第24話 少女は、めざめる

 目が覚めて、アンジュの目にはまずいつもの天井が視界に入って来た。


「……あれ、なんで」


 いつもの光景であるはずなのに、実際に何度も見てきたし、自分の部屋だと馴染んでいるはずの部屋、自分の部屋の天井が、何故なのかおかしいように感じてしまった。


 やけに頭が、身体が痛いのに、それとは乖離して力の漲るような、それこそ自身のこれまでの生涯の中で最高級に身体の調子は良かった。

 寝起きで少し頭が回っていないのか、それとも寝すぎて混乱しているのだろうか、昨日寝る前のことを思い出すのに苦労しているけれど、外は暗く、月も空高く上っていることから、昼寝のつもりが夜まで寝てしまったのか、もしくは疲れていて一昼夜寝てしまったのだろうと考えて、起き上ろうとベッドに手を突いた。


「え……」


 ボゴッと音がした。

 やけにスローに感じる世界で、アンジュの目は手を突いたベッドの部分が砕けているのを目にしていた。

 そのまま身体のバランスを崩したアンジュは、体勢を立て直すため床に手を突こうとして、思っているより速い動きで出て来た自分の腕が、床を突き破って下の階、書庫へと進んだことをどこか他人事のように見ていた。


「アンジュ!」


 床を突き破った勢いそのまま、書庫の床へと叩きつけられるかと思ったアンジュを止めたのは、丁度書庫にいて何かを読んでいたナハトだった。

 ナハトは即座にアンジュの真下へと入り込んでくると、そのままアンジュを横抱きに受け止めた。

 まるで時が止まったかのように抱きかかえられたまま、呆然と見つめ合っていたが、すぐに我に返るとナハトの腕から離れようとアンジュは少し暴れた。


「一度落ち着け。力の制御が出来ていないのだろう? すぐに座らせてやるから、暴れるな」


 しかし、ナハトはアンジュを下ろそうとはせず、それどころかアンジュが感じたことも無いような力を込めてアンジュが暴れるのを抑えつけて来た。

 とはいえ、実際に何が起こっているのかは分からないが、事実として床をぶち抜いてしまったので、少し大人しくすることにした。


 ナハトもずっと抱きかかえたままにするつもりは無かったのか、すぐに近くの椅子へと歩いて行くと、まるで大切なものを扱うかのようにゆっくりとアンジュを座らせた。

 そして早速、まるで何かを後悔しているかのように顔を歪めながら口を開いた。


「初めに聞いておきたいのだが、どこまで覚えている?」


「どこまで、って言われても、冒険者になって来いって言われて、その準備をして……? あれ?」


 ナハトのその言葉で、ようやくアンジュも自分の記憶が混濁していることを自覚した。

 そして、改めて考えてみると、少しずつ、靄が晴れていくように記憶が戻って来た。


「冒険者には、もうなった。依頼も受けて、それを達成しようとして、その途中で何かおかしいことに気付いて、そしたら竜が出てきて……あぁ、私は死んだのか」


 そうして、アンジュは記憶を失うまでのことを思い出した。

 あの時の、最期の自分の命が消えていく感覚を思い出して、死んでしまったのだと、あれで生きていられるわけがないと確信して、


「……いや? なら今これはどういう状況なんだ? なんで生きてる?」


 今の自分の状況にさらに混乱することになった。



「貴様は、確かに死んだ。いや、死にかけたというのが正しい。しかし、未だに貴様が生きているのは、貴様は吸血鬼になったからだ」


「……は」


 ナハトのその言葉を理解するのに、しばらく時間が必要となった。

 脳が、耳が、その音を聞き入れるのに時間がかかり、そしてその音が意味を持った言葉になって脳に到達するのに時間がかかったのだ。

 それだけ、アンジュにとっては受け入れることが難しい内容だった。


「なん、で……」


「……俺が、貴様を吸血鬼にした」


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