Basis8. 汝、解放の御旗を振るもの
入学式前日、四星寮に突如として意図しない来客が現れた。
「みーおー! たーすーけーてー!」
「うるせぇー! ガタガタ言うなぁー!」
そんな罵倒で目を覚ます。時間を確認すると、まだ朝の四時だった。オンボロとはいえ四星寮のセキュリティはしっかりしていて、学生証による承認がないと入れない仕組みになっている。だからこんな朝っぱらから叫び声が聞こえるということは、ここのセキュリティが思った以上にガバガバか、海緒が女を連れ込んできたかのどっちかになる。
「ふあぁ……朝からなんなの?」
あくび混じりに声のする方に歩く。そこには、イルカのぬいぐるみを抱えた幼女がドアをドンドンと叩いていた。ベージュ色に近い金髪のサイドテールをぶんぶん揺らしながらドアを叩く様は幼稚園のお遊戯会を見ているようで、愛慕の情すらわいてくる。……うちの制服を着ていることを考えると、初等部の子だろうか?
「ねぇお嬢ちゃん、ここで何をしてるのかなー?」
「おお、お前が海緒の言っていた新しい友達というやつだな。あのアホがなかなか出てこなくて困っておったのだ」
なんか急に偉そうになったぞ?
「なんで初等部の子が海緒のこと知ってるの?」
「初等部ではなーい! 同い年だバカ者が!」
幼女は急に怒りながら私をポカポカと殴り始める。同い年……というにはやっぱりちっこいと思う。殴っているところも幼稚園児の戯れを見ているような、そんな感情を想起させる。
「あーもう……ふーちゃん幼女呼ばわりされるとめんどくさいんだよ」
「やっと出てきおって。朝が苦手なのは変わらんようじゃな」
「こんな時間に起きられる方が異常なんだってば」
ドア前の騒ぎに辟易してか、海緒が出てきて幼女を慰める。しかしこの光景だけ見るとまるで親子みたいだな……
私たちは二階のホールに移動する。朝早くということで、コーヒーを淹れて持っていくことにした。
「どうぞ」
「ありがとー」
「感謝する」
海緒はそのままコーヒーに口を付ける。私は苦いのはあまり好きではないので、軽く砂糖を入れて飲むことにした。
「……」
「あ、コーヒー苦手でしたか?」
「に、苦手なわけがあるものか! 子供扱いするでない!」
そう言って熱いコーヒーを一気に啜る。だが、その数秒後には涙ぐんだ表情になっていた。大仰な口調ではあるが、味覚に関しては年相応ということか。
「うぅ……」
「もー。変な意地張るからそうなるんだって。ジュース飲む?」
「……オレンジ」
「はいはい」
海緒は用意していたかのように懐からオレンジジュースを取り出して渡す。幼女はそれを飲んだことで多少は機嫌を取り戻したようだ。
「情けないところを見せてすまないな。私は神代風花、そこの
「は、はぁ……」
風花という少女は海緒のことをボロクソに言っている。が、海緒から受け取ったジュースを飲んでご満悦といった表情を見せているだけあってか、小粋なジョークといったところか。
「で、何でまたこんな朝っぱらに」
「要件は三つある。一点目はここに住まわしてもらうことの許可を貰いに来た。海緒と学園からの許可は既に貰っている。後は君の承諾を得るだけだ」
「こんなオンボロでいいんですか?」
「オンボロとはお笑いだな」
カカッと笑ってみせると、どこか呆れた顔でこう続けた。
「なに、私は静かな環境が好みでね。前居たところはどうも私に合わなかった」
この風貌だとマスコット扱いとかされているのだろう。今もイルカのぬいぐるみを大事に抱えているのを見ると完全に事案と言っていい。
「私から拒否する理由はないのでいいと思いますよ。部屋もたくさん空いてますから好きな部屋を使ってください」
「助力感謝するよ。さて二点目だが……まぁこれは三点目とも合致する面があるので一緒に話そう。二点目は君の能力について、三点目は君の魔装についてだ」
そう言うと、風花は虚空からタブレット端末を取り出し、机の上に置いた。慣れた手つきでタップすると、データを見せる。それは数字の羅列でよく分からないが、項目を見るにどうやら
「これは先日の海緒との
「……?」
「これは君が扱っている各魔術の発揮能力を示している。例えば君は初手で『疾走』を発動しただろう? その部分だけ見るとこの通り、緑の魔術の数字が上がっている」
その部分を見ると、確かに緑の魔術の数字が100近い数字をたたき出している。
「まぁこれに関しては問題ない。単一の魔術を行使する場合であれば君の『
画面をスクロールし、下端近くまで移動する。その数字を見て、私は驚愕する。全てのパラメータにおいて、90近い数値がはじき出されていたのだ。おそらく『
「私はこの数字に興味を持った。おそらく魔装に仕込まれた魔術を発動したと想定されるが……君の
「……」
