魔王領へ
ベルナテットの気配が消えた直後、ライカはようやく自分の足が震えていると知った。
「はあ、はあ、はあ」
ライカはヒザを落とし、息を整える。
魔王のプラーナがあれほどだったとは。
立っているだけでも、神経を磨り減らされるような瘴気に当てられ、ライカは消耗していた。
魔王に放ったタンカも、単なる強がりと言われても仕方ないほどに。
それだけ異様な力を、テトは発していた。
「どうするのじゃ、ライカ殿?」
カメリエに呼びかけられ、ライカは力を振り絞る。
「食事にしましょう。セリスさんにはもう、節制は不要ですから」
ライカは台所を借りて、腕をふるった。
自分の不甲斐なさを、払拭する意味もある。
体を動かし、恐怖を断ち切りたかった。
「手伝ってください!」
使用人たちに呼びかけ、調理を開始する。
栄養の気も使わない。
今まで我慢させていた分、とにかくおいしい料理を。
「セリスさん。辛いかもしれませんが、食べてください」
もう食事を制限する必要もない。白米も唐揚げも、どんどん出す。肉も魚も。
これからは毎日チートデイでもいいくらいだ。
武具に認めてもらえた以上、食べないことも危険だった。
このままでは、セリスのプラーナを武具が根こそぎ奪ってしまう可能性があるから。
「ありがとうございます」
テトを失った悲しみで、食事なんかノドを通らないかと思っていた。
が、杞憂だった。セリスはモリモリと、料理を食べている。
こちらが皿を出しては、きれいに平らげた。
「前までのわたしなら、きっと食べられませんでした。わたしが弱気じゃ、テトさんも助けられませんよね!」
言いながら、セリスは食べ物を口へ運ぶ。これが今の自分の仕事だというほどに。
あんなことがあったのに、セリスも成長している。
むしろ、テトが寝返ってしまったからかもしれない。
「自分が精神的に強くならなければ」と、無意識に思っているのだろう。
「でも、こんなに食べても大丈夫でしょうか?」
セリスの箸が止まった。
「聖女装備は、おそらくカロリーをすべてプラーナに変換してくれますよ」
きっとこの武具は、やせている女性を求めていたのではない。
高いプラーナの持ち主を求めていたのだ。
自らを律することができる女性を。
「テトさんも、今頃は食事中でしょうか?」
「おそらくは。ですから、こちらも万全の体制で望みましょう!」
伝説の魔王装備が復活してしまった。しかも、それを着るのはテトだったなんて。
それは、テトの弱さだ。一人で全てを抱え込んでしまって、誰にも相談できず。
そこに魔王がつけ込んだのでは?
自分は、魔王を鍛えてしまったというのか。
セリスに対抗するために、魔王は雷漸拳の技術であるプラーナのコントロール法を盗みに来たのだろう。テトを利用して。
全く予想外だった。魔王まで体重を気にしていたとは。
しかし、聖女武具と性質が同じである以上、体型を気にしている状況だったなんて。
魔王の行動を、予測しておくべきだった。
しかし、策はある。
第一に、セリスが強くなった。
肉体的にも精神的にも、セリスは自分が何をすべきかわかっている。
もうひとつは。
「テトさんを、魔王から引っ張り出します。今はまだ、覚醒しきっていません」
セリスはキョトンとしている。まだ、状況が飲み込めていないらしい。
「本当に、テトさんをもとに戻せるんですか?」
「保証はできません。ですが、根拠はあります」
「それは?」
「ボクたちを、あの場で全滅させなかった」
もし、本当にテトが魔王に取り込まれていたなら、万全ではないセリスを真っ先に始末していたはず。
全力で聖女領を攻め落とすなら、プラーナを吸い尽くすだけでいい。
それだけで、セリスやライカ、聖女領そのものも滅ぼせたのに。
何を思ってか、テトはそうしなかった。
なぜ周到に計画を進めていた魔王が、あんな絶好の機会を逃したのか?
