温泉

 川で手を洗い、ライカが作った弁当を開ける。


「うわあ」と、今度はセリスが目を輝かせた。


 重箱の中味は、雑穀パンで作ったサンドイッチと、唐揚げやミートボールなど、肉を中心としたメニューだ。

 今まで消費したエネルギーを補うような献立である。

 いつもの麦茶とは別に、紅茶の入った水筒も持ってきた。


 手を合わせて、一斉にかぶりつく。

 ライカも例に漏れず、疲れた身体へ肉を放り込む。

 甘辛く味付けされた肉を頬張る。

 まるで肉が即座にエネルギーへと変換していくような錯覚を覚えた。


「ちゃんと味わいましょう」

 がっつくセリスを、ライカは窘める。


「ふあい」と、口にミートボールを目一杯入れたまま、セリスが生返事を帰してきた。

 さすがに手を遅くしろと言う方が無理か。大量に食べてもらうように作ったから。


「たくさん運動したので、しっかり食べましょう。ここから、雷漸拳の続きがありますから」

 ライカが言うと、二人は気を引き締めて、料理を大量にかき込む。



 食事休憩を終えて、ついにダンジョンへと足を踏み入れた。


 ランタンを灯し、先行する。


「どこまで続いてるんですか?」

 ダンジョンの先が見えないせいか、セリスが不安を口にした。


「そんなに深くないので、安心して下さい」


 入り口から遠ざかっていくうちに、段々と空気が暖かくなってくる。


「大気は熱すぎではないですか?」


「いえ、気持ちいいです。お風呂に入っているときみたいな」

 手で顔を仰いでいるが、セリスは微笑んでいた。


「大地のプラーナです」


 プラーナは、人間の肉体だけに流れているわけではない。

 自然界にも存在する。草や木、土に至るまで、プラーナで構成されているのだ。


「随分と濃いプラーナです。ボクが睨んだ通りのものがあるはず」

「ライカ殿は、この先に何があるとお思いで?」

「行けば分かります。ついてきて下さい」


 言っているうちに、最奥部へと到着する。ここまでくるのに、約五分ほどだろうか。


「着きました。ここですね」


 そこにあったのは、湯気の立つ湖だ。循環が行き渡っているのか、色は透明だった。


「なるほど。これが治癒の泉ですか」


「天然温泉ですか。ここ?」

 余程珍しいのか、セリスは湖の周りを一周しながら手をパタパタさせる。


 思っていたとおりだった。

 温泉は、アマンドにもある。ここは、アマンド地方でも見られる温泉にそっくりだ。


「ここで、汗を洗い流していきましょう」

「それで着替えとタオルが必要だと」

「はい。早く浸かりましょう」


 いそいそと、ライカは服を脱ぎ終える。

 予め持ってきていたお椀で、かけ湯をした。

 温かい湖へ、ゆっくりと足をつける。


 熱が、爪先から全身に行き渡った。

 さらに足をつけると、湯に浸かったところから筋肉がほぐれていく。

 予想以上にリラックス効果のある温泉だ。

 聖女領の近くにはマグマが走っていると噂には聞いていた。

 こんな療養スポットがあったと知ったときは歓喜したものだ。


「ら、ライカさん」

「気持ちいいです! みなさんもどうぞどうぞ! どうなさったので?」


 なぜか、二人は服を着たままである。


「だって」

「体型に自信が」


 セリスとテトとは、裸体を見せたくないようだ。


「何をおっしゃる。せっかくの温泉です。開放的になりましょう。誰も見ていませんよ」

 湯船から、ライカは立ち上がった。両手を広げて、二人を招く。


「そこまでおっしゃるなら」

「入らぬ訳には、いくまい」


 意を決して、二人は服を脱ぎ始めた。タオルで身体を隠す。


「どうですか、この温泉。いいお湯でしょう?」

「とっても気持ちいいです!」


 セリスが身体を温めた。「はあ」と、長いため息をつく。


「しっかり、足や腕の肉をもみほぐしてください。筋肉痛が和らぎます」

「はーい」


 セリスは言うとおりにして、ふくらはぎを揉んだ。テトは二の腕をプニプニする。


「ふわあ。筋肉をほぐすと、余計にお湯が身体に染み渡っているかのようですぅ」 

「これが生き返るというのか」


 二人はリラックスして湯を堪能していた。そのまま湯の中へ溶けていってしまいそうだ。


「そうですそうです」


 顔を湯で洗うと、温泉のいい香りが。ソレ以外にも、別の匂いがする。このかぐわしいものは?


