Basis2. 魔導適正検査

 翌日。私とアイリスは一緒にNMOの管理局に向かっていた。アイリスの部屋から歩いてそう遠くない距離にあるので、散歩がてらといったところか。


「ねぇアイリス。そもそもNMOって何なの?」

「それを説明するにはこの世界そのものから説明する必要がありますわ」

 

 結局昨日は夕食を食べてからそのまま寝ることになった。私の体調のことを考えてとのことだ。だからって一緒のベッドで寝るというのはどうかと思うが……


「華凜さんはこの世界と元の世界の違いについてどう思いますの?」

「一番大きいのは魔術の有無かなぁ。いきなり剣から炎を出した時はビックリしたよ」

「ええ。この世界は魔術……まぁ正式には『魔導技術』と言うのですが。魔術が世界に広く根付いています」


 そう言われてもピンと来ない。魔術が発達しているという割には空飛ぶ車が居るわけでもなく、なんなら人間が飛んできたりもしない。私が見渡す限りだと、それは私の世界と何ら変わりの無いように見える。


「魔術の歴史は20世紀にまで遡ります。ある科学者が空気よりパンを生み出した、というのが魔術の始まりですわ」

「はぁ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出る。空気からパンを作るという言葉は有名ではあるが、それは空気から突然焼きたてのパンが出てくる訳ではない。確か肥料の元になるんだっけ。


「当初、その言葉を本気にする人は居ませんでした。しかし、彼は本当に無からパンを生み出したのです」

「それだけ聞いたら嘘みたいだね」

「ええ。当然、世間はこのカラクリを解き明かすことに必死になりました。そして、その理論は数年後に体系化されたのです」


 科学者ってすごい。端から見ればすごいマジックだと思えるモノを理論的に証明してみせたというのは称賛に値する。


「で、どんなカラクリだったの?」


 アイリスは空を指さす。それが指す意味を理解できない私に、アイリスはこう説明した。


「大気中に存在している魔素Nitrogenが活性化してできたもの、というのが導き出された結論ですわ」

「それって窒素じゃないの?」

「かつてはそう呼ばれていました。ですが日本では、歴史的にそれらを区別するために魔素と呼んでいるのですわ。ですが、学名ではそのままNitrogenと呼んでいます」


 窒素にそんな性質があるとは聞いていない。この世界が元の世界と全く別の道を歩んでいる大きな理由は、何の因果か窒素にこのような謎の性質が発見されてしまったことが大きいのだろう。アイリスは説明を続ける。


「研究が進むうちに、魔素を利用した研究をひっくるめて魔術と呼ぶようになりました。魔素がもたらしたものは人類に火が与えられた時と同等、あるいはそれ以上の恩恵をもたらしたのですわ」

「つまり魔術にできないことはない、って感じ?」

「ええ。魔素のもたらす働きは文字通りの万能です。魔素の発見は我々の社会に大いなる発展を見せたのですよ」


 万能なる力が発見され、それが氾濫している。確かに人間社会は魔術によって発展し、それによる恩寵は莫大なものだろう。だが、何故こうも私の世界の風景と酷似しているのだろうか?


 ここまで様々な人とすれ違ってはいるが、どれも私の世界に居るような服装をしているし、なんならスマホを弄っている人も存在していた。魔術という技術が存在してはいるものの、それを日常生活で大々的に利用しているようにはどうにも思えない。


「さて、着きましたわ。ここが杜若カキツバタ魔導特区の中枢、NMOセンタービルですわ」


 見る限り普通のビル……という訳でもなさそうだ。確かにビルではあるが、変なツイストをしている。休日に行く繁華街に似たようなビルがあったなとふと思い出した。


 ビルの周りの人混みはまばらで、ここはどうやら人が大挙して訪れるような場所ではないことに安堵する。一般的な役所のようなものと考えて大差なさそうだ。


 中へ足を踏み入れると、様々な窓口が軒を連ねていた。アイリスは迷うことなくスタスタを目的地へ足を運んでいく。私はアイリスの姿を見失わないように後を追った。アイリスが目指していた場所は、『異界よりの嬰児リンカネート・パラディオン課』と書かれていた。


「(そのまますぎる……)」

「昨日連絡したアイリス・キネマゼンタですわ」

「お待ちしておりましたアイリス様。それではこちらにどうぞ」


 もっと何かいい言い回しが無かったのかと思いつつも、私は案内されるがままに席に座る。異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンってそんな大量に存在するものなのか? 毎日のように現れたらそれはそれで大惨事だと思うのだが。