答えは一つ。できなかったのだ。それ以外に考えられない。
「つまり、魔王も全力を出せない状態だった」
そう考えるのが、妥当だと思う。
「しかしのう、ライカ殿。あのプラーナは尋常ではなかったぞえ」
カメリエから反論が。
「だからこそです。威圧することでしか、プラーナを発揮できなかったんです。実質的な力はまだ備わっていなくて、威嚇するにとどまった。潜在するプラーナはあっても、出力がまだ発揮できる状態じゃないんですよ」
テトの方も、準備が必要だった。
だから、セリスにも猶予を与えた可能性が高い。
「全力を出させて、なぶり殺しにするという考えも」
「断じてありえません」
カメリエの言う予測を、ライカは切り捨てた。
「テトさんは、そんなことをしません。魔王さえ抑え込んでいるのだとしたら、おそらくは」
そうなると、彼女が雷漸拳を学んだ目的が変わってくる。
「まさか」
ライカは、カメリエたちに自分の考えを話した。
「魔王を抑え込むために、テトさんはボクに近づき雷漸拳を学んだと思われます」
雷漸拳は、プラーナを操る技だから。魔王もコントロールできると考えて。
「しかし、魔王に取り込まれてしまったのではないかと」
「にわかには信じられんのう」
カメリエの反応は、もっともだ。ライカでさえ、信じられないのだから。
これはあくまでも仮設だ。まだ断定はできない。
「どうだっていいです。わたしは、テトさんさえ救えたら、わたしはどうなっても構いません」
食事を噛み締めながら、セリスは決意を固めつつある。
「そうですね。テトさんの救出が最優先です」
様々な憶測を思っていても仕方なかろう。結論を急ぐ必要もないのだ。
今は、目の前の問題に全力で取り組むだけ。
「ごちそうさまでした」
デザートのフルーツまで平らげて、セリスは手を合わせる。
「馬車の準備はできています。休息はその中でお願いします」
時間が惜しい。とにかく急ぐ。
満腹のセリスは、馬車に乗り込むとすぐ横になった。
ライカも咎めない。セリスには休息が必要だ。
一分一秒でも長く身体を休ませる。万全の状態で、魔王と対決してもらわねば。
「あたしたちも、一緒に行くぜ!」
「我らも、魔王討伐に」
騎士ドミニクとルドン卿が、同行してくれるという。数名の精鋭を引き連れて。
「露払いくらいなら、なんとかできましょうぞ」
「我も、行ったほうがええかのう?」
カメリエも、やる気は十分である。
しかし、ライカは首を振った。
「みなさんは、残っていてください。街の警護を」
「どうしてだよ⁉ 相手は魔王だぜ? 総力で立ち向かわないと!」
「街をガラ空きにするわけには、いきません」
これは、魔王の手なのかもしれない。
総力戦で挑まねばと思い込ませて、一斉に魔王領へおびき寄せる。
攻撃のスキを突き、街を襲う魂胆があるのでは。
可能性がある限り、油断はできない。
「ボクとセリスさんで行きます」
「そんな少数で大丈夫か?」
人数は、少ないほうがいいだろう。
ライカとセリスだけで、向かおうとした。
しかし、すでにカメリエが手綱を握っている。
「御者は必要じゃろう。それに、敵がプラーナを操るなら、プラーナの専門家も必要じゃ」
「ですが、ヒーラーや魔法班も必要では?」
「なに、騎士団にもそれくらいおるじゃろ。魔法が必要になったら動くわい。お主はセリス殿の側におれ」
「では、お願いします」
ライカが応答すると、馬車が動き出す。
眠るセリスの頭を撫でながら、到着を待った。
「それにしても、寒くなったのう」
カメリエが、身を震わせる。
凍り付くような吹雪の中を、馬車が駆け抜けていく。
魔王領・ウーイックが近いのだ。
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