 周りの岩に、コケが生えていた。手にとってこすると、泡立つではないか。

 コケだが、実に清潔そうだ。温泉のプラーナ成分を取り込んで、無毒になっているらしい。


「おや、石けんになりそうな薬草まであるんですね」

 ライカは、石けんコケを肌につけてみた。


「泡立ちます。これは、きれいになれそうです」

 腕や足などにも、泡をぬりたくる。


「ライカさん」

「え、なんです? セリスさん」



「お背中、お流ししますね」



「っぶううううう!」


 何と、セリスとテトがあがってきた。バスタオル一枚で。


「ままま待って下さい。急になんでしょう?」

「いつもお世話になっているので、せめてお身体を、と思いまして。お嫌ですか?」


 ライカは首をブンブンと振った。


「光栄です。けれど、恐れ多い」

「なら、私なら問題なかろう」

「そういう問題じゃないです。テトさん」


 背中を流してもらうというのは、相手に背を向けているわけである。

 ライカは武人だ。

 背中を預けることは、はばかられた。


「難しい理屈はわからない。とにかくセリカ殿の好意を受け入れよ」

「で、では」


 あっけなく、ライカは折れる。

 どうせ、遠慮しあってしまうだろうから。 


「じゃあ、背中を流しますね」

 セリスが湯から上がり、側にあるタオルを手に取った。

 タオルに石けんコケをつけて、泡立てる。


「ライカさん、行きますよ」

「は、はいどうぞ」


 ここまで、緊張する風呂があったろうか。

 二人を癒すために連れてきたはずなのに。

 どうしてこうなった?


 程良い力加減が、ライカの背中を伝う。


「はああううう」


 むずがゆさが、背中に広がっていった。

 飛び上がりそうなほど、気持ちいい。

 人に背中を洗ってもらうことが、こんなにも快適だとは。


「どうでしょう、ライカさん?」

「いいですよ。とてもお上手です」


 女性に背中を流してもらうだけでも心地よいというのに、それがセリスなのだ。

 うれしくて飛び上がりそうだ。実際、目を回しそうになる。

 湯をかけられて、至福の時は終わりを告げた。


「ありがとうございます。サッパリしました」


「えへへ」

 セリスは嬉しそうだ。


「終わったか。ならばワタシが前の方を」

 今度はテトが、ライカの眼前に回り込んでくる。


 白い肌が視界を支配した。


「前は結構です!」

「では、私の前を洗ってはくれまいか?」

「なにを言って⁉」

「よいではないか。同性なのだし」


「それでも、限度があるでしょ⁉」

 ゆだりそうになった頭を払い、ライカは身体を隠して湯へ飛び込んだ。


「では、わたしが洗ってあげますよ」

「よいのですか、セリス殿?」

「ええ。さすがに前同士は困りますけど」

「わかり申した。では、私から交互に背中を流しましょう」


 二人は仲良く、背中を流し合う。


「お疲れさまでした。どうでしたか、温泉ダンジョンは?」


 ライカが聞くと、二人は楽しげに感想を言った。


「楽しかったです!」

「毎日でも通いたい」


 好印象のようである。


「では、ほぼ毎日通いましょう。ただし、やや酸素が薄い。長湯は危ないかもです」 


 収穫はあった。ここの地熱は、ダイエットに使える。

 



 夕飯の後、ライカはセリスの両親と話し合う。


「こういう施設は作れないでしょうか?」


 ライカの提案を、セリスの母親は快く引き受けてくれた。


「では、資材はこちらで用意しよう。そんなに大変な作業でもなさそうだし」

 セリスの父親が、あれこれ必要なものを手配をしてくれるらしい。


「よろしく、おねがいします」


 あの温泉を、ダイエット施設として改造する。

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