魔王復活!

「魔王領の調査に行ったら、空が真っ暗になったんだ。そしたら、ドワーって雪が降ってきたんだ。タダでさえ寒い魔王領に、吹雪がビューって吹いてさ」


 水休憩を挟みつつ、矢継ぎ早にドミニクは語る。

 擬音が多く要領を得ない。が、一大事なのは確かなようだ。


「そのモヤが、キャスレイエットに近づいてるんだ!」


 魔王の扉から出てきたという物質が、聖女領に迫っている。決戦が近いのか。


「大変だ! 外が!」

 近所の人が、異変を知らせに来た。


 ライカたちは、外に飛び出す。


「空が……」


 突然、辺りが暗くなった。

 まだ昼になって間もない。

 なのに、夜のように真っ暗だ。


 そんなレベルじゃない。

 青空に墨を零したような、異様な光景だった。


 ライカはセリスを守るため、自分の背に隠す。


 夜が蠢いた。

 空間が裂けて、空から一本の黒い帯が垂れ下がる。

 まるで糸が生き物一匹の蛇のような姿となって、屋敷に突進してきた。



 標的は、テトである。



「いかん、あの闇ども、テト殿に取り憑く気じゃ!」


「テトさん!」

 テトを守るため、ライカは黒い帯に蹴りを見舞おうと迫った。


「なにいいいい⁉」


 絶妙な柔軟さで、帯はライカの一撃をすり抜けていく。

 まるで、意志を持っているかのように。


 黒い帯が、テトの身体を縛り上げる。


「あああああぁ!」

 糸に巻き付かれ、もがき苦しむテト。


「テトさん!」


 ライカは糸に触れようとした。

 だが、禍々しいプラーナの力によって、手が弾かれてしまう。

 静電気に当たったかのような痛みが手を駆け巡る。


 糸は完全に、テトを覆い隠した。まるで真っ黒になった、蚕の繭のように。


「大丈夫ですか、テトさん!」

「今、繭を斬ります!」


 セリスとライカが、繭を引きはがそうと近づいた。


 異様な量のプラーナが放出され、繭がモゾモゾと蠢く。


 凶悪なプラーナに充てられ、二人は動きを止める。


 繭の動きが止まった。


 シン、と辺りが静まりかえる。


 糸が引きちぎれる音と共に、繭にヒビが入った。


 ヒビの間から、人間の手が伸びる。

 爪に黒いマニキュアをした手が、繭を真っ二つに引き裂いた。

 その中心に、人の顔が覗いている。

 血液のように赤い瞳が、宝石のように光った。


「テト……さん?」


 その顔は、紛れもなくテトだと思われる。

 しかし、目に光がなく、表情も読み取れない。プラーナの流れも濁っている。


「妾はもう、テトなどという矮小な存在ではない」

 テトの顔をした存在が口を開く。


「では、あなたは何者ですか?」



「我が名は、ベルナテット・ウーイック・ルチュー。魔王なり」




 魔王ベルナテットと化したテトが言い放つ。



 繭が完全に崩壊した。魔王の全貌が露わになる。


 現れたのは、黒いレオタードを着た悪魔であった。

 レオタードは、ヘソの下までカットされた大胆な作り。

 断面図はギザギザになって、金の装飾までされている。腰の食い込みも深い。

 清楚なお嬢様然としていたテトからは考えられない、扇情的な衣装だ。


 テトが体重計に乗る。顎に手を当てながら、針の行方を追う。


 針は、想定していた減量結果を見事にクリアしていた。


「ふむふむ。よろしい。規定通りの目方になっておるわ。さすが雷漸拳といったところか」


 プロポーションを確かめるように、テトが自身の身体を撫で回す。

 普段でも艶めかしいスタイルを誇るテトの身体が、より妖艶に強調された。


「そんな。テトさんが魔王だったなんて」

 ライカは愕然となる。


 だが、あり得ない話ではない。これまで、テトは色々と謎が多かった。


 寒村に住んでいて、きょうだいがたくさんいるはず。

 なのに、やや太り気味だった。

 つまり、普段から栄養価の高い食事を摂っていた可能性が高い。


 どうして、見落としていたのか。

 少しの異変なら、ライカでも気づけたはずなのに。


「あなたの着てい武具、それが魔王装備ですね?」

