魔王との再戦

 足を踏み入れたのは、終始雪に包まれた銀世界である。

 山々は雪で覆われ、光が差し込まない。

 街全体が氷でできているのでは。


 ライカは、そう錯覚した。

 四季のあるキャスレイエットとは、まるで環境が違う。

  

 幸い、どこも襲撃を受けていないらしい。

 だが、魔王城周辺からは依然、禍々しいプラーナの気配が漂う。



 険しい雪道を進み、門をくぐり抜ける。


 山脈によって行き場を塞がれた吹雪が、容赦なくライカたちの顔を叩く。


 ウーイックの中央に、一際目立つ建物が。まるで氷でできた城だ。


「これが、魔王城」


 青白い城が、山々に囲まれてそびえ立っていた。

 城の各所に監視塔が建ち並び、尖った屋根は逆さになったツララを連想させる。


「皆さん、油断しないで。罠が潜んでいるか分かりません」

 十分に警戒しながら、氷の城へと歩を進めた。


 城に入っても、寒さが収まらない。まるで、城の内部が凍り付いているかのよう。


「門番もいませんでしたね。どういうことでしょう?」


 敵の本拠地へ到着したのだ。

 多少の戦闘行為は覚悟していた。

 ライカ以外のメンバーも、露払いの役割を果たそうと身構えていただろう。


 しかし、城の内部はモンスターの気配どころか、人っ子一人いる気がしない。


「見て下さい。光が差しています」

 セリスが、廊下の隅に光が差し込んでいるのを見ていた。


「行ってみましょう」


 足を進めてみると、そこはパーティの席だったらしい。


「これは、こんな大規模な宴は見たことがありません」


 どれだけ広いのか。先が見えない。


 広い会場に、ズラリと長机が並べられている。


「見た目はそんなに広くなさそうなのに、これだけ広い宴の会場があるなんて」

「空間を弄って、場所を広く取っているのじゃ。この広間から、とんでもない量のプラーナを感じ取れる。しかも一カ所のみから」

「魔王の仕業ですね?」

「そのようじゃのう」


 なら、魔王はこの会場のどこかにいるはずだ。


「それにしても、何が起こったのでしょう?」

 セリスが恐る恐る辺りを見回している。

「うわっ!」

 ふと、セリスが何かにつまづく。


「大丈夫ですか?」


 ライカが駆け寄って、セリスを支えた。


「はい……えっ⁉」


 足元の光景に、セリスは絶句する。


「ライカさん⁉ これはいったい⁉」

 呼ばれたライカは、床に広がっている光景に唖然とした。


 大量の食料が散乱し、魔物たちが埋もれてグッタリしていたのである。


「なにがあったんでしょう?」


 城の至るところに、宴の痕跡があった。


 モンスターたちは全員が一様に腹をさすり、酒に酔いつぶれている。

 武装した傭兵も、魔王配下のモンスターも、おそらく土着型の怪物たちも、同様に倒れていた。

 誰も彼も、腹は膨れている。なのに、顔が青ざめているではないか。


「プラーナだけキレイに吸われておるわ。生きてはおるが、眠っておる」

「そのようですね」


 ぐったりしたモンスター達を調査するが、どれもプラーナの消耗が激しい。


「ライカ殿、あのオークだけど意識があるみたいぞよ」

 カメリエが、モンスターの一匹に呼びかけている。


 横になりながら目を擦りながら、オークがこちらを見た。


「話してください。何が起きたのです?」


 ライカはオークに駆け寄る。


「魔王様が、宴を開催して下さった。最初は、ただ単に呑んで騒いでいた。なのに、止まらなくなって……」


 オークはそこまで言うと、いびきをかいて寝始めた。

 その寝顔は苦しみがありつつ、穏やかだ。魔王復活が、余程うれしかったと見える。


 セリスが、奥へと進む。


 玉座の近くで、モゾモゾと動く物体を発見した。


 派手な黒い衣装を纏った女性が、玉座に座って寝息を立てている。


 魔王、ベルナテット・ウーイック・ルチューだ。

 かつて、自分たちがテトと呼んでいた女性が、玉座で船をこぐ。


「見て下さい! テトさんがいました!」


 セリスの声で、ライカたちの気配に気づいたのだろう。ベルナテットが目を覚ます。

