第6話 少女、吸血鬼の弟子になる

 あれからひと月、アンジュはナハトの住処、城を見つけてから何度も何度も城へと訪れていた。

 来るたびに何度も思いつく限りの武器や殺し方を試してはいたが、ナハトの不老不死とは嘘では無かったのか、たとえどこを刺してもすぐに傷は塞がり始めるし、呼吸も必要としていないのか窒息させようとしても何も反応は無い。

 火にかけても燃えず、叩き潰しても元通り、切っても刺しても何も無い。

 身体を分解してばらばらにしようかとも思ったが、アンジュの力では出来ず、断念することになった。


「まず、なんで起きないんだよ……」


 そう、ひと月の間、アンジュは何度もナハトの城へと赴き、そして何度も殺そうとしているのに、ナハトは何も苦痛と思っていないどころか、一度も起きることすらないのだ。

 今は、武器屋で失敗作として放置されていた様々な武器を運び込んでいるところだが、何をしてもすぐに再生していくナハトを見て、結局これも無駄なのだろうと定年にも似た感情が心を占めていた。

 だからと言って憎悪は消えることも無く、そしてどうしたらいいのかの見通しも立っていない状況ではあるのだが。


 さて、ようやくナハトの寝室へと到着したアンジュは、いつもとは違った光景を目にした。

 なんと、このひと月の間ずっと眠っていたナハトが目を覚まし、そして状態を起こして不思議そうな顔で部屋の中を見渡していたのだ。


「おお、貴様か! 早速俺の所に来るとは、暇なのか?」


 と、まるで昼寝から覚めたらアンジュが居たかのような、本当に何も分かってい無さそうなナハトに、アンジュはキレた。

 のうのうとひと月も寝ていたナハトに対して、そしてその眠りを邪魔することすら出来ない自分の不甲斐なさに。


 その後は、冷静では無かったせいか少しばかり記憶が無くなっていたが、気が付いた時にはナハトに連れられてナハトと出会ってしまった平原へと向かい合って立っていた。


「違う、ナイフの持ち方はそうではない、刃を外側に向けて逆手に持つのだ。ナイフは所詮ナイフ、力強く持ったところで臓腑には届かん。逆手に軽く持って、自分の隙を隠し、相手に気付かれぬように切り付けるためのものだ」


 いきなり、自分の命を狙っているはずのアンジュに対して、ナハトは何故か指導のようなものをし始めた。

 あまりにも理解不能な状況に、目を白黒させながらもアンジュは握っていたナイフを言われた通りに持ち替えていた。

 冷静なままならば、吸血鬼のいう事など聞いてたまるかと反骨していただろうが、流石にアンジュも混乱していたのだろう、素直に言うとおりに従っていた。

 しかし流石に意味が分からず、つい疑問を口に出していた。


「……本当に何のつもりだ、何のためにこんなことを」


「貴様を育てることにした」


「……は?」


 すると、アンジュにとってはまったく思いもしていなかった解答を得て、混乱を通り越して頭が真っ白になってしまった。

 とはいえ、ナハト自身はアンジュの困惑などどうでもいいのか、そのまま口を開いて説明を続けていたが。


「貴様は弱い、それはもう、俺が少し小突いたら死んでしまうほどにな。だからこの俺が、俺を殺せるように導いてやろうと考えた。まずは身体の動かし方からだが、他にも俺の持つ知識、技術など全てを教え込めば、貴様はこの世で最強の存在になれるだろう、なんといってもこの俺こそがこの世の中で最強の存在なのだからな」


「……馬鹿にしてるのか! なぜ吸血鬼のお前が、殺しに来ている私を育てようとしてるんだ!」


 そして、その説明を聞いていてあまりにもアンジュは憤慨し、喰ってかかったが、それでもナハトは意思を変えることは無かった。

 それでも、アンジュも自分の殺す敵に教えられるなんてことは許せず、反抗していた。


「ふざけるな! 誰が敵の教えなんかを!」


「何故そこまで怒る? その敵を超える方法を、敵本人が教えると言っているのだぞ? 享受したらいいじゃないか。屈辱? そんなものが復讐の役に立つのか? 本当に殺したいのならば、俺に教えを乞うことが一番の近道なのは明白だろう。そもそも、俺がやると決めたのだ、貴様に選択する権利など無い。大人しく俺に師事することだ」


「安心しろ、この世界最強、万能の俺様の持てる知識、技術の全てを伝授してやる。吸血鬼なんぞ他所事をしながらでも滅ぼせるように育ててやる」


 だが、アンジュは弱く、そしてナハトはアンジュの首根っこ捕まえていう事を聞かせることなど容易いほどに力の差があり、ナハトの決定は覆らなかった。


 しかし、邪悪ではあるが必ず為せるとでも言いたげな自信のある顔を見ていたら、本当に強くなれるかもしれないとアンジュにも思えてきて、こいつを殺すまでは教えられることにするのだった。

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