Basis9. 開演の狼煙
入学式当日。私と海緒は教室棟への道を爆走していた。通りがかる人々が奇異の目でこちらを見つめている。一応車道のような場所を走ってはいるので通行人に対して問題はないと思う。法定速度という意味では最悪だが。寮から歩いて十分はかかるだろう距離を三十秒くらいで駆け抜けて見せた。海緒に遅刻という言葉は無縁の存在だろう。
「到着~意外と早かったね!」
「ひぃ……」
まだ教室に入ってすらいないのに既に疲労困憊だ。ここから自分の教室に移動する。私たちは同じ教室なので、そのまま歩いて入ると、そこには見知った顔が鎮座していた。
「おはよーアイリス!」
「あら華凜さん、ごきげんよう」
アイリスも同じクラスなのだ。見知った顔がいるというだけでも安心感というものは大きく違う。
「りんりん知り合い?」
「いろいろお世話になったんだ」
「なるほどね~。アタシはりんりんと同じ寮の浅茅海緒だよ。これから仲良くして欲しいな」
「よろしくお願いします海緒さん。華凜さんはもうお友達をお作りになったのですね」
「海緒が友好的でホント助かってるよ」
私たちがこうして仲睦まじく話している中、他の生徒はどこかばつが悪そうにこちらを見ながら内緒話をしているように見えた。まるでアイリスが私たちと話しているという事実そのものがおかしいものであると言いたげな表情だ。それを証明するかのように、声をかけられる。
「ちょっといいかしら?」
「……音切さん、どうされましたか?」
「どうされましたかじゃないです! なんでアイリス様ともあろうお方がこのような落ちこぼれ共と仲睦まじく話しているのですか?」
音切さんという人は顔を見るに典型的な委員長タイプであると言える。パッツンと切られた黒いショートヘアに、きっちりとした丈のスカート。その身なりは品行方正そのものであり、海緒と比較すれば分かりやすいだろう。
「……なぜ私たちが落ちこぼれだと断定できるのです?」
「知らなかったのですか? 四星寮は
久々にカチンと来る。風花が言っていた適正による差別とはまさしくこのことだろう。だが、どうやらカチンと来ていたのは私だけではないようだ。
突如として教室に空砲が鳴り響く。教室の中にいた生徒全員がその方を見ると、海緒が『Ma3430』の銃口を音切さんに向けていた。そして天井には魔導弾ではなく実弾で付けられたであろう弾痕がしっかりと残っていた。
「今度同じこと言ったらお前の脳天をぶち抜く。二度と生き返ろうって思えないくらい徹底的にね」
「……ふっ。そんなことをすればNMOが黙っていないでしょう? 魔導犯罪者としてお縄ですよ」
「ならお前の首をへし折るってのはどうかな? これならどこにでもいる犯罪者だ」
「二人ともおやめなさい!」
一触即発のこの状況を諫めたのはアイリスの一喝であった。教室が水を打ったように静寂に包まれる。
「海緒さん、怒る気持ちは分かりますが今は抑えてください」
「だーってこいつが!」
「その恨みは
「でもこんな野蛮な奴らのせいで私たちの照葉学園がメチャクチャにされるのは看過できません!」
「音切さん」
アイリスの声色は一層険しいものになった。表情も明らかに怒りを隠せないといった形で、周囲の生徒はその気迫に怯えている。
「華凜さんや海緒さんはわたくしの大切な友人です。その友人を侮辱するのであればそれ相応の覚悟をしてもらわないと困りますね」
「……失望しましたよ。キネマゼンタの名を背負っておきながら不良の肩を持つとは。特に橘華凜」
「えっ、私?」
いきなり私に火の粉が飛んできた。突然発生した冷戦に巻き込まれる形になりしどろもどろしているところにこれだ。
「貴女、『
「海緒、ステイステイ」
「がるる……」
海緒が今にも魔導銃を引っこ抜こうとしている。引っこ抜いてしまえばすぐにこの教室は灰燼と化すだろう。しかしここまで言いっぱなしだといい加減腹が立ってくる。嫌味の一つでも言いたくなってしまう気分だ。
「貴女は私の手で確実に倒します。覚悟しておきなさい」
そう言って音切さんはそそくさと自分の席に戻っていた。その周囲には既に何人か取り巻きがいるようで、それが睨みをきかせている。
「おーい全員集まってるか……って誰だ天井に穴開けた奴は」
「すみませ~ん、魔導銃が暴発しちゃったっす」
海緒はそう言いながら入ってきた先生に向かって謝った。本当は威嚇射撃(実弾込)をぶっ放したのだが、それを指摘できるガッツのある生徒はこのクラスには存在しなかった。
「ったく、小学生のガキじゃねぇんだから魔装の扱いには気をつけろ。では、ホームルームを始めるぞ」
