最後の試練

 ライカが宣言した瞬間、カメリエやセリスの両親たちが殺到して、セリスを抱きしめた。

 どこに隠れていたのか。


「よくがんばったね」

「はい。みなさん、ありがとうございます」


 改めて、寸法も測定する事に。


 ライカは自分のことのように、状況を見守る。


「ウエストも、基準値に達しておりました」


 テトの言葉を皮切りに、その場全員がセリスに拍手を送った。


 とはいえ、安心するのはまだ早い。

 伝説の武具『サーラス・ヴィー』を装着する儀が残っている。


「あとは、サーラス・ヴィーに認めてもらうだけです」


 つい二ヶ月前まで着られなかった武具の前に、セリスが立つ。


「サーラス・ヴィーに触れてみて下さい。変化が現れるはずです」


 セリスが、ライカの指示通り、アーマーに触れてみる。


 鎧が蒼く光り出す。ほんのわずかだが、サイズが大きくなった気が。


「わわあっ、すごい。サイズが変わりました!」

 セリスの声が歓喜に震える。


「体型が、適切な基準値に達したからです。あなたの背丈に合わせて、装備が変形しました」

「では、お替えに移ります」


 テトの手によってカーテンが閉まった。


 布のこすれる音が、室内に響き渡る。


 パチン、パチンと、金具が取り付けられる音が鳴る。武具を装備しているのだろう。


「ふあ、ピッタリです。ちゃんと装備できてます!」

 カーテンを開き、セリスが飛び出してきた。


 あれだけ窮屈そうにしていたウエストの金具が、今はピッタリ装着されている。

 まるでセリスのために作られたかのように、見事なまでのフィット感だ。


 ライカは息を呑む。


 他の者達も、拍手でセリスを迎える。


 これまで、何度もセリスが武具を装備する姿をイメージした。

 しかし、実物は何もかも違う。

 やはり本物は魅力的だ。

 決していやらしい意味では断じてない絶対仏に誓って。


「はあ、はあ、ライカさん、わたし、はあはあ……があ」


 セリスの様子がおかしい。

 最初は、興奮しているのかと思った。

 だが、ライカの袖をグッと掴み、歯を食いしばる。


「どうしました?」


 ライカが手を差し伸べた瞬間、


「ぐああああっ!」

 突然、セリスが呻き出す。


「セ、セリスさん!?」


 ライカが呼びかけても、セリスは応じない。

 眼光が鋭くなり、目つきも変わる。

 何かに怒っており、身体のどこかが苦しくて、何か悲しげだ。

 呼吸も乱れ、今にも誰かに襲いかかりかねない。


 ぐううう、と何かが鳴った。その音はセリスから響いてくる。


「ああああっ!」

 セリスが吠え狂う。ライカのノド笛に噛みつこうと、襲ってくる。


「セリスさん、落ち着いて!」


「いかん。ライカ殿、セリス殿から離れろ。はよう離れるんじゃ!」

 駆け寄ったカメリエが、ライカからセリスを引きはがす。


 次なるターゲットを求めて、セリスがカメリエに襲いかかろうとした。


 カメリエが手をかざし、魔法でセリスの動きを止める。


「これは、いったい?」

「拒絶反応じゃ! この装備には呪いが仕掛けてある!」

「呪い?」

「……空腹を誘う呪いじゃ」


 装備に込められた呪いとは、いわゆる試練である。

 極限までプラーナを放出させ、生きる活力を奪う。

 その際に、猛烈な空腹感が襲うのだ。


「この試練を乗り換えねば、聖女にはなれぬ。預言書には、そう書いてある」

「そんな。セリスさん、しっかり」


「ライカ殿、セリス嬢から離れよ」

 カメリエが、ライカの肩を掴む。


 しかし、ライカは引き下がらない。


「ダメです。セリスさんは今、戦っているんです。独りぼっちで、空腹に」


 ライカも、断食に挑戦したことがある。

 食べ物に手をつけられないことより、世界に取り残されたような空虚感が辛かった。

 誰かと当たり前に食卓を囲むことを断絶されるのだ。

 犬猫のお預けとはワケが違う。

 いいようもない孤独感が襲ってくる。

 人と一緒に食事が取れないのは、コミュニケーションが取れないことと同義だ。


 もし、ここでライカがセリスを離せば、彼女は戦えなくなる。

