第13話 吸血鬼、料理も最強
地面に倒れ伏して動かなくなっているアンジュと、血の吹き出る首元を抑えながらアンジュに近付いていくオーガを見ていたナハトは、気が付いた時には両者の間に割って入っていた。
「今はここらが限界か……。まあ、相討ちにまで持っていったのはよくやったか」
「ガ……、グォウ……」
そしてナハトの姿を目にしたオーガの様子が、急に怯えたかのような、震えているような感じになっていた。
本能的にでもナハトの力を感じたのだろう。
手負いの自分では、否、たとえ万全の状態であったとしてもこの目の前の化け物には勝てない、むしろ生き永らえることができたら儲けものであるほどに、力の差は隔絶したものであると。
そして、それがオーガの最期の思考になるのだった。
次の瞬間には声を出す暇すらなく、無数の肉片へと姿を早変わりさせていた。
ナハトは肉片となったオーガを一瞥することも無く、そのままアンジュを抱きかかえるようにして地面から離すと治療を行いながら自らの城へと帰るのだった。
城に帰って来たアンジュの目が覚めたのは、その翌日の事だった。
負傷に関してはナハトが治癒してはいたが、だからといって疲労が消えるわけでもなく、むしろ不自然に負傷を直すのだから、身体に疲労が溜まってしまうのは仕方のないことだった。
「っうぐぅ……」
目を覚ましたアンジュが最初に感じたのは、全身の痛み、そして耐えがたいほどの空腹感だった。
痛みはおそらく、身体の負傷自体は直されているものの、記憶にある叩きつけられた衝撃と蹴飛ばされた時の苦痛が感じさせた、幻のようなものではあるが、空腹感は昨日から眠っていたから当然何も食べていないからこそ、そして身体の修復に貯蔵されていたエネルギーが使い果たされてしまったことで感じているのだろう。
それも、今すぐにでも何かを食べなければ死ぬ、と思えるほどに凶悪で、苦痛にすら思えるほどだった。
そして、次に感じたのはどこからか漂ってくる食事の匂いだった。
いや、もしかしたら異常な空腹感が感じさせる幻覚かもしれないと思いながら、それこそ幻覚のような痛みを感じながらも、匂いのする方へと歩き始めるのだった。
そうしてアンジュが辿り着いたのは、城の厨房だった。食事があるなら厨房だろうと考えての事でもあったが、それ以上に厨房から暴力的なまでの美味しそうな匂いが漂ってきていたので、まるで光に集まる羽虫のようにふらふらと、無意識のうちに足が厨房へと進んでいたのだった。
厨房の中では、寸胴には具は少なめのあっさり目のスープが、まな板にはこれから調理を始めるのか綺麗にカットされた野菜や一口大に切られている肉、そして一番目を引くのはアンジュの倍ほどもありそうな大きさのケバブがそこにはあった。
「起きたか」
背後から声がしたかと思うと、アンジュの背後にはいつの間に現れたのかナハトがコック帽をかぶり、真っ白ないで立ちでそこに立っていた。
知らぬうちに背後に立たれていて驚いたアンジュだったが、その頃になってようやく、厨房内での至る所で見つけていた料理たちが、そして調理器具たちが一斉に動き始めて料理を完成させるべく動き始めていた。
始めは驚きもしたアンジュだったが、そもそもナハトは吸血鬼なのだ、身体の一部を遠隔で操作することなど容易いのだろう、よく見ると全ての調理器具にはナハトの手と思しきものがフワフワと浮いていた。
……それはそれで、何本手があるんだと突っ込みたくはなったが、結局その突っ込みは声に出ることは無かった。
何故なら、それまでは調理の完成していない状態だった食材たちが、一斉に調理され、香辛料を加えられて、それまでですら暴力的だと感じていた匂いが今では直接アンジュの腹を刺激しているのかというほどに充満していたからだ。
「……ひとまず、食事とするか」
何か言いたそうな顔をしていたナハトだが、おそらく今は何も聞かないだろうと判断し、動こうとしないアンジュを抱えて食堂へと向かった。
その後ろには調理された料理たちが皿に盛られてカートでナハトの後をついてくるようにしながら。
そうしてようやく食べることが出来た食事は、もはやこの世のモノとは思えないほどに美味しかった。
たまらず何度もお代わりをして、ようやく落ち着いたころには大量にあった料理たちが目の前から全て消え失せた頃だった。
「さて、食事も終わったことだし前回の批評をしておこう。まず、最後の詰めが甘い。相手がなんであれ、手負いの獣が一番危ないのはどの世界でも、何が相手でも変わらない。相手が完全に絶命するまで、場合によっては絶命した後でも気を抜くな。目の前の相手にだけ気をとられていたら別の敵が来た時に対処できなくなるぞ。次に、動作がいちいち大きい、相手との体力差は言うまでもないのだから最低限の動きで躱すなりいなすなりしろ。そもそも回避を回避だけで収めるな、回避と攻撃など、全ての動きに複数の意味を持たせろ。さもなくば脅威足りえないぞ、相手からしたら何も怖くない。そして自分の非力さをもっと自覚しろ。貴様の力で一撃で絶命など狙えるわけが無かろう、何度も攻撃できるように一撃離脱をもっと身に付けろ。もしくは連撃を叩きこめるように相手の隙を作れ」
そうして始まったのはナハトによるアンジュの初戦のダメ出しの嵐だった。
アンジュ自身も反省するところがあるのか素直に聞いてはいたが、それでも落ち込むのは止められず、ナハトの言葉を聞きながらも顔が下を向くのを止められなかった。
そんなアンジュを見て、少し気が引けて来たのかナハトは少しダメ出しの勢いを緩めて口を閉じると、少し考えて再び口を開いた。
「……あー、だが、自分で気づいてすぐに戦い方を修正で来ていたのはよくやった。それとオーガの体勢を崩す時の動き、そして魔法は良く出来ていた。アレが無かったらもう少し時間がかかっていただろう。そうなっていたらジリ貧だったかもしれん。……そして初戦で、格上のオーガ相手に油断さえしなければ勝てるところまで持っていったのは貴様の力だ、誇るがいい」
「!」
批判だけではだめだろうと、しっかりとよかった点も指摘してやると、アンジュは顔を上げて嬉しそうに、しかし少し複雑そうな笑顔を向けるのだった。
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