第10話 果てしなく遠い、少女と吸血鬼の距離

 遠い。


 ナハトに向けて武器を振るい、自然な動作で拾っていた石を、地面をけり上げて土煙を立てながら投げつけながら、アンジュはそう思っていた。


 数日前からナハトとの模擬戦が始まって、既に何回も模擬戦を行っていたが、始まってから今の今まで、アンジュはナハトに対して一度も攻撃するどころか、触れることすら出来ていなかった。

 もちろん、アンジュもまだまだ身体が出来上がっていないことだし、相手は最強の吸血鬼なのだから、すぐに殺せるだなんて思っていなかった。

 それでも、何度も何度も、思いつく限りの動き、作戦をどれだけ凝らしても、ナハトは余裕を全く崩すことなく、それどころか攻撃しているアンジュには声を上げる余裕すらないというのに、ナハトは軽々と避けているどころか、今もこうして近付いてこようとしている獣や魔物、魔力を身体に吸収し過ぎたことで身体が変異を起こし、狂暴化している生物のことだが、を追い払うなり、殺すなりしていた。


「くそっ!」


 半ばヤケクソ気味に、力いっぱい手に持っていたナイフを投擲するが、それもなはとは軽々と掴んでいた。

 それどころか、そのナイフを投げると、一体どのように投げたらそんなことになるのか分からないが、アンジュの大腿部にある、ナイフホルダーにすっぽりとはまった。


「ナイフを投げるのは作戦としては良いが、次の行動を必ず差し込め。ただナイフを投げるだけではそうそうやられる奴はいないし、避けられでもしたら武器の一つをただ失うだけだぞ」


 ヤケクソのナイフ投げをしっかりと指摘されてイライラしながらも、やはりナハトの命にはまだまだ遠いと感じた。

 そのことにムカつきながらも、指摘してくることは確かに正しく、スパルタではあるものの目的のためならいくらでも耐えられることだった。

 だからといって、余裕そうな態度がムカつかない訳ではないので、絶対いつか見返してやると心に刻むのだが。


 ひとまず、少しでも驚かせるぐらいはしたいので、ナイフホルダーに入ったままのナイフを取り出すと、今度はナハトに向けてではなく、少し下、ナハトの足元に向けてナイフを投擲しながら走り出した。

 ナハトも自分には当たらないとナイフの軌道を即座に察したのか動く様子も無かったが、アンジュからしたらむしろ狙い通りで、ナイフの突き刺さった地面が急にうねり、何本かの棘が突き出て来た。


「ほう、器用だな。ナイフを突き刺した個所を座標として遠隔で魔法を使ったのか。媒介にナイフを用いているとはいえ、誰にでも出来る真似ではないぞ」


 ひらりと避けながら、アンジュが何をしているのか完璧に把握したナハトに、ナハトならばこの程度即座に看破するだろうと思っていたアンジュは驚きもせず、走りながら拾っていたいくつかの石を、一斉に、広範囲に投げつけた。

 もちろんただの石ではない、着弾と同時に爆発するように魔力を込めた、いわば炸裂弾のようなものである。

 小石だと侮って最小限の動きで避けようものなら、その瞬間に爆発させてやろうと考えていた。

 しかし、


「ほう、アイデアは良かったな」


 またもやヒラリと躱したナハトに、今度こそアンジュは口を開いて呆然とする羽目になった。

 確かに、当たりはしなかったがアンジュはナハトに近付いたタイミングで爆発させようとしていた。

 それなのに、石は爆発することなく、ナハトの少し後方へと転がって行ってしまったのだ。

 今のは流石に避けられないだろうと、かすり傷ぐらいは負わせられるだろうと思っていたのに、結果はかすり傷どころか服装が乱れることもなくナハトはそのままの姿でそこに立っていた。


「なんで、爆発しないんだ!?」


 ナハトが何かをしたのは分かっている、もちろん、この場にアンジュとナハトしかいないのだから当然のことなのだが、それでも何をしたのか全く分からなかったアンジュはそう口にしていた。

 ナハトも隠すつもりは無かったようで、聞かれたままにすぐに答えを教えてくれた。


「石に込められていた魔力に干渉して、爆発を止めただけだ。他人の魔力とはいえ、身体から離れた魔力に干渉することはそこまで難しいことではないぞ。やろうと思えば、身体を巡る魔力にすら干渉出来るのだからな」


 答えを聞いて、アンジュはまた絶句していた。

 確かに、魔力に干渉して爆発魔術を止めることは出来るだろう。

 しかし、標的は自分に、そして自分の周囲に向かって飛んできている多数の小さな石なのだ。

 いったいどれだけの動体視力、そして処理能力があればあの一瞬で即座に解除することが出来るというのだろう。

 そして、自分がその領域に踏み込めるようになるには、一体どれだけの時間がかかるのだろうか。

 復讐を、吸血鬼を滅ぼすという目標を諦めた訳ではないが、それでも少し落ち込んだ気分になるのはどうしようもないことであった。

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