向けてマガジンが何本か投げられる。マガジンは赤や緑といった色で加工された特注製だった。


「ふーちゃん完成したんだ!」

「ぶっつけ本番なのは申し訳ないがみおーんなら使いこなせるだろ!」

「あったり前よ!」

「魔術による補充は効かない使い捨てだ、使いどころを考えろ! さて、風花は疲れたので眠らせてもらう。監視用ファンネルは自動監視モードに移行しろ……」


 そう言うと風花の声が聞こえなくなった。今頃は疲れからかぐっすりと休息している頃だろう。私は篝の拘束を解き、『堕血オロチ』を渡す。私の下腹部にはドライバーが巻かれているおかげで刺されて死ぬということは考えにくい。


「頓宮さん」

「……私でも、力になれますか?」

「今一番必要なのは頓宮さんの力だよ。頓宮さんが本当に忍者ならの話だけどね」


 篝からの少々の沈黙。そして篝は意を決したように口を開いた。


「私は忍としては未熟者にございます。ですが頓宮流の力添えをご所望であれば……私は貴女様を主君としてお仕え致しましょう」

「それはちょっと違うかな。主従関係ってよりかは友人って感じ?」

「友人、にございますか」


 私が主君として奉られるってのはこそばゆいものがある。篝とは友人としての関係が一番いいだろう。


「友人……私でよろしいのですか?」

「謙遜しすぎじゃないかな」


 私ははにかみながら篝の頭を撫でる。篝はなんとも言えない表情でこちらを見ていた。


「まずは頓宮さんの大事なものを取り戻そ?」

「……はい!」


 春芽舞闘会スプライトカレード初めての本格的な戦闘がいよいよ幕を開ける。

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