「考えられる可能性はただ一つ。君が提示している
「マジかよ! アタシもずっと前からそう思ってたんだ!」
海緒が便乗する。
「嘘でしょ?」
「まぁアタシの感覚みたいなとこはあるけど……りんりんからは強敵って感じがしたんだよねー」
「まぁ正直に教えなくてもいい。この話が第三の要件に繋がるのでね」
「魔装の話ですか」
「そうだ。前の戦いを続けるようであればこの違和感に気付く者は増えるだろう。それは君にとっても良いことではない。だが常に力をセーブしろというのも酷なものだ」
局長さんは『
「だから私が君専用の魔装を提供する。海緒と同じようにな」
「ふーちゃんの魔装スタイルなら確かにりんりんにはピッタリだね」
海緒はそう言うが、私はどうにもこの言葉を信じることができないでいた。
「私の魔装は『適正からの解放』をテーマにしている。適正による差別は私の魔装の前には存在しない。どんな人間でも自らの身を守ることが可能だ」
「アタシの魔導銃『Ma3430』や水上高機動装置『水上奮進』もふーちゃんが開発したんだよー」
「『Ma3430』は元来使われていたハンドガン、それもとりわけ威力の強い銃をベースにして火力を確保している。さらに魔導弾を用いることで反動を大幅に軽減し、使用者の身体的負担もほとんど無いようなものだ。100発ぶちかましても問題ない」
「アタシは魔術無しのテクニカルショットも得意だからねー。魔術の補助があればどこに隠れていても確実にズドン、だよ」
鬼に金棒、筋肉にレールガン、海緒に魔導銃。それは海緒との相性があまりにも良すぎる。相性の良さを見抜いての風花の開発力の高さとも相まって、それは間違いなく最強のコンビだ。
「『水上奮進』は水上での高速機動戦闘に用いるはずだったのだが……」
「水が無ければ作ればいいじゃない!」
「ということだ」
海緒は青の魔術のみであればまともに扱うことができる。陸上に水面を作ることなど朝飯前だろう。水の線路を作りあげればそれはまさに人間超特急ということだ。
「このように海緒のような頭に筋肉の詰まったサイコ女でも凡人以上にできるわけだ。君に対してならより力が発揮できるし、常人以上の力も魔装のせいにしてしまえばいい。何なら君の望むような魔装を作ってみせよう。悪い提案ではないと思うが、どうだ?」
私が『基底』に辿り着くためには力が必要だ。それを提供してくれる、しかも友人のスポンサーとなれば乗らない手は無いだろう。
「そこまで言うなら断る理由は無いですね」
「感謝するよ、華凜ちゃん」
急に態度が軟化した。交渉相手から上客へのジョブチェンジというやつか。
「さて、早速開発といきたいのだが……何か希望するものはあるかな?」
「ちなみにどういう魔装を想定していますか?」
風花は少し考えるような仕草を見せると、言葉を引きずり出すように答えた。
「赤の魔術を主体にするなら大きな剣状のものがいいだろう。刀や斧、レイピアに大剣。いかようにも作って見せよう。なにせ赤は火力の象徴のようなものだからね」
「うーん」
「青の魔術主体なら銃だとかボウガン……まぁそういう遠隔から攻撃できるタイプのものか。青は技巧の象徴と言われている。海緒のような正確無比な射撃も青の魔術を利用したものだ」
「なるほど」
「緑の魔術主体なら君の『フレイマー』のような短剣、或いは杖というのもいいだろう。緑は速度の象徴だ。肉弾戦を捨てて魔術によるサポート型というのも悪くない」
「どうもしっくり来ませんね……全部って訳にはいかないんですか?」
何か違う。どの魔術も私は自由に使いこなすことができるという。それならば欲張って全部使ってみたいと考えるのは人として当然のことだと思うのだが……
「難しいな。そこのマヌケは
「さっきからアタシの扱い酷くないかな!?」
「なにをー!? お前それ作るのにいくらかかったか分かってるのか!? 良いデータがとれたからいいものの普通ならお前の身体で払って貰うことになってたんだぞ!」
「でも戻ってきたときには『接近戦仕様にしたぞマヌケ』って言ってたじゃん! 何だかんだ言って直してくれるそういうとこアタシ好きだよ!」
風花は恥ずかしそうな顔をしてそっぽを向く。なんだこれ。惚気か? 争いは同じレベルのもの同士でしか発生しない……という言葉があるように、意外とこの二人は仲良しなのかもしれない。というか身体で払うってなかなか物騒な……
「まぁそういう訳だ。武器の性質として混じるのは問題は無いが、予定外の負荷がかけるような仕様は望ましくない。後から直すハメになるのはゴメンだ」
それにしても話だけ聞いたらフォルムチェンジみたいだ。アタックフォルムにスピードフォルムみたいな。日曜の朝にやってるような特撮のヒーローみたいだとふと思いついた。特撮のヒーロー……?