「そう。妾は減量に成功した。『パール・ヴィー』を着用し、魔王として目覚めたのだ」

「ボクたちに近づいたのも、ダイエットの秘密を探るためですか? パール・ヴィーを身に付けるために」


 魔王武具の肌触りを確かめるように、テトは自身の全身を撫で回す。


「その通りだ。見よ、この素晴らしい姿を。この武具も、身体に吸い付くような」


 ライカの方も、それは感じている。


 今のテトは、これまでとは見違えるほどキレイになった。

 テトの美貌をさらに引き出すかのように、魔王武具は強いプラーナを放つ。


 だが、これでいいのか?


「魔王ベルナテット、テトさんの意志は関係ないんですか!?」


「これは、あ奴自身が望んだこと」

 テトは目を伏せた。


「嘘だ。テトさんは、世界を滅ぼすことなんて望んでいないに決まっています」

「そう言いきれるか?」

「もちろん。彼女は、あなたに操られているだけ」


 テトが本当に世界を憎んでいるなら、とっくに世界は滅びているはず。


「あなたのような存在ごときに、テトさんは屈したりなんかしません!」


「目を覚ましてください、テトさんっ!」

 ライカの腕を振り切るように立ち上がり、セリスが構えを取った。


「もっと呼びかけてください。テトさんを目覚めさせるのです」


「ムダだ! 半人前の聖女が妾に挑むか。よかろう。聖女とまみえるのは五〇〇年ぶりか。見せてもらうぞ。聖女の末裔の力を」


 テトも同様に腕を突き出し、手を開く。

 セリスと違い、表情にも余裕がある。


 先に、セリスが正拳突きを繰り出す。

 数ヶ月前とは比較にならない速度とパワーだ。

 聖女の装備を身に付け、力が倍増しているのか。


 対するテトの方も負けてはいない。重いパンチをまともにガードして、反撃のハイキック。


 手の甲で受け止めただけなのに、風圧で空気の壁を突き破る。


「ええい!」

 セリスとテトが、雷漸拳同士がぶつかり合う。


 指導者であるライカですら、か弱い二人の間に割り込むことができない。

 これはもう、魔王と聖女の戦いなのである。


 だがセリスは病み上がり同然の身体だ。

 ロクに力を発揮できていない。


 段々と、力の差が開いてくる。


 セリスに拳や蹴りを打ち込む度、テトの方は力が充実していく。

 まるで身体が装備に馴染んでいくようだ。


電光、パンチフングル・プヌグス……だったか?」


 腰を落とした状態で、テトが掌打を繰り出す。渾身の雷漸拳が、セリスのみぞおちにヒットした。


「ぐうっ!」

 無防備だった腹部に攻撃を食らい、セリスが呻く。

 失神は免れたが、膝を落としてしまった。


 やはり、セリスはまだ本調子ではないのだ。


「あなたの望みは、何なのです?」

 息も絶え絶えに、セリスが問いかける。


「妾が望むのは、贄である」

 ゆっくりと手を伸ばし、テトの指がライカを差す。


「ライカ・ゲンヤ、我が元に来い。お主だけは助けてやろう」


「どうして、ボクなんです?」


「お主は我をここまで減量させてくれた。利用価値がある。お主だけは、生きながらえさせてやろうというのだ。プラーナも、お主からはもらわん」


「お断りします」

 ライカは首を振った。


「ほほう、ならばお主、世界は滅びてもよいと?」

「ボクは、あなたには屈しない。世界も滅ぼさせません」


 テトを覆う闇のプラーナが色濃くなっていく。

 クスクスと顔をほころばせ、我慢できないとばかりに高笑いを始めた。


「面白い、実に面白いぞ、ライカ・ゲンヤ。この状況下においても、自分は勝てる見込みがあると」

 愉快だと言いたげに、テトは笑い続ける。


「よろしい。妾とて、ふぬけた聖女に勝っても面白くない」

 カツン、と、テトが大げさな素振りでヒールを鳴らす。

「猶予を与える。それまで体調を万全にせよ。妾も、少々ひだるい」

 テトが腹を抑えながら、消えていく。

「魔王城で待っておる」

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