空へのタイムリミット
ゆーり。
空へのタイムリミット①
尚基(ナオキ)はたくさんの電車を乗り継ぎ、空港へと駆け込んだ。 目当ての店まで一直線に走り、店内を見渡す。
―――あった!
残り一つだったソレを手に取ると、そのままレジへと駆けた。
「これください! 贈り物なので、傷付かないように包装もしてください!」
「かしこまりました。 少々お待ちください」
男の店員は恭しくお辞儀をし、作業を始める。 店員の背後にかけられていた時計に目をやった。
―――早くしないと・・・ッ!
包装してくれている間は、時計と店員の作業を交互に確認していた。 だけどあまりの遅さに、我慢の限界がきてしまう。
「早く包んでください! 俺には時間がないんです!」
―――って、どうして店員に怒ってんだよ、俺・・・!
―――俺があの時、あんなに大人気ないことを言ったから。
―――凪紗の気持ちなんて無視して、俺の一方的な感情をぶつけたから。
―――だから、こうなったんだ・・・。
―――分かってる、これは全て俺のせいだ。
一ヵ月前、尚基は彼女である凪紗(ナギサ)の家に呼ばれていた。 互いに大学生であり、互いに一人暮らしをしている。
「ごめんね。 今回のデート、私の部屋で。 外はこんなに晴れているのに」
凪紗は二人分の飲み物を持ってやってきた。
「いいよ。 たまにはいいだろ、こうやってまったりするのもさ」
「ありがとう」
尚基はローテーブルで、雑誌を広げ読んでいた。 その目の前に凪紗が座る。
「・・・あのね、大切な話があるの」
「ん? 何だよ、改まって」
尚基は開いている雑誌を閉じ凪紗に向き直った。 しばらく彼女は言いにくそうにしていたが、決心がついたのかようやく口を開く。 そこから飛び出してきた言葉を、尚基はすぐには信じられなかった。
「私、留学することにしたの」
「・・・は? え、留学?」
彼女は静かに頷いた。
「いつ?」
「丁度、一ヵ月後から来年まで」
「それはもう、決まったことなのか?」
その言葉にも彼女は頷いた。 それを見て、尚基は徐々に感情が膨らんでしまう。
「いや、ちょっと待てよ。 あまりにも急過ぎだろ!」
「・・・ごめん」
「謝って済む問題じゃないから。 そもそも、どうして俺に相談をしなかった? そんなに大事なこと、何一人で勝手に決めてんだよ! 俺は頼りないっていうのか?」
「違う。 ・・・尚くんに相談をしたら、止められると思ったから。 だからできなかった。 ・・・ごめん」
「ッ・・・」
確かに相談されても止めていただろう。 今凪紗に向けた言葉は、ただ感情をぶつけているだけに過ぎない。 だが仕方なかったのだ。 尚基は凪紗と付き合ってから、一日一回は必ず会うようにしていた。
家にいる間も連絡を取ることを忘れなかった。 初めての彼女、少々束縛的とも言えるが、彼女がいない生活なんて想像できなかった。 だからもう止められない。
一ヵ月経ったら、凪紗は自分のもとを去り離れていってしまう。 それに耐えられる程、尚基の精神は強靭ではなかった。
「・・・いや、有り得ないわ。 流石に俺には無理」
そう言って立ち上がり、凪紗の家を出ようとする。 もう頭が真っ白で、自分が何をしているのかもよく分からない状態だった。 それでも凪紗に腕を引っ張られ、引き止められた。
「待って! 私は、尚くんのことが好き。 どんなに離れていても、私は尚くんのことだけが」
「ごめん。 遠距離恋愛なんて、俺にはできないから」
凪紗の顔も見ずにそう冷たく言うと、彼女の腕を振り払い家から出た。 この後冷静になって、尚基は物凄く後悔することになる。
凪紗の思いもまともに聞かぬまま、自分だけ感情をぶちまけ去ってしまったのだから。 それでも何度考え直してみても、やはり自分は遠距離恋愛なんて耐えられないという結論が出た。
こんなにも彼女のことが好きなのだから、一日も会えない日なんてあってほしくない。
―――それなら、関係が消えてしまった方がまだいい。
そう思い、あれから一ヵ月経った今でも凪紗とは連絡を取っていない。 尚基が怒って彼女の家から出ていって、喧嘩してから一度も連絡をしていなかった。
―――・・・だけど、やっぱり忘れることなんてできなくて。
だがこの一ヵ月間、凪紗のことを考えなかった日はなかった。
―――ずっと葛藤していた。
ついにこの日、彼女が留学に旅立つ日まで迷い続けていた。 そこでようやく決意する。 凪紗の実家に連絡し、彼女が搭乗する時刻を教えてもらい家を発った。
搭乗口が閉じるまで――――あと5分。
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