第7話 少女、泣く
アンジュがナハトから訓練を受けることになって数日、最初は死ぬかもしれないと思えるほどにきつい訓練で、早速訓練を受けたことに対して後悔していたが、今では死ぬかもしれない、とは思わなくなっていた。
たとえ死にかけても、ナハトにすぐに回復させられて、死んでさえいなければ復活できるようになってしまったのだ。
それも、最初は怪我を気にしなくて済むなんて、と喜んでいたが、今ではむしろ地獄の苦しみを感じていた。
多少の負傷、腕が吹き飛んだぐらいなら訓練は継続されるし、そもそも回復するからといって、痛いものは痛いのだ。
腕が吹き飛んだあとなんて、回復されて腕が生えてきてからもしばらくは幻肢痛? に悩まされるぐらいだった。
それに、回復とは言っても傷が治るだけで、体力は変化しないのに、回復された後には、それ以前よりも苛烈な訓練になるのだから、いっそ死んだ方が楽かもしれないなんて考えたことも、もう数えきれなくなっていた、まだ数日なのに。
「……はっ」
そして今も、魔術の雷で身体を焼かれて意識を失ったところで、魔術で傷の無くなった身体になって目を覚ましたところだった。
実際には死んではいない、そのはずではあるのだが、それでも今回は本当に死ぬかと思った。
いや、むしろナハトが居なければ、全身を負傷した状態で、それも臨死状態にまでなっていたのだから、ほとんど死んでいたと言っても間違いではないだろう。
「う、うぅ……」
そこまで自覚してしまったアンジュは、身体が震えるのを、涙が零れるのを止められなかった。
気持ちが折れた訳ではない、まだまだ吸血鬼に対しての憎悪は健在で、まだまだ休んで何ていられないと気持ちでは思っているし、頭でも早く立ち上がって動き始めなければ、と分かってはいた。
しかし、アンジュはまだ成人にも満たない、十歳の子供なのだ、そんな子供に死の恐怖に、それも実際に直前まで行った恐怖に打ち克てというのは、酷なことだったろう。
震えながら泣き止まないアンジュを、ナハトは流石にこれ以上続けるのは酷だとでも思ったのか、いつもは脇に抱えて連れ帰るのに、胸に抱いて歩き始めた。
吸血鬼に胸に抱かれるなんて屈辱だ、と考えるのも少しはあったが、それでもアンジュは抱きかかえられるまま、震える身体をナハトに押し付け、それどころかナハトの服を掴んで顔を押し付けていた。
……少しだけ、父親みたいだな、なんて思ったのは、恥ずかしいので絶対に伝えはしないけれど。
城に帰ってきた頃には、アンジュも顔は蒼白にしたままではあったが落ち着いてきて、自分の足で立って歩けるようになっていた。
「元気にはなったようだが、今日の訓練についてはこれで終わりにしておこう。代わりに、文字の練習と、ついでに魔術についての本を読んでおけ。実践はまだするなよ?」
ナハトはそう言うと、アンジュの反応も待たずにさっさと自室へと戻って行ってしまった。
アンジュとしても、抱き着いて泣いていた直後なので、しばらくは顔を合わせずらいと思っていたのでありがたい限りではあったのだが、一つだけ問題があった。
くぅぅ……
気分は良くないとはいえ、身体を動かしていた後なのだ、そうでなくてもまだまだ育ち盛りの子供なのだから、腹が減るのは仕方ないことである。
しかし、ナハトは既に自室に戻って行ってしまったし、かといって今食事の為だけにまた顔を合わせに行くのにはまだ心の準備が出来ていなかった。
なので、自分で作ることにした。
これまでナハトが食事を作るのは見ていたし、どこに食材が、そして調味料があるのかは把握していた。
後は火をつけるための木材を集めて実際に肉を焼くだけなのだが、周囲は森に囲まれているのですぐに木材自体は集まった。
肉の解体は既にされた状態で氷室に入っていたので、肉塊をひとつ掴むと、鉄の棒に突き刺して火にかけ始めた。
いつも料理風景をみているからといって、流石に複雑な調理が出来るわけも無かったので、単純な焼くだけで食べられる肉にするつもりだった。
……結果は、塩味もまだらで味のない部分や濃すぎる部分になっていたり、肉の表面だけしか焼けておらず、内側は生焼けで、それどころか熱も通っていないのか冷たい部分もあるような、食べられるだけマシ、としか言えないようなものが出来上がっていた。
焼いてしまったことだし、と生焼けな部分に追加で火にあてつつ食べながら、今度からは料理についてもしっかりと教えてもらおう、と決意するのだった。
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