「ではこちらの書類の記入事項に記入をお願いします」


 ざっと見ると、記入することとしては名前と性別くらいか。突然現れた人に住所がどうこうというのは不可能だ。後は事務局が記入するものの欄が大量に書かれている。さながら身体検査みたいな印象を受けた。


 それにしても、魔術が発達してるならこんな書類はいらないのではないかと思ったがこういう文化は残されているらしい。ただ、他の課では得体の知れないデバイスを使ってサクサクと処理が進んでいるのを見ると、やはりレガシーなものなのだろう。


 アイリスは、魔術とは魔素が活性化したことによって発生する現象だと説明した。という言葉を使用したということは、魔術の発動には何かしらのプロセスが必要であるということになる。


 異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンとは言い換えればこの世界の理から外れた存在。カレーの作り方を知らない外国人に何も教えること無くカレーを作ることは不可能である。魔術にもレシピのようなものがあり、そのレシピを知らない私には発動することすら不可能だ。


「書き終わりました」

「ありがとうございます。では手続きをするので少々お待ちください」


 職員の人はそそくさと手続きに入った。


「アイリス、異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンって珍しいものなの?」

「特区ごとに毎年数十人は見つかると聞きますわね。多い年だと数百人ってのもありましたわ」

「この特区には何人くらい住んでるの?」

「50万人くらいで調整されているはずですわ」


 となるとなかなかなレアケースと見ていいだろう。身元不明の人間がワラワラと湧き出てくるのはゾッとするものがある。


「人物登録が終わりました。ようこそ、杜若魔導特区へ。我々は貴女を歓迎します」

「ど、どうもです」

「では次に住民登録を行います。とは言っても簡単なものです。スマートフォンはお持ちですか?」

「え、えぇ」


 カバンに入っていたスマホを取り出す。職員の人はそれを受け取ると、金魚鉢みたいな形をした機械の中にそれを入れる。すると内部で青い光がスパークした。


「えっ、これ壊れたりしないんですか?」

「問題ありません。貴女のスマートフォンをこの世界に適合させています」


 一抹の不安がよぎるが……一応役所のようなものだし大丈夫だろう。

 

「というかスマホあるんですね」

「皆さん最初は驚くんですよ。『この世界でもスマホが使えるんですか!』って」


 そりゃそうだ。


「これもある意味異界よりの嬰児リンカネート・パラディオンがもたらした恩寵ですね。今では魔術補助デバイスとして一般的に普及していますよ」


 こちらの世界とは趣の違う流通をしているようだ。しばらくするとこの光が赤く変わる。かと思えば今度は緑色に変わった。クリスマスのイルミネーションを彷彿とさせる発光は幻想的ではあるが、その元は私のスマホなんだよねぇ。高校入学に先駆けて買ってもらった最新型である。しばらくすると光が収まった。……本当に壊れていないの?


「終わりました。起動してみてください」


 電源ボタンを押す。


『魔法少女マナミール!』


 どうやらソシャゲがインストールされたらしい。電車の中で音量MAXで起動すると周囲から白い目で見られるタイプのアレだ。


「…………」

「華凜さん、無言で叩き壊そうとしないでください!」

「アイリス、この人馬鹿にしてるの?」

「申し訳ございません! それがこのアプリケーションの仕様なのです」


 職員の人はペコペコと頭を下げる。ここで怒りすぎるのはよくない。きっと私と似たような目に遭った他の人にも同じことを言われているのだろう。


「このアプリケーションがあれば特区内での生活に困ることは無いと断言できるほど万能なものなんです。ただ……制作者の趣味がアレなせいで……」


 心情察するに余りあるな。心を落ち着かせて画面と対峙する。


『本人照合中……照合確認! 橘華凜さんだね、私はマナミール! 皆さんの生活を有意義なものにするために戦う魔法少女なんだ!』


 戦いの大義がデカすぎる。しかしこのマナミールという魔法少女、よくデザインされている。白を基調としつつも随所に青色の要素がちりばめられているのは正統派な魔法少女だな。声もなかなか良質だ。私の名前も流暢に呼んだことには驚きを隠せない。


『えっとね……私は貴女のことをなんて呼べばいいかな?』


 呼び方指定とかできるのか。選択肢が大量に現れる。いや多過ぎだろ。名前呼びとか後ろにくんとかちゃんとかつけるのは理解できる。お兄ちゃんお姉ちゃんも分からなくはない。こんな可愛い女の子にお姉ちゃんと呼ばれるのは悪くないと思う。


 ご主人様ってどういうことだ。一応魔法少女なんだよね? メイド魔法少女はさすがに属性過多が過ぎる。しかし呼び方が多すぎるな。中には外で使ったら精神状態を疑われるものまで存在する。どんな需要を想定しているんだろうか。……無難に華凜ちゃんでいいだろう。


『うん、分かったよ華凜ちゃん。マナミールはいつでも華凜ちゃんと一緒だからね!』


 心強い味方……なのか?