 魔王を倒すことはできても、自分を完全に失う。

 一生孤独になってしまうのだ。


 意を決したライカが、セリスを抱きとめる。


「ボクは、逃げません。ずっとセリスさんの側に、痛っ!」

 セリスの前歯が、ライカの肩に食い込んだ。


 滴る血を、セリスは舐め取った。

 鉄臭かったのか、セリスは咳き込む。


「ライカ殿!」

 カメリエたちが駆け寄ろうとした。


 が、ライカは手で制する。

「大丈夫。本当にボクを食べようとしているなら、まず喉を食いちぎるはず」


「しかし!」

「平気です。セリスさんだって戦っているんです」


 この状況下で一番辛い思いをしているのは、他でもないセリスだ。

 一人で戦っている。空腹と、孤独と、自分と。


 ライカは、ゆっくりと息を吸って、吐き出す。雷漸拳の呼吸法で。


「セリスさん、呼吸です。呼吸を整えればリラックスできて落ち着きますよ」


 聞こえているのかは、わからなかった。


 だが、アドバイスだけでも届いて欲しい。

 少しでも、意志があるのなら。


 自分ができるのは、側にいて一緒に耐えることくらいしか。


 セリスが呻こうがライカを引きはがそうとしようが、ライカは挫けない。

 雷漸拳の呼吸をし続ける。セリスに届くように。


 段々と、セリスの呼吸音がおとなしくなっていく。

 まだ噛みついてくるし、声が震えている。

 が、少しはマシになっているようだ。


 ライカは、セリスの手を握りしめる。たとえ自分が分からなくても。

 我を忘れていたセリスの動きが、和らいでいく。


「呼吸を忘れないで。プラーナを安定させましょう。大丈夫です。これまでやってきたんです。あなたならできます。きっと」


 耳元でずっと、落ち着くように誘導する。

 そうだ。頑張ったりしなくていい。

 苦労は分かち合うものだ。一人で背負う物ではない。


「ふああ……」

 しばらく手を繋いでいると、セリスが握りかえしてきた。


「ふぐああ!」

 セリスの身体が、ビクンと跳ね上がる。


「もう一息です。しっかり!」

 セリスの頭を抱きしめて、肩を叩く。


 黒い色のプラーナが、セリスの身体から吐き出された。

 ドロドロしたヘドロの様なプラーナが剥がれ落ちて、空へと消えていく。


「はあ、はあ、すう」

 ライカに身体を預け、セリスが寝息を立て始める。


「うまく、いったようです」


 セリスの身体から、呪いが抜け落ちたのがわかった。


 安らかな寝顔で、セリスは意識を失っている。


「ん、ううん」

 セリスの瞼が開く。


「気がつきましたか?」


「わたしは、一体?」 

 今まで自分が何をしていたのか、セリスは覚えていないようだ。


「サーラス・ヴィーに精神を取り込まれたいたんです。もう大丈夫ですよ。あなたは、自力で呪いに打ち勝ったのです」


 ライカが言うと、セリスは自分の身体をくまなく触り始めた。


「私、何もしていませんか?」

「はい。特に何事も」


「けれど、ライカさん、肩に傷が」

 セリスが、ライカの右肩に手を触れた。


 それだけで、みるみる肩の傷が塞がっていく。


「お気遣いなく、このくらいの怪我なんて平気です」


 実際、肩の傷は跡形もなくなっている。

 かなり深く歯が食い込んだはずなのに。


 凄まじいプラーナ。これが、武具の力か。


「でも、わたしのせいで」

「とんでもない。ボクの不注意ですよ」

 ライカと、セリスが手を取り合う。


「さあ、これで装備は整いました。あとは魔王城へ攻め込んで――」

「大変だーっ!」


 壁を突き破らんばかりの勢いで、屋敷に人が飛び込んできた。

 ドミニクだ。

 急いで走ってきたのか、呼吸が非常に荒い。


「何があったんですか? 話して下さい」と、ライカはコップに水を注いだ。

 ドニミクに飲ませる。



 息を整えながら、ドミニクは言葉を続けようとした。

「魔王が復活したみたいだ。魔王の城に雪が積もりきりやがった!」


 魔王城が雪に埋もれる。

 それは、魔王復活のタイムリミットを意味していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る