「やはり来たか、聖女セリス」

 雌豹のように大きく伸びをして、魔王ベルナテットは鋭い視線をライカたちに向けてきた。


「テトさん、目を覚まして下さい!」


「何を言うておる。妾は目覚めているではないか」

 妖艶な笑みをたたえ、魔王と化したテトは言い放つ。


「無駄じゃ。あ奴は武具に操られておる」

「つまり、武具さえ解除すれば、テトさんは正気に戻ります」


 それができるのは、セリスしかない。


 突如、地鳴りが轟いた。


「魔王のヤツ、世界中のプラーナを吸収するつもりじゃ。このままでは、世界じゅうのプラーナが吸収されて、世界そのものがなくなってしまうぞい」


 小さな水晶玉を手に持ちながら、カメリエが警告してくる。


「戦いましょう。あなたにしか、テトさんを目覚めさせることができないんです」


 ライカは引き下がる。自分が戦えないのがもどかしい。


 今はセリスが戦うときだ。


「テトさん、わたしは貴女とは戦いたくない」


 魔王を目の前にしても尚、セリスから闘志は感じられない。



「けれど、それはあなただって同じでしょ、テトさん⁉」



 セリスの呼びかけに、テトの表情に変化が現れた。

 ほんの一瞬だけ、嘲笑に陰りが見えたのだ。


「黙れ貧弱なる聖女よ。この魔王に対してどの口が――」


「あなたには聞いていません、黙ってて下さい!」


 ライカは初めて、セリスが怒る様子を見せた。

 同時に、セリスの全身から溢れんばかりのプラーナが駆け巡るのを感じ取る。


 これが、セリスの本気か。


「なんという、芳醇なプラーナよ。想像以上に育っておるではないか」


 魔王の方も、セリスから漲るプラーナに驚きを隠せない。

 歓喜に震えつつ、目の奥には怯えが見えた。


「わたしは、武具からあなたを取り戻します。待っていて下さい、テトさん」

 テトに優しく呼びかけ、セリスはまた険しい顔になった。


「魔王武具パール・ヴィー、あなたが世界を破滅させようというなら、わたしは戦うしかない」

 戦闘を決心したように、セリスが前に出る。


「わたし、やります」

「よかろう、来るがよい。長い年月を越えて繰り返された聖女と魔王の決着、今ここで付けようぞ」


 玉座から、テトが立ち上がった。


 ライカは、戦闘の邪魔になる長テーブルを蹴り飛ばす。


 踏み込んだだけで、テトが一瞬で間合いを詰めてきた。ライカの脇腹に裏拳を叩き込む。


 腕でガードして、かろうじて防いだ。

 が、さっき蹴ったテーブルに追いついてしまう。

 ライカは、テーブルもろとも壁に激突した。


「ライカさん⁉」

「気にしている場合か!」


 セリスのアゴを狙ったサマーソルトを、テトが仕掛ける。

 ルドン卿と戦ったときのライカと、フォームがそっくりだ。


 一瞬でカタを付けようとしたのが徒になったようだ。セリスは紙一重でかわす。


「かわしたか。しかし、避けているだけでは妾は倒せんぞ」


 たしかに、セリスはまだ一撃も浴びせていない。


「相手のペースに乗せられないで、セリスさん」

 ライカは、アドバイスを飛ばす。


 魔王となったテトを相手に、セリスは冷静になれるか?

 セリスにとってテトは友達だ。

 しかし、テトは今や魔王ベルナテットとして覚醒した。

 そう割りきって、拳を打ち込めるのか。


「お主は妾に、一度負けておるのだぞ。また返り討ちにしてくれる」


「そんなセリフは、わたしを倒してから言って下さい!」

 セリスは慣れないながらも腕を振る。渾身の裏拳を見舞った。


「浅い!」

 ライカが顔を引きつらせる。


 セリスの腕は空を切った。間合いを読み違えたのだ。

 やはり、テトを傷つけたくないという意識が働いているのだろう。

 テトを傷つけず武具だけを攻撃できないかと、模索しているのか。


「やはり甘いな、聖女よ!」

 セリスを突き刺そうと、魔王の高速手刀が飛んできた。


「なっ⁉」


 セリスに攻撃を止められ、テトは驚愕している。

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