第4話 吸血鬼、少女に勉強を教える

「これはア、これはイ、だ。書いてみろ」


「えっと……こうか?」


「ふむ、いいだろう。……しかし、まさか文字から教えることになるとは思わなかった」


「……そんなこと言ったって、平民じゃあ文字が読める奴の方が少ないのに、誰から教われって言うんだよ」


 食事をしたのち、ナハトはアンジュにまず文字を教えていた。

 ナハトとアンジュは机を挟んで向かい合って座っており、ナハトが紙に一文字ずつ文字を書き、それをアンジュがそれに続いて自分の持っている紙に書き写していた。

 その横には、魔術の基礎、錬金術の基礎、そして魔物図鑑や歴史、薬と毒といったような、綺麗な装飾の施された表紙の本が多数置いてあった。


 これはもともと、ナハトは初めから知識や魔術、錬金術の基礎から教え込んでいくつもりであった。

 しかし、教え始めようとしたところで、アンジュが文字も習ったことが無い、読み書きが出来ないという事が判明し、急遽、文字の書き取りから始めることとなっていたのだった。

 しかし、アンジュ自身は勉強が嫌いではないのか、それともまだ若いからこその記憶力なのか、文字に関してはかなりのペースで覚えていった。

 実際に、まだ文字を教え始めて一時間と経っていないが、既に文字自体はほとんど覚えており、多少つまることはあるとしても簡単な文章ならば文字を確認などせずとも読めるようになっていた。




「ふむ……。そろそろ文字については良いだろう。時間は限られているのだから、今からは魔術の基礎についての勉強とするか」


 それから少しの時間、文字をしっかりと覚えられたのかの確認のため、問題をいくつか出してみたり、書かせてみたりして、文字に関しては問題ないと思える程度まで出来ているのを確認してから次は机を挟まずに向かい合って座っていた。


「そもそも魔術とは何か、知っているか?」


 問いかけると、しっかりと考えたことは無かったのか少し考えていたが、アンジュはすぐに口を開いて問いに答えた。


「魔力を使って何も無いところに火とか水とか生み出すこと……だと思う」


 答えを聞き、ナハトは少し顔に笑みを浮かべながら答えを教えた。


「近い認識ではあるが、少し違う。魔術とは、自らの持つ魔力を媒介して自然の中に存在する魔力に様々な性質を持たせることを言う。何も無いところから魔術で何かを生み出すことは、不可能だ」


「そもそも、何も無いところから何かを生み出すというのは基本的にはあり得ない。そんなことが自由に出来る存在がいるとしたら、それはもはや理外の存在だろう、貴様等の言うような、神とでも呼ばれる存在だろうな」


「魔術は、見た目には無から有を発生させるものではあるが、実際は魔力というモノを、別の、例えば火や水、雷と言った現象に変化させているだけだ」


「人間やエルフ、ドワーフと言った存在、そして当然俺のような最強の吸血鬼であってもその理からは外れられん」


「魔術とは、その無から有を成し遂げようとした結果の不完全な技術だ。とはいえ、不完全ではあっても十分に素晴らしい技術ではあるがな」


 そこまで話して、ナハトは一度口を閉じた。

 これ以上のことを一斉に話しても覚えきれないだろうし、大体のことは話し終えていたからである。


 さて、最低限の知識を詰め込んだ後に行うことは実践あるのみだ。

 当然これからも、魔術を使うにあたっての知識を蓄えなければならないのは当然ではあるが、それ以上に技術は習得するのに時間がかかるのだから、まだ幼いうちから魔術の、特に魔力の操作についての特訓をするべきであった。


 ナハトは早速、アンジュの両手を自らの両手で掴むと、自分の魔力を手を介してアンジュに送り始めた。

 アンジュへの説明も無しに始めたこの行為だが、魔術を習うのならばまずは自らの魔力の存在を詳細に感じ取らなければならない。

 自分で感じ取ることのできる天才肌な存在もいることにはいるのだが、自分の体内で血が流れているのを自分では感じ取れないように、普通は最初から魔力を感じ取れる存在は少ない。

 故に、師となる存在が外部から魔力を流し、その魔力を感じ取ることで、自分でも魔力の存在を感じ取ることが出来るようになるという方法だった。


 ちなみに、世に一般的に広まっている方法は、治癒魔術や身体強化魔術をかけてもらい、その魔術から魔力の流れを認識するというのが一般的であるのだが、その方法では魔力を感じ取るのに時間がかかる上、はっきりと感じ取れるわけではないが、安全だという事で多用されている。

 しかし、今回ナハトが行った方法は、短時間で、正確に魔力を感じ取れる代わりに自分の体内に直接、他者の魔力を流し込まれることで身体が拒否反応を起こし、負担が大きくなることがデメリットとされており、上記の方法でも魔力を感じ取れなかったり、急を要している場合にしか使われない方法だったりする。


 この辺のことは、ナハトが知らない間に常識が変わっていたからこそ起きたことではあったが、その結果として、


「……うっ、おろrrrrrr……」


 アンジュは他者の、それもナハトの膨大な魔力を流し込まれたことで、胃の中に入っていたものを全て吐き出し、倒れてしまうことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る