第三章 ないぞうしぼう!(果てしない減量と未曾有の危機に、聖女は思慕を歌う!)
ダンジョンへGO
今日は、屋敷の掃除はお休みだ。買い物にも行かない。
実を言うと、屋敷中がキレイになりすぎて、する事がなくなってしまった。
二人が努力した証だ。
初日はバテバテだったセリスも、今は筋肉痛を訴えてこない。
テトは何も言わずついてきていたが、初日は頻繁に肩を回していた。
しかし、日頃の鍛錬によって肩こりが解消されたらしい。
朝食の後、ダイエットのレッスンウェアに着替えてもらう。
セリスは赤いブルマー、テトが紺のブルマーを身に付けて、準備運動を終えた。
ようやく雷漸拳を覚えられると思ってか、二人の表情も引き締まっている。
「では、本格的な雷漸拳のレクチャーを致します」
二人の前で、ライカは胸の前で拳を手で包む。
「はい、よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
二人から、威勢のいい返答が帰ってきた。手を包むポーズも心得ている。
「まず雷漸拳の基本からお教えします。一つ、雷漸拳は防御の型であること」
雷漸拳とは防御が基本だ。自分から攻撃する事は少ない。
敵が襲ってきたら打つ、これが基本的なスタイルだ。
「今から言う言葉を、心に刻んで下さい」
二人に教えを復唱させる。
「ひとつ、雷漸拳は治癒の型であること」
雷漸拳を極めると、体内のプラーナを消費して、ケガを治す。
「ひとつ、雷漸拳は減量の型であること」
平和になった時代、雷漸拳が生き残るために活用したのが、自分を律すること。
つまり、ダイエットだ。それを忘れないように、二人には心構えを先に教えた。
「では、身体を横に構えて、肩幅まで足を広げます」
手を前に出して正拳突き。
その後は手を時計回りに大きく振り回す、「回し受け」と呼ばれる動作へ。
この間の正確な動きはどこへやら、セリスは腕をブンブンと振り回すだけ。
「セリスさん、それじゃだだっ子です。回し受けは腕を伸ばしながら」
「はひい」
セリスは正確に、回し受けを行う。
「そう。ゆっくりでいいので。こういうのは正確さが大事です」
続いてテトだが、正確ではある。しかし、独自のクセが強い。
「テトさん、あなたはダンスですね。そういった覚え方も悪くはありません。でも基礎がおろそかになっていますね」
「ぐえええ」
次の型は、足を高く蹴り上げた。
「足を天に伸ばす感じで。セリスさん、膝が曲がってます。それだと筋肉に酸素が行き渡りません」
「はふう」と言いながら、セリスは懸命に天を蹴る。
「もっとこう、足をピンと伸ばして」
ライカが足を持ってあげた。
「ふいええ!」
セリスが奇声をあげる。
「すいません。体に触れられるのはお嫌ですか?」
「違います! ただ、筋を違えただけでして!」
ハイキックの後は、もう一度正拳突き。これでワンセットだ。
「どうでしょう。雷漸拳に触れた感想は」
「足が棒になりそうです」
「想像以上にキツイ。明日は確実に筋肉痛だ」
思っていた以上に、消耗が激しい。
息が上がっている。
この調子では、痩せる前に身体がバテてしまうかもしれない。
練習は打ち切って、柔軟などで筋肉を伸ばす方向へシフトした。
「この近くにリラックスできそうな施設はありますか?」
十時のおやつの時、セリスに聞いてみる。
「たしか、近くの廃棄されたダンジョンは、治癒の泉がありましたね」
それはいいことを聞いた。
「では、今日はダンジョンまでピクニックに行きましょう」
おやつの後は、ランニングや軽めの筋トレなどをこなしてもらう。
その間にライカは昼食を用意し、弁当箱に詰める。
「お疲れさまでした。着替えとタオルをかばんに詰めて、用意して下さい」
二人に大きめのタオルを持たせて、外へ。
「今日は、いつもと違う道を行きましょう。危ない場所でもないですから」
舗装された道を外れ、草むらへ歩を進めていく。
