第2話 波打ち際

 反組織だった。

 レジスタンスのようなものだった。

 既存の体系に翻り、立ち向かうことで己の義を示すものだった。

 それの一員だった。

 ある時、歯向かうべく相手方の本拠地に攻め込んだ。正義にこそ囚われていたが、それはまあ傍からみたらただのテロ運動だっただろう。

 それでも己を疑わなかった。

 こちらの組織は、十分と言えるほど人が多いわけではない、だからそうした行動になったのだろう。

 ただ、追い詰められかけた。

 それはあくまでかけた事であって、八方塞がりではない。そうなる前に私は気づいていたのだ。

 だから人質をとった。女だった。

 女の首元にナイフを当てると、私の眼前の人々は動かなくなった。歯向かわなくなった。黙って、こちらを見るだけだった。

 そして私はこの時点で詰んでると気がついていたのだ。

 女の首元にナイフを当てながら、階段を登り、屋上へ向かう。

 女は従順だ。抱かれた腕の中で、ただひたすらにじっとしている。

 屋上へ出る。

 そして、辺りを見渡し、柵のない屋上のきわに立った。

 下を見下ろす。

 そう、私は詰んでいる。

 だからその時の私の選択は、このまま投了するか、身を投げ出すかしかなかったのだ。

 そうすると、もはや私だけの世界だった。

 腕に抱いた女の感触も、握ったナイフの感触もわからなかった。

 ただ俯き、下を覗いて。

 そこに、死が見えていた。

 今まで感じたことのない、死のそのままの感触。

 私はそれを感じ、そして決めあぐねていた。

 このままでは私は捕らわれるだろう。だが、死を前にして臆している。

 心臓が拍動しているのだろう。眼球が、流れる血の速さを見るが、体の感触もよくわからない。

 死ぬか。生きるか。

 役割を遂行するか、逃げるのか。

 そして。

 そして私は。

 そこで、目を覚ました。

 夢だった。珍しく、起きた後でも覚えている夢。

 夢を見ないほうかといわれると、恐らくそんなことは無い。ただ、見た後に夢を見たこと自体忘れてしまうのだ。

 それなのに、この夢は覚えていた。

 死を覚える夢だったからか。

 似た夢で、落ちる夢は見たことがある。高いところで、東京のツリーのてっぺん、恐らくはスカイツリーのほうから落ちる夢だ。

 けれど、その時に死を恐れる感覚はなかった。

 この自殺未遂の夢は、最も現実の、死という感触に対して肉薄したものであり、だからこそ、恐ろしかった。夢という仮想現実上であったが、私は死ぬ恐怖を表現できぬほど鮮烈に感じ取り、そして慄いた。

 だが、貴重な体験だった。

 あの世とこの世の分け目、三途の川の波打ち際。私はそれを、本当の死が訪れることなく、その恐れを得れた。それは、貴重な体験だろう。

 死ぬ気のない自死の前触れに立った時、人はそれを恐れても、死ぬ気のある自死の前には叶わなく、本当に死ぬかもしれないと危険なくして思うには……それこそ無知の仮想現実でしか得れなかったのだ。

 ただし、今思うことが一つある。

 仮に、もし仮に夢での行動が現実に影響があったとしたら。

 それは肉体面の話ではない。精神が生む夢ならではの、精神の影響があったとしたら。

 もしそうであったとしたら、あの時、死を目前にした私が。

 その目の前の死を選んでいたとしたら。

 夢の中での私が、現実と思っている死を迎えていたら。

 そうしたら、私は。

 私は。

 私は。

 どうなっていたのだ? 

 

 


 

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