第5話

 じめじめと湿気の広がる空気と暑さ。

一ヶ月半もすれば、いい加減みんな高校生活に慣れるものだ。

 紗々芽も例外ではない。

 着なれなかった制服もなんとなく馴染んだし、勉強にも一応ついていけている。

 色葉とはすっかり仲良くなった。

 ちゃんと話してみれば楽しくて、今ではいい友人関係を築いている。

ちょいと甘辛く仕上げたきんぴらを箸で挟んで口に運びながら、紗々芽は向かいの色葉が新しいカロリーバーの袋を開けているのを見やって口を開いた。

「お前いつもそれだな。栄養かたよるぞ」

 毎日代わり映えのない昼食は、はじめて見たときから体に悪そうだと思っていたから思わずそう口にした。

「家に親いないからね」

 色葉はあっけらかんと言い放って、コーヒーを一口飲んだ。

 コーヒーの飲めない紗々芽にはそれだけで大人びて見える。

「自分で作るほど、食に興味もないし」

「えぇ……」

どおりでいつも同じ食事なはずだ。

「夜も?」

「夜も」

 さくっとカロリーバーを齧る色葉に、思わず紗々芽は眉間に皺を寄せた。

 それは絶対に体に悪いだろと思う。

「ほら」

「うん?」

 ひょいと上手く巻けた甘い卵焼きを箸でつまんで、色葉の口元へと運んだ。

「あーん」

 きょとんとした色葉が楽しそうにくすりと笑って、あーんと卵焼きを口に含む。

「あたしが作ったんだ」

もぐもぐと口を動かした色葉は、ごくんと飲み込むと。

「美味しい。凄いね紗々芽は」

「色葉さえよければお弁当作るよ」

紗々芽の申し出に、色葉は大きく目を丸くした。

「それは、さすがに悪いよ」

黒髪を揺らして苦笑する色葉だが、紗々芽は自分がおせっかいかなと思いながらもさすがにこの食生活は見過ごせないと思った。

同時に何故その食生活でそんなに背が高いんだと、理不尽さも感じたが。

「いいよ、ひとつもふたつも変わんないし。一食くらいまともなもの食べろよ」

「……じゃあお願いしようかな」

「ん」

 色葉の返答に短く頷くと。

「うふふ、紗々芽は優しいね」

 机に頬杖をついて紗々芽と視線を合わせると、色葉は嬉しげに華やかに笑った。

 次の日の昼休み、外は雨が降っていて教室内は心なしかじっとりしている。

 梅雨に入ったばかりなのに、雨続きの天気が少し憂鬱だ。

学食以外の人間は大半がここにいるので、ざわざわと話し声でざわついていた。

紗々芽はむしむしとした暑さに、さすがにブレザーを着ている気分には慣れなくて椅子の背にかけ、シャツ姿だった。

色葉はこの暑さの中でもブレザーを着たまま涼しい顔をしているが、紗々芽には真似できない。

「ほら、お前のぶん」

 とん、とペパーミントのランチバックを机の上に置くと、紗々芽は自分の分の黒のランチバックも机へと置いた。

 バックからお弁当箱を取り出すと、紗々芽はいつもの黒いものだったが色葉のは淡いピンク色だった。

「紗々芽のものとずいぶん雰囲気が違うね。もしかして新しく買ったの?」

机の上の対照的な二つを見比べる色葉に、紗々芽は少し俯いて言いづらそうに唇を尖らせた。

「両方あたしの……買ったけど使ってなかったやつ」

 ぼそぼそと視線をそらして言った紗々芽に。

「紗々芽は可愛いの好きなんだ?」

小首を色葉が傾げると、紗々芽は目元をさっと赤くさせた。

「どうせ女らしくないから似合わないよ」

「そんなことないよ。紗々芽はいつも黒とか白の物ばっかり持ってるけど、そんなのも似合うと思うな」

「……そ」

 照れて目線をずらして小さく返事をした紗々芽に、色葉が口元を緩ませる。

 そしていそいそと色葉が弁当箱を開けたところで。

「あの子……」

 紗々芽は窓際でぽつりと座ってお弁当を食べている女子を見つけた。

 黒髪をボブヘアーにした、どこか大人しそうな雰囲気だ。

 この時期にはもうグループが確立されているので、一人ということは一緒に行動している友達がいないということだろう。

「ああ、彼女いつもはいないのにね」

 紗々芽の視線の先を追った色葉が、箸箱から箸を出しながら特に興味もなさそうに呟いた。

「え、そうだっけ?」

「うん。普段はどこか外ででも食べてるのかもね。今日雨だし。それより食べよう紗々芽」

 色葉がうなすが、紗々芽はもう一度名前も知らないクラスメイトを見つめた。

 居心地が悪いのか、俯きがちに猫背で食事をもそもそ食べている。

 それが気になって。

「紗々芽?」

 結局、色葉の声を無視して立ち上がると紗々芽はそのクラスメイトの机まで向かった。

 そしてこちらに気付いた少女が驚いた顔でこっちを見上げるのを見返して。

「一緒に昼どうだ?」

「え……あの」

 とまどった様子の少女に、しかし紗々芽はくるりと色葉を振り返った。

「いいよな?一緒に食べても」

 その言葉に一瞬女子のあいだがざわついた。

 それはそうだろう。

 入学してすぐにクラスメイトから昼食に誘われたが、紗々芽と二人がいいと色葉は断ったのだから。

 まさか色葉が承諾するとは思わなかったのだろう。

「私は紗々芽がいいなら、かまわないよ」

 机に頬杖をついた色葉の言葉に頷くと。

「ほら、こいよ」

「あ、う、うん」

 戸惑ったままの少女を促して自分の席へと戻った。

 近くの空いている机と椅子を引き寄せて彼女を座らせると

「えっと名前」

 クラスメイトをまだほとんど覚えていない紗々芽が問いかけると、少女はいまだおたおたした状態だ。

「高槻秋子です」

「私は」

「知ってる、甘滝さんと多々見川さんでしょ」

 秋子の言葉に、そっかと紗々芽は頷いた。

 クラスメイトだし、いまや色葉はこの学校で有名人だ。

「あたしのことは紗々芽でいいよ」

「えっと、じゃあ紗々芽ちゃん」

おずおずと秋子が呼ぶと紗々芽は椅子に座り直し、自分の弁当の蓋を開けた。

今日の中身は甘辛ハンバーグがメインだ。

向かいではすでに色葉が食事を始めている。

「うまい?」

「もちろん、凄く美味しいよ。甘辛な味付け、いいね」

 パクパクと食を進める色葉の誉め言葉に紗々芽は少し得意げに笑った。

 料理は母の手伝いが講じて結構好きだ。

 よろこんでもらえたのなら嬉しい。

 その日以来、学校では三人で過ごすようになった。

といっても色葉はあまり秋子と話すことはなかったが。

昼食を食べ終えて、漫画が好きだという秋子の本を借りた紗々芽が読むかと尋ねたときも。

「私はいいよ」

 そう言ってつまらなさそうにしていた。

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