第19話 竜
「……流石におかしい」
周囲を血の海にしながら、アンジュは呟いた。
あまりにも魔物が多いのだ。
もともと、ゴブリンの駆除のつもりで来ていたのだが、三桁を超えるゴブリンを駆除してからは一度町へ帰ろうとしていたのだ。
それが、その帰り道からそれまでの道中とは比べ物にならないほどに魔物との遭遇率が上がったのだ。
遭遇というか、もはや魔物が大移動をしていて、その途中にアンジュがいると言われた方が納得できるようなほどだった。
そして、魔物はゴブリンに限らず、オークやオーガ、ウルフ系の魔物など様々な種類の魔物が、互いに争いもせずにアンジュに向かってくるのだから、おかしいと感じるのも当然だったろう。
「一度町に戻るべき……? それとも原因を探るべきかな、今の私ならそこらの相手には負けないだろうし」
森の中とは思えないほどに静かな状況で、アンジュは周囲の警戒はしながらもこれからどうするべきか考えていた。
原因は判明してはいないが、魔物が大量発生しているこの状況は、いくらなんでも非常事態だろうから、それだけでも町に伝えに行くのは間違いではないだろう。
原因が分からないにしても、事前に情報があれば町の方でも対策が取れるし、何かあったとしても準備する時間は長ければ長いほどいいのだから。
だが、それなら今すぐ自分が原因を解明するべく動いて、早期解決に持っていくことも選択としてはありなのではないだろうか。
当然、現在の状況が町に知らされるのは遅れてしまうが、アンジュならある程度までの問題なら自分一人でも解決できる自信があるし、それで解決することが出来るのならば、後はそこまで困る事態にはならないだろうから。
「………………よし、ちょっとだけ探ってみて、すぐには見つからなさそうなら町に戻って報告、見つかったらサクッと解決。これで行こう」
時計の秒針が一周する間、じっくりと悩んだアンジュは、魔物の暴走原因を探りに行くことにした。
とはいえ、あまり時間をかけたとしても、町への報告が遅れることになるし、そもそも今の時間で既に日は傾いているのだから、あまり長時間かけてしまうと夜になってしまう。
そうなったらそれこそ町も眠りにつくだろうし、暗い中でいつも通り動けるほど夜目が効くわけでもないのだから、原因が判明するか否かは関係なしに時間はかけないことも決めて動き始めた。
ひとまずは、魔物の現れて来た方向を探りにいくと決めてアンジュは走り出した。
「……ん? 珍しいな」
その頃、城で眠りについていたナハトは、何かに気が付いたのか目を覚ましていた。
そのまま起き上ると、あくびをしながら窓の方へと歩き始めた。
そして窓にたどり着き、何かを感じ取った方向を見つめていた。
「……黒か、更に珍しいこともあったものだ。ただでさえ少ないあいつらが、希少な黒を外に出すとは……」
そのナハトの視線の先には、かなり離れてはいるものの、空を何か、黒いものが飛んでいた。
それは、この距離であってもその大きさが伝わってくるような、力強くそこにいた。
「まあ、こちらに来ないならば別にどうでもいいか……」
しかし、もちろんナハトはそんなことは気に留めず、もう一度ベッドに戻ると寝息を立て始めるのだった。
そのもの、不遜であるぞ
我が領域を侵そうとは
我が安寧を侵さんとは
我は竜なるぞ
遍く生き物、須らく平伏せよ
遍く生き物、悉く絶望せよ
我は黒
全てを貪り、全てを取り込む黒なるぞ
何物にも染められぬ
何物にも変えられぬ
我こそは黒竜、総ての竜を統べし、竜の王なり
矮小なるものよ
懺悔せよ
不遜なるものよ
絶望せよ
世には絶対があると知れ
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