第6話
「案外、人見知りなんだよなあ」
日直の仕事として日誌を職員室に持って行ったあと、つらつらと紗々芽はそんなことを考えていた。
秋子とは反対方向なこともあり、一緒に帰ることがない。
色葉は、放課後になってすぐに男子に呼び出されていたので多分告白だろうと思う。
一体何回目なのだろうと感心する勢いだ。
窓の外を見ればどんよりと雲は厚いが、雨は止んでいるらしい。
今のうちにさっさと帰ろうと思い、紗々芽は心持ち歩くスピードを上げた。
職員室からそのまま帰ろうと荷物は持ってきていたので、紗々芽はまっすぐ昇降口へと向かう。
特にいつも約束しているわけではないので、色葉のことは気にせず帰ろうとしたところで廊下の角から今しがた脳裏によぎった人物が小走りで曲がってきた。
「よかった、紗々芽まだいた」
目の前まで来た色葉がふう、と一息ついて髪を耳にかける。
細い指の先にはアーモンドのような形の爪がついていて、細部まで彼女は整っていた。
スクールバックを持っているので、帰るところなのだろうが。
「もう終わったのか?」
まだ呼び出されてから十分ほどしかたっていない。
早すぎないかと紗々芽は驚いた。
告白などしたこともされたこともないから、どのくらいの時間をかけるのか知らないが、それでも早すぎではないかと思う。
「すぐ断ったから」
「断るの早くないか?というか付き合ったりはしないのか?」
面倒くさいと言いたげにスクールバックを持ち直すと、色葉はぽってりした唇をつんと上向かせた。
「早く断らないと、紗々芽帰っちゃうでしょ。それに付き合うのもめんどくさい」
「そういうもんなんだ。まあ、早く帰るのは否定しないけど」
紗々芽は学校が終われば、寄り道もせずにさっさと帰る人間だ。
「帰り早いんだもの。帰って何してるの?」
紗々芽と横並びになって昇降口を目指す色葉が、おもしろくなさそうに自分よりもかなり下にある紗々芽の顔を覗き込む。
かねてより放課後、一緒に過ごすことのない紗々芽に色葉はたびたびつまらないとこぼしていた。
「何って勉強したり、家の手伝いとか……あとは、ジョギングかなあ」
ジョギングという単語で色葉はぱちぱちと二度まばたきした。
「紗々芽は運動好きなんだ」
「体動かすのは好きだよ」
「ふふ、だから紗々芽は体のラインが綺麗なんだね」
胸がほぼ絶壁であり、腰は細いがひょろりとしているだけの紗々芽は、思わず色葉の豊満な胸やくびれた腰からきゅっと上がったお尻のラインを目線でなぞり、半眼を向けた。
「嫌味か」
「まさか」
色葉が肩をすくめてみせる。
どうやら本気で言っていたらしい。
「まあ、いいか。帰るぞ」
「はあい」
機嫌がよさそうに色葉が返事をした時だ。
「多々見川さん」
一人の男子生徒に声をかけられ、二人は足を止めた。
そこには、一年のなかで格好いいと少し話題になっている男がいた。
「話があるんだけど」
ブレザーとネクタイはなく、少しチャラついた雰囲気だ。
紗々芽はあまり自分が好感を持つタイプではないなと思いながら。
「じゃあ、あたしは帰るから。色葉、また明日な」
色葉から離れて昇降口へと向かおうとすると、ぐいと隣にいた当の色葉に腕を掴まれた。
驚いて見上げると、色葉は男の方へ視線を向け。
「告白だったら、私の答えはノーだよ」
「えっ!」
「えぇ!」
思わず男と紗々芽の驚いた声がハモッた。
呆然と二人の視線が色葉に注がれる。
「告白じゃないの?違う用事?」
口元にあからさまな愛想笑いを浮かべて問いかける色葉に。
「こくはく……だけど」
「じゃあもう断ったからいいよね。紗々芽、帰ろう」
色葉はにこりと残酷に答えると、掴んでいた紗々芽の腕を引っ張って歩き出した。
「ちょっ待てよ!何で駄目なんだよ!」
自分に自信があったのだろう。
我に返った男が慌てたように乱雑に声を上げるが。
「紗々芽との時間がなくなる」
はっきりと言い切った色葉に絶句して、男は立ち尽くしていた。
紗々芽は自分の名前が出たことに再び驚いて、男と色葉に視線を行ったりきたりさせていたが、色葉の足が止まらないので大人しくついていった。
「あんな断り方、よくないんじゃないか?」
おそるおそる尋ねると、しかし色葉はあっけらかんとしていた。
まったく悪いと思ってないのが見てとれる。
「いつも同じこと言ってるよ。断るのは決まってるんだから、あの場で言ってもかまわないでしょ」
ようやく手を離した色葉に、紗々芽ははあと嘆息した。
「何でそんなにあたしにこだわってるんだ?」
仲良くしてくれるのは嬉しいが、自分のことをたびたび一番に優先するのでそれが不思議でならない紗々芽だ。
別に嫌というわけではないがと首をひねる。
「紗々芽だけだよ。私に優しくしてくれたの」
「まさか!いっぱいいるだろ、好きってやつ」
色葉の言葉に驚いて目を丸くしたが。
「外見だけね」
そっけない言葉で片付けられてしまった。
ほら、帰るんでしょ、と昇降口へ向かうために廊下を進む色葉の後ろ姿は、姿勢がまっすぐで綺麗だった。
(そんなことないと思うけどなあ)
その綺麗な背中を追いかけながら、小首をかしげて紗々芽は色素の薄い髪をさらりと揺らした。
そんなふうに、毎日色葉と過ごしていて気づいた。
よく、雑誌の編集者だカメラマンだ芸能スカウトマンだと、絶え間なく声をかけられているのだ。
朝ギリギリに来たかと思えば、鬱陶しそうに何枚もの渡された名刺を机の上に放り投げているのをよく見る。
帰りも、基本的に住宅街だがその道筋に入るまでに何人かに声をかけられることが、しばしばあった。
それも、色葉はバッサリとその場で断っていたが。
いっそ潔すぎて紗々芽が心配になるくらいだ。
休日などに出かけていたら、凄いことになっていただろうなと紗々芽は思った。
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