第5話 少女、吸血鬼に会う

 第1話のアンジュ視点です。


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 少女は、母を吸血鬼に殺された。

 少女がそれを知っているのは、母が自分を天井裏に隠して、自分を守るために吸血鬼にその身を晒したからだった。

 吸血鬼は母を殺して血を飲み干すと、自分に気付いていたのかは分からないけれどもそのまま立ち去って行った。

 今にして思えば、母で充分満腹になったことだし、わざわざ自分を襲う必要も無く怯える姿を見て楽しんでいたのだろう。

 しかし、自分が襲われなかったからと言って少女が恐怖しない訳ではなく、そして憎悪しないなんてことも、あり得ないことだった。


 それまでは母が、女性とはいえ大人の人間がいたからこその平和な日常であったのだと、少女はそれから少しの時間で悟った。

 気が付いた時には少女が母と過ごしていた家は、柄の悪い男どもが家を占拠してしまっていた。

 もちろん、少女は文句を言ったものだが、身体の大きさ、そして数の多さにはかなわず、命からがら逃げることだけで精いっぱいだった。


 それからしばらくは、貧民街と呼ばれていた場所で日々を食いつないで、なんとか生きながらえていた。

 いつも空腹だったし、死にかけたことも何度もあった。

 襲われかけたことも一度や二度の事ではないが、それでもその度に身を焦がすほどの憎悪が、いいようにされることを拒み、なんとか逃げることに成功していた。



 しかし、その日はやって来た。

 その日は、いつも以上に腹が空いていて、しかもいつもなら少しでも食べるものが見つかるのに、その日に限っては何も見つからなかった。

 ゴミ箱にも何も無く、いつもはなにか食料を売っている店でも何も無く、このままでは死んでしまいそうだった。


 空腹により、少女は極限状態になっていたのだろう、いつもならば絶対に町から出ようなんて思わず、更に森の中に入ろうなんて考えることも無かったのだが、その日は森の中ならば何か食べるものも見つかるだろうと町の外へと出てしまった。

 手にはスラム街で手に入れたナイフのみで、大人が見たら、それこそ門衛が見ていたら無駄に死ぬことになると止めに来ていただろうが、少女は門ではなく、外壁に開いた小さな穴から町から出てしまったため、気付かれることは無かった。


 そして運命の出会いを果たすことになる。

 森の中を歩きながら、少女は手の届く範囲にある果物をとってかじりながら、何かに呼ばれているかのようにふらふらと奥へ、奥へと進んでいった。

 しばらく進むと、開けた視界が目に飛び込んできた。

 いつの間にか森の中の平原に到着してしまったらしい、こんな場所があったのか、と少し感動しながら歩いていると、一人の男が見えて来た。


 はじめ、少女は信じられない思いだった。

 炎天下にあるというのに青白い肌、人間離れした鋭利な牙、そしてその男の纏う雰囲気から、少女はまずその男を吸血鬼だと考えた。

 しかし、その男は吸血鬼のようであるのに、この炎天下で、日差しを避けるそぶりを見せるどころか眩しそうな顔をしているものの気持ちよさそうにしているではないか。

 あまりに不可解な光景ではあったが、それでも少女の直観は、男は吸血鬼だと囁いていた。


 だからこそ、少女はそれ以上考える前に走り出していた。


 この吸血鬼は自分の母を殺した存在ではない、そんなことは分かっている。


 今の自分では、どんな奇跡が起きたとしても打倒することなんて出来ない、そんなことも分かっている。


 しかし、この身を焦がす憎悪を宿しながら、勝てないからと言って、吸血鬼から逃げるなんてことは許せなかった。

 もしかしたら死ぬかもしれないがそれでもこのまま吸血鬼から逃げてこれから先の人生を死んだように生きるくらいなら、いっそのことこのまま死んでしまいたいと思う気持ちがあったのも、自覚してはいなくても否定できるものでは無かったが。




 かくして、少女は、アンジュは少し前と何ら変わりのない姿でそこに立っていた。

 動き回っていたことで疲労感だけは残っていたが。


 ナハト・ルーギンスと名乗った吸血鬼は、アンジュを特に気にもせず、そのままある方向に歩いて行ってしまった。

 吠えるだけ吠えていたアンジュではあったが、この先どうしたらいいのか分からず、不老不死の、太陽の光も効かない吸血鬼をどのように殺したらいいのかも分からない。

 けれど、必ず殺してやると決意し、まずは奴の住処を知るため、ナハトが歩いて行った方角へと走り出すのだった。

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