最終話 死にたい俺と殺したい私

《ナハト視点》


 目の前で、自分で首を刎ねるのを見ていた時は、心臓が止まるかと思った。

 それほどまでに、自分のエゴで苦しめてしまったことに、改めて自分のことが許せなくなりそうだった。

 その直後の、簡単に死ねないという事が分かった時の、安堵と絶望の入り混じったような表情には、心が締め付けられるような思いがした。


 それからすぐに、幽鬼のようにふらふらと部屋に戻っていく姿を見ていて、この状況を引き起こしたのは自分だという事を直視して、自分のエゴでここまでアンジュを苦しめてしまう自分が、初めて恨めしく思えた。


 おそらく、首を刎ねても死なないという事は、どこまでかは分からないが、自分に近しいレベルで不死の存在になっているのだろう。

 つまりは、アンジュがどれだけ死を望んでも、その望みを叶える術は、今のままでは存在しないということだ。




 ああ、一体自分はどれだけ彼女を傷つければいいのだろう。

 いっそ、この身が朽ちて消えてしまえばいいのに。



 初めて、自分を嫌悪した。

 自分のエゴでアンジュを苦しめておいて、その上自分だけはあさましくその苦しみから解放されたいと願うなんて。



 そんな自己嫌悪に陥りながら、ナハトはこれからどうするべきか、考えながら書庫の中を彷徨っていた。

 ひとまずは、アンジュの望みを叶えてやりたい。

 これだけのことをしでかしたのだから、これ以上の苦しみからは解放してやりたい。


 だが、アンジュから死を取り上げておいて、一体他に何をしてやればいいのだろうか。

 そんなことを考えていたが、結局のところ何も思いつかなかった。

 ナハト自身はあまり考えたことも無かったが、吸血鬼はその長い寿命から、生に飽きた時点で自ら死に行くものが多いことは知っていた。

 ナハトはその身体の性質もあって、あまり真剣には考えたことは無かったが、寿命だけ無駄に長くても、やりたいことでもなければ吸血鬼の寿命は長すぎるのだ。

 それゆえ、生に十分満足したり、飽きた時には自ら太陽のもとに出たり、首を刎ねて死を選ぶことがあるのだ。


 だが、アンジュは違う。

 まだ完全に把握した訳ではないのだが、首を刎ねても死ねなかったことから鑑みても、どの程度かは分からないまでもナハトの不死性を受け継いでいるのだろうから、それを選ぶことすら出来ないのだ。

 さらに寿命も、今のところナハト自身も死が近付いてくる気配どころか衰える様子すら全くないことから、これから長い時間をアンジュに吸血鬼として過ごすことを強要することになるだろう。


 そんなことは、アンジュにとって生きながらにして地獄を与え続けるようなものだ。

 もしかしたら、いずれは吸血鬼であることに抵抗を感じなくなるのかもしれないが、それは受け入れたということではなく、諦めたということになるのだろう。


 それはダメだ。

 ああ、せめて吸血鬼を受け入れなくてはいけないのではなく、心だけでも人として生き、人として死ぬことを選べるようにはさせてやりたい。

 それならば、いざという時に死ぬ方法を知っていた方が、アンジュの為にもなるのだろう。

 ただの吸血鬼の死ぬ方法ではだめだ、アンジュは自分の不死性を継いでしまったのだから、自分ですら死ねる方法を見つけなくては。


 そうだな、これまでの生で既に、やりたいことはやりつくしてきたのだから、最期に死ぬ方法を調べることに費やしてもいいだろう。




 アンジュへの、せめてもの償いとして、せめてもの救いとして、俺は、死を望もう。








《アンジュ視点》


 翌朝、目が覚めた私は、一度眠ったおかげか少し頭がすっきりとしたように感じていた。

 寝る前には色々と悩んでいたが、今、改めて初心を思い出したことで少し考えが変わったというか、落ち着くことが出来たのだ。


「結局、私のやることは変わらない。吸血鬼は全て滅ぼす。私みたいな存在が二度と生まれないようにするためにも」


 そう、もともとアンジュは吸血鬼を滅ぼすことを目的にナハトのもとで修業をしてきたのだ。

 それが、その決意が、自分が吸血鬼になったからと言って変わるわけでもないのだから、むしろ自分も吸血鬼になったことで、力も魔力も、そして警戒されにくくなったという点でもデメリットはあまりないだろう、むしろ目的に近付いたと言ってもいいのだから、問題は無いだろう。

 そして、昨日は気付かなかったが、感覚も鋭くなったことが関係しているのか、それとも吸血鬼特有なのか、何となくだが吸血鬼の存在を感じ取りやすくなったように思えるのだ。


 これまでは、ナハトが城の中に居ても、どのあたりにいるのかまでは分からなかったけれども、今ははっきりとどの部屋に居るのかが分かるのだ。

 原理は今のところ分からないのだが、それでも役に立つのならばいいだろう。

 この力があれば、吸血鬼を探すことも容易になったはずだ。

 この世界に蔓延る吸血鬼を全て滅ぼす、そのために力を得たと思えば、少しは落ち着けるというモノだ。




「……それに、全ての吸血鬼を殺した時には、ナハトも殺しているはずだ。そうなれば、自分の殺し方もきっと分かるはず」


 そう、全ての吸血鬼には、ナハトはもちろんのこと、自分のことも含んでいた。

 例え、自分以外の全ての吸血鬼を殺しても、滅ぼしても、自分がいるのでは完全とは言えないだろう。

 それならば、自分も殺すのが道理だ、そもそも、目的を果たしたならばそれ以上生きる必要すらないのだから。


 ……もちろん、自分が吸血鬼であることを、便利だと思いこそしても感情が、許せないのだ。

 そのためにも、一刻も早く吸血鬼を滅ぼして、自分をも殺す方法を探したい。






 そうだ、私は、吸血鬼として生きることを拒絶するため、ナハトを、不死の吸血鬼を、殺すと誓う。







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 はい、急に思われるかもしれませんが、これにて完結でございます。

 一応言っておきますが、描くのが嫌になったとかじゃないですからね?

 書き始めた時から、ラストはこうするって決めていたことでして、プロット自体もちゃんと決めて書いていましたよ。

 もう少し、話を広げられたらなあ、とは私も思いますが……。

 最初の構想段階でここで最終話にするとは決めていたので、完結とはしますが、もしも続きが読みたいという方がいたら、もしかしたら第二部、って形で続けるかもしれないです。

 実際、ナハトの殺し方とかはっきりさせずに終わらせているので、私自身も少しもやっとしているので……。

 とはいえ、私はまずこの終わりがいいと思っているので、積極的に書くつもりは無いです、一応、少しだけ続きは妄想していますが。


 とまあ、ちょろっとしたあとがきもこれで終わりです。

 ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!


 ☆を下さった松本せりかさん、仏座ななくささん、キウイ/マルマルさん、@shinobumanさん


 ♡を下さった松本せりかさん、リゥル(毛玉)さん、仏座ななくささん、キウイ/マルマルさん、shibaさん、お餅ミトコンドリアさん、@shinobumanさん


 この場を借りて改めてお礼申し上げさせて頂きます。

 本当にありがとうございました!

 いつもいつも、執筆の励みになっていました、とても嬉しく思いながら執筆にとりかかることが出来ました、心から感謝しています。

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死にたい俺と殺したい私 かんた @rinkan

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