街へは遠回りになった。
が、自然に触れて、少しでもリラックスしてもらう。
また、ライカがまだ土地に明るくないため、寄り道で風土を覚えようと考えたのだ。
ピクニックだと説明したが、セリスとテトの表情には、疑問の色が窺える。
「ダンジョンに、潜るのか?」
「はい。ちょっとする事があるので」
「でも、ダンジョンに危険なんて、もう」
テトの言うことも、もっともだ。
世界は平和になり、世界を脅かす危険なモンスターなどは住みついていない。
宝探し以外に、ダンジョンを探索する必要性などは、もはやないのである。
「行ってみれば分かります」
ハテナマークが出ている二人を誘導して、出発。本道から大きく外れ、山の方面へと向かう。
「二人とも、大きめのタオルと着替えは持っていますね?」
一応、後ろにいる二人に確認する。
テトもセリスも、「はい」と返答した。
山道にさしかかると、二人がバテ始める。
「この山は、高さはさほどでもありません。三〇分くらいで登り切れるでしょう。山さえ越えれば、もう少しなので」
ライカは語るが、後ろの二人はヘトヘトの様子だ。
山を越えて更に一五分後、キャスレイエットからもっとも近いダンジョンに辿り着く。
崖に大きく開いた穴が入り口だ。入り口の周りが岩で囲まれている。
「ここですよね?」
「でも、魔物の気配なんて、どこにも」
テトに続き、セリスが入り口を指差す。
ダンジョンの入り口には、大量の雑草に覆われている。
まるで入り口を隠しているかのように。
あちこち荒れ放題で、見張りもいない。
「魔物退治するわけではないですよね?」
「そうですね、魔王が封じられて、悪い魔物は住んでいませんから」
魔王の配下どころか、土着モンスターさえ、他の土地へ移住してしまった。
完全に、うち捨てられた洞窟である。
「ここで、何をする気なんです?」
「よくぞ、聞いて下さいました。実は、ここにあるという治癒の泉を有効利用できないかと」
ライカは、荷物を下ろす。バッグの端に引っかけておいた鎌の鞘を抜く。
「まずは、三人がかりで草を刈りましょう。目一杯汗をかきます」
生い茂る雑草を、二人は恨めしそうに睨む。
手のひらに風のプラーナを発動させ、ライカはかまいたちを作り上げた。
「もうお二人もいれば、十分でしょう。風魔法は、問題ないですね」
ライカが尋ねると、思い出したかのようにセリスが魔法を使い始める。
「ええ、まあ」
テトも、心得があるようだ。
「では始めましょう。日が暮れてしまいます」
ライカはしゃがんで、草刈りに取りかかる。
セリスとテトは、一心不乱になって草を刈っていく。
取り除かれた草が浮遊魔法で隅に置かれ、どんどん山になって積み上げられる。
「これが、このダンジョンでやる事だったのですか?」
「いえいえ違います。草刈りの後に、ダンジョンへ潜ります」
草刈りの後に、ごほうびがあるのだ。
「普通に潜るのでは、ダメなのか?」
テトがゼエゼエと息を切らす。
本来なら、鎌を使ってやる作業を、魔法を使って行っている。
プラーナの制御は、体を動かす以上に腹が減るのだ。
「そうなんです。ダンジョンで行うことの前に、大量の汗をかく必要があるので」
草刈りで足腰を鍛えることも含まれているが。
除草作業は、テトとセリスが二人がかりで、ようやくライカの半分といったところ。
ライカが鍛えられても仕方ないのだが、仕方ない。
「これで、全部ですね」
最後の草を刈り終え、周りを見渡す。
「おお」と、テトが、感慨深げな声を上げる。
隠れ家どころか廃墟と化してしまっていた洞窟が、見違えた。
野生動物でも快適に過ごせそうなスポットへと早変わり。
「一段落しましたね。では、これより」
「ダンジョン探索ですか?」
「お弁当にしましょう」
セリスがズッコケそうになった。
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