「ねぇ、それ使い分けることってできないの?」
「使い分けか。面白い考えだがそうなるとリソースの管理が問題になる。使用者が使う魔素を最小限のものにするためには、魔装そのものに魔素を供給する機能を付けなければならない。『Ma3430』で言えばマガジンがそれにあたるな」
マガジンで同じことができているなら、私が思いついた考えも実行できる可能性は高そうだ。
「うん、それなら私の考えた最強の魔装も作れるかも」
「ほう、言ってみろ」
私はその魔装の機構について説明する。二人は興味深そうに聞き、その仕様に驚嘆の意思を示していた。
「なるほど、その仕様なら実現可能性は高い。というか必ず風花が実現させる」
「ふーちゃんはね、興奮すると自分のことを風花って呼ぶんだよ。かわいいよね」
「ッ……! かわいいのはみおーんも同じであろう!?」
「ね?」
私に同意を求められても困る。やっぱりこの二人、ただ仲がいいという風にはどうにも思えない。なんというか、それ以上の関係に既に到達しているような……そんな安心感だ。
「機構としては『Ma3430』と似たような形だな。だが挿入口が3つ必要と。基本の三魔術を踏襲する形ならば合理的だ」
「でもこの必殺技ボタンってのはいるかなぁ?」
「「いる(必要だ)」」
海緒の疑問に対して私と風花は同時にそう答えた。
「やっぱ分かる?」
「当然だ。ドラマ性のある技というのは科学者のロマンだ」
「分かるー! カッコいい必殺技発動するのってやっぱりエモいもんね!」
「『エモい』という言葉はよく分からないが高揚するものであることは確かだ」
ガッチリと握手を交わす。どうやら風花とはかなり気が合うようだ。理論的な思考回路であると考えていたが、思った以上にロマンを求める情熱派らしい。
「……でもこの音が鳴る機能は」
「「いるに決まっているよ(じゃないか)!」」
「……なんで?」
「「カッコいいから!」」
「アタシもう分かんねぇわ……」
海緒が呆れ顔でこちらを見ている。確かに魔装というくくりで見ればバリバリと音が鳴る機能というのは必要ないかもしれない。だが、これはロマンなのだ。
「相手が何を使うか分かってしまうデメリットもあるが、音声があれば間違うこともない」
「変身音はロマン!」
「わかる」
ついに風花の語彙力が消失してしまった。こうして私たちは新しい魔装のアイデアを提案していく。ベルト状のドライバーにするのが妥当ということで、これをメインマシンとしてその補助に武器型の魔装を利用するという形で大まかに合意した。
「これならマナミールに頼る必要もない」
「どんな魔術を使うかはマガジンで調整できるもんね」
「あまり考えたくはないが……マナミールが損傷した時にはこれは切り札になり得る」
風花は少しだけ嬉しそうな顔をしていた。こうして数時間ほど相談した後に、風花はホールを貸してほしいと聞いてきた。私たちは快く承諾すると、風花はこんなことを口にした。
「自室で作業してもいいのだが、用具の持ち込みが大変だ。ここで作業できれば『
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