「住民登録にあたって、検査があります。こちらにどうぞ」

「行きましょう。すぐに終わりますわ」


 アイリスに促されて私は職員の人の後を追う。ビルの上層へと向かうエレベーターに乗り込む。


「23階、魔導検査室です」

「早くない?」


 乗り込んでボタンを押したらすぐに着いてしまった。エレベーターというよりも転送システムと言うべき代物だった。呆気にとられてしまうが、下手に残っているとそれこそビルから放り出されるかもしれないので早足で着いていく。


「検査には2つあります。総合的な魔術の適正を見るものと、分野ごとの魔術の適正を見るものですね」

「私魔術の使い方なんて知らないですよ」

「そのためのマナミールです」


 なるほど。アプリだけ見れば奇怪なソシャゲみたいだが一応魔術補助デバイスだった。


『マナミールです! 私がお役に立てることはありますか?』

「魔導検査をお願いします」

『位置情報を確認……完了。魔導検査に適した環境と確認したよ! 華凜ちゃん、私の指示に従って魔術を使ってみよう!』


 チュートリアルみたいなものか。そうしていると、目の前にホログラムのようなもので作られたマナミールが現れた。どうやらこの部屋自体がマナミールと連動しているらしい。やはり魔法少女と名乗るだけのことはあると感心してしまう。


『それじゃあ行くよー! 燃えろ!』


 アバウトすぎない? とりあえずやってみよう。

 

「燃えろ!」


 しかし何も起こらなかった。


『もっと人が燃えるイメージをしよう! 燃えろ!』


 イメージが物騒すぎる。今まで生きてきて人が燃えるイメージなどしたことがない。……人と考えるからダメなのか。藁人形みたいなものを想像しよう。


「燃えろッ!」


 すると、空間に突然火の玉が現れた。確かに魔術が使えたという実感はあるものの、拍子抜けしてしまう。アイリスはファイヤートーチみたく剣ごと燃えさかるような火炎を出していたんだけど……


『オッケー! じゃあ次に行ってみよう! 冷やせ!』

「冷やせッ!」


 空間から一口大の氷が落ちてくる。確かに冷やすものだがそれはあんまりだろう。冷やせと言われてかき氷を思い出したのがアレだったか。だったらかき氷を出してくれと言いたくなるが。


『いいね! 次がラストだよ! 吹き荒べ!』


 急に難しい指示になったな。突風を起こすイメージだろうか。台風みたいなものを想像してみよう。


「吹き荒べッ!」


 瞬間、部屋に突風が吹いた。のはいいのだが、ついでに水しぶきのようなものまで飛んでくる始末だ。それこそ暴風域の中に突っ込んだかのような風はすぐに止んだが、職員の人もアイリスも私も、皆がびしょ濡れになってしまった。シャツが透けて下着が見えてしまわないかと不安になる。


「あわわ……大丈夫ですか!?」

「わたくしは大丈夫ですわ……」

「まさか水しぶきまで飛んでくるなんて……へくちっ!」


 職員さんは一番水しぶきの影響を受けたようで、全身がびしょ濡れになっている。

 

「陽光よ照らせ」


 アイリスがそう言うと、部屋が急激に暑くなる。すると、魔術によって生み出された水が一瞬で乾いていった。


「アイリスさんすみません……」

「問題ありませんわ。困った人を助けるのがキネマゼンタの掟ですもの」

 

『すごーい! 検査結果はNMOのお姉さんに送信したよ! 確認してね!』


 マナミールはそう言うと、先のホログラムマナミールから何かを職員の人に投げた。おそらくデータの塊のようなものだろうか。それを職員の人がキャッチすると、空間上にスクリーンを投影した。私からはスクリーンが存在することは分かるが、そこに何が書かれているかを確認することはできなかった。近未来SFなんかであるような光景が広がっているのだ。


 職員の人はそのデータを確認すると、どこかに連絡を取っているようであった。何かのアポイントメントを取っているようで、それが承認されたのか、職員の人が私に告げる。


「橘さん」

「はい」

「会って欲しい人がいるのです」

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