入ってきた先生は、先生と呼ぶにはあまりにもだらしない格好であった。マナミールがフルグラフィックで全面に印刷されたTシャツを着込み、下はジャージのズボンを履いている。髪はボッサボサで、明らかに寝坊した人みたいな容貌だ。
「このクラスの担任の
そう言って大きなあくびをしながら生徒を会場へと誘導することを放棄してそそくさと出て行った。とりあえず参加自体はするのだろうがあまりにも無責任が過ぎる。音切さんの方を見ると明らかにイラついていた。
「りんりん、早く行こうじぇー」
「はいはい」
海緒がせかす。私はそれに従うように海緒の後を追い始めた。
「にしてもりんりん、入学初日から災難だよねー」
「笑いながら言うことかなぁ、それ?」
「まっ、明日には減らず口を叩けなくしてやるからさ!」
入学式が終わってそのまま
・予選:学園内全てを使ったバトルロイヤル
・本戦:生き残りによるトーナメント戦
となっている。学園内全てということは私たちの寮も当然交戦場所になる。風花は既に辞退しているので、私たちは風花に魔装を貰いに一旦戻り四星寮近辺での戦闘に抑えるというやり方だ。
「ふーちゃんは今もヒーヒー言いながら魔装を作ってるよ。朝聞いたら始まる頃には完成しそうだって」
「なら大丈夫そうだね」
入学式そのものはよくあるものであった。学園長の話があって、それから来賓の挨拶があったりだとか、生徒会が学園の紹介をしたり校歌斉唱したりとかの本当によくある奴だった。こういう話は一応まともに聞いておく感じを出しておくのがいいだろう。不良とか言われているし、真面目系不良程度にはランクアップしておきたい。
ちなみに海緒はその間寝ていた。海緒に対して不良というのは仕方がない気もする。でも寝ながら校歌を歌っていたのはどういうメカニズムなんだ……?
そして全てのプログラムが終わると、さっきの生徒会長さんが戻ってきた。黒い髪でロングヘアなのは私と同じ。雰囲気だけ見れば大和撫子という言葉がふさわしい美人だろう。新入生の男子連中はそれに見とれている節もある。
「新入生の皆さん、改めてご入学おめでとうございます。生徒会長の持統院玲です。これより、
大講堂がどっと盛り上がる。待ってましただのこのために入学したんだだの、そんな歓声が飛び交う。この世界の高校生血の気が多すぎじゃない?」
「静粛に。これよりルールの説明を致します。予選は学園内の全てを利用したバトルロイヤルです。最初は学園全体を舞台としますが、時間経過ごとにエリアが縮小致します。致命傷を負う、或いはエリア外に存在している者を脱落させていき、上位8人に本戦への出場権が認められます」
そういうゲームあったよね。違いがあるとすれば全員が全員
「
入学生はおよそ300人ほどいる。その中で生き残ることができれば、私たちの評価に対して何か変わるものがあるだろう。それに魔装の扱いに慣れることはいずれ世界を破壊するときに役立つこともあるかもしれない。だから手を抜くことはできない。
大講堂を出ると、私たちはそのまま裏手へ周り、海緒の『
「ちょっと遠回りで帰るよ」
「なんで?」
「学園中に水の煙幕をばらまいてやるのさ」
海緒曰く、普段の通り道には既に何度も水の煙幕が張られており、それを利用することで『
「……裏切ったりしないでしょうね?」
「アタシたちは同じスポンサーの下の戦友ってところだ。決着は本戦で付けるのが定石じゃない? それともアタシはセコい手を使わないと勝てないカカシとでも?」
「その調子なら安心ね」
「よーし、ぶっ飛ばすぜ!」
私たちの敵が1人減った瞬間であった。それから開始間近になるまで学園中を走り回った後に私たちは四星寮へと戻ってきた。この周辺まで来ると流石に他の生徒の姿は見えなくなってきた。
「風花、進捗どう!?」
「あと少しだ。本体は既に完成しているがトナーを作る必要がある」
「オーケー、じゃあ完成するまでの間はここで籠城だ」
『
「OK!」
「ダメです!」
マナミールによる開始時間のカウントダウンに反応するように、海緒は天井に向けて魔導弾の空砲を放つ。今度は本物の空砲のようだ。私に関しては『フレイマー』こそあるものの、本命がまだ完成していない。だからダメですと言うほかない。最初は『フレイマー』一つでの戦いを余儀なくされるのは仕方がないことだろう。
『疑似戦闘フィールド展開、対象照葉学園敷地内全土。対戦形式、条件付きバトルロイヤル。カウントダウン、3、2、1……
ここに、半日に及ぶ
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