空へのタイムリミット②




出発ゲートをくぐり身体チェックを受けても、凪紗はある種の期待を込め入り口に目を向けていた。 それでも時間は刻一刻と迫る。 

どうにもならなくて、友達に電話をかけたのがもう何分前のことだろうか。


「友美、あと5分でいいから! お願い!」


「・・・あと5分だけ、いい?」


「もう5分! この通り!」


「友美、まだ話したい。 あと5分、お願い」


「これ、本当にラストにする! あと5分追加して!」


「もうちょっと・・・。 あと、5分でいいから・・・」


そうやって伸ばして、少なくとも35分が経った。 ここまで粘ってはみたが、もうタイムリミットだ。


『ほら、これ以上はもう伸ばせないよ。 搭乗が終わるまで、あと5分しかないんでしょ?』


どうやら時間切れのようで、搭乗口で案内をしている女性が大きな声で呼びかけている。


『流石に行かなきゃマズいでしょ。 ほら、行った行った』

「・・・うん、そうだね。 長い間、話に付き合ってくれてありがとう」

『うん。 またメールを送るからね。 気を付けて、行ってらっしゃい』


友美には“向こうへ行くと寂しくなるから”という理由で、ずっと電話を繋いでもらっていた。 もちろん本当の理由は違うし、親友である友美もその理由を知っているだろう。 

知ってて付き合ってくれていることを、凪紗も分かっている。 尚基が来てくれるのではないかと、二人は期待していた。 

だが眼前に広がる光景に、短い時間であるが人生を共にした尚基の姿はない。 仕方のないことではあるが、ガックリと肩を落とさずにはいられなかった。


―――・・・尚くん、来なかったな。

―――最後に少しでも会いたかったけど、やっぱり無理か。

―――もっと早くに、留学することを打ち明けておけばよかった。

―――私も寂しくて、なかなか言い出せなかったんだよね。


携帯の電源を切り、荷物を持って搭乗口へと向かう。 その時、近くを通った人が変わった土産物を持っていた。 透明の袋の中から覗いた、彩り豊かなソレに目が行ったのは偶然ではない。


―――・・・あ、フラワー時計!

―――懐かしいな。

―――去年、尚くんと一緒に海外旅行へ行ったんだよね。

―――・・・あの時は、凄く楽しくて幸せだった。


今まで堪えていた涙が急に出そうになる。 思い出が蘇ってきたと同時に、凪紗はその場に足を止めた。






一年前、凪紗と尚基は海外旅行へ行こうとこの空港へ来ていた。 搭乗まで時間があったため空港内を見て回ることにし、そこで出会った一つのお洒落な店。 そこにフラワー時計が置かれていた。


「わぁ、これ可愛い!」


凪紗はラベンダー色のフラワー時計に一目惚れした。 夢中になって眺めていると、店員が来る。


「そちらの商品、当店で一番人気なのですよ」

「そうなんですね! 買いたくなる気持ちも分かります。 綺麗で可愛いし、贈り物にもよさそうだから!」


店員と意気投合しているところに、手洗いに行っていた尚基がやってくる。


「尚くん! これ、買ってもいい?」

「いいけど、買うなら日本へ帰ってきた時にしろよ? 向こうへ行った時、荷物になるから」

「あ、そっか・・・。 じゃあ、一週間後に買いに来ます!」

「お待ちしていますね」


そう言って凪紗と尚基は土産物屋を離れ、二人で旅行先を楽しんだ。 それから一週間後、真っ先に凪紗はフラワー時計があった店へと足を運んだが、そこには望んでいたものがなかった。


「あの、フラワー時計ってもうないんですか?」

「今日の分はつい今しがた売り切れてしまいました。 また明日になれば、入荷するのですが・・・」

「そんな・・・」


凪紗たちが帰ってきたのは夜遅かった。 夜になると、大抵売り切れてしまうらしい。 また買いに来たかったのだが、地元から空港まではかなりの距離があった。 また旅行へ行ったら今度こそは。 

そう約束して家路に就いた。 結局それきりだ。 なかなか旅行へ行く機会はなく、留学で日本に戻ってこないという今になって思い出してしまったのだ。



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