第25話 死ねない少女

「……クソッ!」


 アンジュの命が徐々に零れていくのを、すぐ傍で見ていたナハトは毒づきながらもアンジュの命を繋ぐため、死なせないために動き始めた。

 おそらく、命が繋がったとしても、生きながらえたのだとしても、アンジュはおそらく苦しむのだろう。

 このまま死なせてやる方が、よほどアンジュの為を思えばいいのかもしれない。


 しかし、ナハトは死なせないために、生かすために、動いていた。

 もう、これは他でもない、ナハトのエゴだ。

 ナハトが、アンジュに死んでほしくないから、そうするのだ。


 そう決意したナハトは、自分の腕に噛みつくと、思い切り力を込めて食い破った。

 死なないとはいえ、痛いものは痛いし、血は流れる。

 その、自分の腕から流れる血を口の中一杯にすすると、アンジュに直接、口を付けて流し込んだ。

 意識を失っているせいで、そして死に瀕しているせいでなかなか嚥下されずにもどかしい気持ちになったが、ゆっくりと、確実に飲み込むようにアンジュに全て流し込んだ。


 それは、新たな吸血鬼にするための儀式だった。

 血を失った人間に対して、吸血鬼の血を流し込むことで吸血鬼としての力を取り込ませるのだ。

 とはいえ、身体から全ての血を失っている上に、吸血した吸血鬼とは別の、ナハトの血を流し込んでいるせいか、まだ足りないようだった。

 ここまで来たら、吸血鬼になるまで止められないと、それから合計三度、アンジュに血を流し込んだ時、アンジュの呼吸は安定し、魔力も身体に馴染んで吸血鬼として生き返ったのだった。






 呆然としたまま、頭が理解を拒みながらも、それでもナハトが話した、あの時何が起こったのかを聞いていたアンジュは、目の前で頭を下げているナハトの頭頂部を見ていてなお、どうしたらいいのか分からないままだった。


 自分が吸血鬼になったのは、なってしまったのは間違いないだろう。

 この身に満ちている魔力は以前とは比べ物にならず、そして力も強くなっていて、その急激な変化に身体が追い付いていないことが力の制御が出来ていない原因なのだろう。


 生きていて良かったという気持ちもある、吸血鬼になるぐらいならば死んだ方が良かったと思う気持ちも、矛盾するようだが、ある。




 そこまで考えて、アンジュは半ば衝動的に、手に魔力を纏わせると自分の首を刎ねた。

 吸血鬼になるぐらいならば、死んだ方が良い、と半ば衝動的に動いていた。

 おそらく、ゆっくりと考えて行動しようとしたら、死の恐怖でそう簡単には動けなかっただろうから。


 しかし、吸血鬼ならば首を刎ねれば死ぬはずなのに、全く死ぬ様子は無く、それどころか意識もはっきりとしたまま、自分の身体が、頭の無い身体が目の前にただ座ったままいるという世にも不思議な光景を見るだけの結果となってしまった。

 おそらく、不死をその身で体現しているかのようなナハトの血で吸血鬼になったことで、アンジュ自身もそう簡単には死ねなくなってしまったのだろうことは、簡単に想像できることであった。

 ナハトも、この結果は予想していなかったのか、驚いたような顔をしていたが、すぐに我に返って苦しそうな表情をするとアンジュの頭を持ち上げて、首のあった場所へと戻した。


「貴様に、アンジュに死んでほしくないからと、吸血鬼にしてまで生かしたのは俺のエゴだ。貴様が喜ばないかもしれないことも、覚悟の上での行動だ。恨んでくれていい。死ぬことが出来ないこの身だが、望むならばいくらでも煮るなり焼くなり好きにしてくれていい。だが、死なないでいてくれ」







 苦しそうな、傷ついたような表情で、絞り出すように声を出すナハトは、それなりに長い付き合いになって来たアンジュにとっても始めて見る一面ではあったが、そんな事も考えられないほど、今の自分の状況が呑み込めないアンジュは、何も言えないまま、どうやって帰ったかも分からないが気付いたら自分の部屋の、いつの間にか新しくなっていたベッドの上に座り込んでいた。


「吸血鬼……か」


 この世界で何よりも恨んでいる吸血鬼という存在になってしまったこと、そうでもしなければ今ここに存在していなかったこと、その上、簡単には死ねなくなったことなど、アンジュを悩ませることはいくらでもあるのだ。

 それらの悩みは、未だにアンジュの中を巡っており、一向にどうしたらいいのかの結論を出せていなかった。

 せめて、自分を殺した、正確に言うのならばこうなる原因を作った吸血鬼がまだ生きていたのならば、この激情を、怒りを、やるせなさをぶつける相手がいれば少しは気が晴れたのかもしれなかったが、ナハトが殺したと言っていたのだから、その相手もいない。

 かといってナハトに八つ当たりしようにも、吸血鬼にさせられたとはいえ、命の恩人でもあるのだ、それにナハト自身が煮るなり焼くなりしろといっているのに、そんな相手に八つ当たりしたとしても、気は晴れるどころか胸糞悪くなりそうだから、やりたくなかった。


「……もういいや、寝よう」


 どうしたらいいのか分からない感情を、今この場でどうにかするなんて出来ないと、もうこれ以上考えたくはないと半ば現実から逃げるように、アンジュは眠りにつくのだった。

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