第3話

 バスがゆっくりと小高い山のふもとにある駐車場に止まった。

 今日は新入生交流のレクリエーションでこの山を登ることになっている。

 といっても一時間ほどで登れる距離だし、頂上の開けた場所にも駐車場があるので帰りは徒歩ではなくバスだ。

 青いジャージに身を包んだ一年生たちがバスから降りて整列すると、グループごとに登るように指示が出た。

 空は晴天で、四月にしては汗ばむ気温だ。

 登っている途中で暑くなるのだろうと予想できて、今からみんなうんざり顔だ。

 紗々芽は体を動かすことは好きだし、時間があればジョギングもしているので体力にも自信がある。

 みんなが面倒くさそうにしている気持ちもわかるが、小春日和の山登りは嫌ではなかった。

ジャージの色である青がスタート地点であふれている。

グループはくじ引きで決まったものだったから、色葉と紗々芽は別グループだった。

色葉は残念だなと言っていたが、どうにもなつかれるのに慣れていない紗々芽は少しだけほっとした。

紗々芽はそんなに積極的に友達を作るタイプではない。

なりゆきで何となく合う人間が出来るタイプだ。

高校でも一人だろうが友人が出来ようがどっちでもよかったので、予想外のことにとまどっていた。

なぜなら特別親しい友達が出来た事が無かったので、色葉になつかれてもどう返したらいいものかと考えてしまうのだ。

かたやすでに学年での有名人、紗々芽はクラスメイトの中でもぶっちぎりで地味な方だ。

制服のスカートだって真面目に膝丈だ。

実は色葉も制服を可愛く着こなすことに興味がないのか、スカートの丈を変えていない。

けれど紗々芽と違って楚々としたお嬢様っぽく見えるので、誰も短くしなよなんて言わなかった。

だからつり合いがとれていないなと思って及び腰になってしまうのだ。

しかし。

(だからといってこのメンバーは……)

 スタートしてから二十分。

山道を登っていく目の前を見れば、以前色葉に昼食を断られた女の子達が二人。

「ちょっと甘滝さん早くしてよ」

「うん、ごめん」

 びしりと言われて紗々芽は謝りながら登るスピードを上げた。

 小柄な紗々芽は男子もいるので歩幅が合わなくて、遅れ気味になるのだ。

 いまや小走り状態になっていた。

(風当たり強いなあ)

 内心げっそりしながらも、それだけ色葉とみんな仲良くなりたかったのだろうと思う。

 どう見ても紗々芽は特別扱いを受けているので、面白くないのだろう。

 ざかざかと地面を蹴りながら急いでいると、ずるりと足を滑らせた。

「うわっ」

 声を上げてべしゃりと尻餅をついてしまう。

 それにグループメンバーが振り返った。

 慌てて立ち上がろうとしたら。

「いったぁ」

 ズキンと右足首に電流が流れるように痛みが走った。

 思わずしゃがんで足首を押さえる。

 転んだ時にひねったようで、動かなくても地味に痛い。

「ごめん、ひねったみたいだ」

 座り込んだままメンバーを見上げると。

「えぇー、マジで面倒くさい」

「早く立ってよ」

 無茶を言ってくれる。

 眉をしかめる女子に委縮してしまっているせいで男子は何も言わない。

 これはみんなに合わせて歩くのは到底無理だなと思い、紗々芽は小さく溜息をついた。

「あとからゆっくり行くから、先行ってて」

「そう、じゃあね」

 紗々芽が言うと、そっけなくメンバーは歩き出した。

 いっそ潔いくらいだ。

 とりあえず道の端に足を引きずって歩き、座り込む。

 青いジャージの裾をまくり上げて靴下を下げれば、あまり日に当たらない部分である白い肌がかすかに赤くなっている。

 先を行ったグループの姿はとうに見えなくなっていた。

 しばらく痛みが引くまでそのまま座り込んでいたが、いつまでたっても痛みは引く様子がなかった。

「うーん、痛い。先生呼んできてもらえばよかったかな」

 さすさすと足首を撫でながら、眉根を寄せる。

 今回のレクリエーションでは各グループばらばらのルートで登っている。

 同じルートのグループはあらかた登ってしまったのか、誰も来る気配はない。

「さすがにゴールしたらいないの気づくよな……」

 紗々芽がいないことをグループの子が申告するか、先生が気づくかすれば迎えに来てもらえるはずだ。

 まさかそのまま忘れられることはないだろうと思いたい。

 しかしかれこれじっと待ち続けていると時間の感覚がなく、心細くなってくる。

 荷物はバスに乗せたままゴール地点へ先回りしているので、スマホもなく何分経過したかわからない。

 立てた膝に顔を埋めてはあ、と溜息を吐いたときだ。

「紗々芽!」

 名前を呼ばれて顔を上げたら。

「多々見川さん」

 色葉がぱたぱたと走ってきていた。

「大丈夫?」

 紗々芽の傍にしゃがんだ色葉に、紗々芽はあっけにとられて目を丸くした。

「なんで多々見川さんがここに?」

「紗々芽のグループがゴールしたのにいないから、問い詰めた。立てる?」

 うっすら額に汗をにじませている色葉は、ゴール地点から急いで来たのだろう。

 なんだか悪いことしたなと思いながら、紗々芽は無理だとふるふると首を振った。

「じゃあ、乗って」

「へ?」

 色葉がしゃがんだまま背中を見せた。

「いや、重いしいいよ。先生呼んできてくれたらいいから」

 慌てて紗々芽が言いつのったが。

「それだと置いていくことになるから嫌」

間髪入れずに却下された。

「いや、肩でいいから」

「身長差があるから難しいよ。ほら乗って」

「かたくな!」

「何とでも」

 文句を言ってもどこ吹く風。

 結局折れる気のない色葉にうながされ、しぶしぶ紗々芽は色葉の背中に乗った。

 よいしょと色葉が立ち上がれば、自分よりだいぶ身長のある色葉の背中に乗っている事で普段より目線が上がる。

 重くはないだろうかと心配していると。

「紗々芽軽いよ、ちゃんと食べてるの?」

「食べてるよ、悪かったなちびで」

 しっかりとした足取りで歩き出した色葉の言葉に、首に腕を回して紗々芽はむうと唇を尖らせた。

「かわいいと思うけどな」

「あたしはもうちょっと身長欲しかったよ」

「紗々芽はそのままで十分だよ」

 うふふと笑いながら言われてしまい、ますます紗々芽は唇を尖らせた。

「変な奴」

 そのまま二人は色葉のペースでコースを登ってゴール地点へと着いた。

 二人の姿に、ざわざわと生徒が好奇心のこもった目で見つめてくる。

 そりゃあそうだろう。

 学年一の有名人が誰だかわからない生徒をわざわざおんぶしているのだから。

「あらら大丈夫?」

 同行していた保健室の養護教諭が色葉に近づいてきた。

 手早く色葉が紗々芽が歩けないことを説明する。

「手当てしましょうか、こっちにいらっしゃい」

 うながされて色葉が紗々芽をおんぶしたまま養護教諭の後に続こうとしたら。

「ごめんね甘滝さーん」

「まさかそんなに酷かったなんて思わなくて」

 グループの女性徒二人がへらへらと笑いながら近づいてきた。

 それに紗々芽は思うところはあったが、気にするなと口を開きかけたとき。

「置いていくなんて最低ね」

 凛とした声で色葉が二人に言い放った。

 その言葉に二人の顔がびしりと固まる。

 周りも思わずシンと静まり返った。

「え……」

「そんな大げさな」

 まさか糾弾されるとは思ってもいなかったのか、二人はバツが悪そうに顔を見合わせて口のなかでもごもごとしている。

 それに一瞥もせずに、色葉はさっさと紗々芽の手当をするべくバスの方へと歩き出した。

そして、ぽつりと一言。

「ごめん」

「へ?」

 突然の謝罪に紗々芽は思わずまぬけな声を出したが、色葉は気にしたふうもなく続けた。

「私のとばっちりだ。あの子たち昼を断ったメンバーだ」

「ああ……うん、まあ」

 とばっちりと言えばとばっちりなので、紗々芽は曖昧に返事をした。

 しかし、色葉のせいとは思っていない。

 その事を口にしようとしたが。

「ごめんね」

 真剣な声音に、なんだか何も言えなくなった。

 後頭部しか見えない色葉がどんな表情をしているのかは、紗々芽にはわからなかった。

 その日、紗々芽は一足先にタクシーに乗って帰ったのだが、足は少しひねっただけで湿布を張る程度ですんだ。

 次の日の登校も、多少足を引きずるが歩くのに支障はない。

 二日もすれば腫れも痛みも引くとのことだった。

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