カメリエの工房

 テトとセリカに、夕飯の買い物を頼む。


 ドミニクにテトとセリカの護衛を任せ、ライカは別件で魔女の元へ。


 市場のある方から西へ向かい、墓地を通り過ぎる。

 しばらく歩くと、花が咲き乱れる庭園が見えてきた。

 最初は庭園だと思っていたが、段々と森へ変貌を遂げていく。


 道中に見た事もない植物が鬱蒼と生い茂る。

 庭に食虫植物が普通に生息し、羽虫を一瞬で食らった。

 軽くジャングルを連想させる構造だ。


 自分より背の高い雑草をかき分け、整備させた草原へと辿り着く。

 これだけでも冒険した気分になった。


「おお、豆ですね」

 市場で売っていた豆と同じ種類が育っている。

 ここが魔女カメリエのテリトリーだろう。


 木製の扉を、二度ノックをする。


「はいな」と、落ち着いた声がした。

 扉が開き、金具がギイイと、いかにも怪しげな開閉音を鳴らす。


「ようこそ。ここが、私の研究施設じゃ」


 カメリエは紫色の毛布一丁という、寝間着ですらない姿で現れた。

 ウォーロックの衣装も紫で合わせているんだろうが、無防備すぎではないか。

 とはいえ、ここを訪ねる人がいるのかどうかさえ疑問だが。


「その格好は?」

 随分とあたたかそうなローブだ。キツネの耳みたいな突起物もある。


「私が発明した『着る毛布』というヤツよ。これでも服なのじゃぞ。すごいじゃろ」


 確かに、よく見ると毛布はフード状になっていた。


「運動をせぬから、胸や脂肪に肉が付きすぎてのう。隠すために開発したのじゃ」


 着る毛布を着ていても、カメリエの妖艶さは包み隠せない。

 むしろ、布の隙間から覗く豊満な肉体が、余計に扇情的だ。


 部屋は一見すると、ただの物置小屋のようである。

 壁は案外頑丈らしく、ヒビ一つ入っていない。

 壁一面に多彩な色の染みがこびりつき、窓枠がサビ付いているのが気になるけれど。

 アイテムはきちんと棚に整理されていて、雑然としていない。


 席に座る。

 ソファはふかふかして、座り心地は満点だ。きちんと掃除されているのか、ホコリも立たない。


 キノコ茶が振る舞われる。

 匂いや味からは、珍妙な風味はしない。

 至って、普通のお茶である。

 むしろうまいとさえ思った。


「作り方に秘密があるんじゃが、面倒臭いプロセスを経なければならんので、割愛するぞい」

 これならばと、ライカは甘納豆を出す。


「甘納豆に合いますね。おいしいです」

「ならば、それの作り方と交換じゃ」


 甘納豆とキノコ茶のレシピを、互いにシェアした。


「それで、そちらの用件というのは?」

 お茶を軽く啜ってから、カメリエは「そうじゃった」と席を立つ。


「私はアイテムテイマーとしての技術も会得しておる。この着る毛布も私の発案じゃ」


 アイテムテイマーとは、魔法でアイテムを作り出し、商売する人だ。


 カメリエが、ガラス製の研究用容器に入った液体を、ライカに見せる。

 液体がポコポコと泡立つたびに、異臭が室内に充満した。


「このポーションを飲めば、たちまちセリス嬢の腹もキュッと引き締まるじゃろうて」

 と、容器の液体を紙の上にわざと零す。


 用紙が途端に溶けて、液状化した。


「ほれ、これだけ燃焼力の高いものを飲めば、脂肪なんぞたちまち」

「たちまち骨になっちゃいますよ!」


 ライカが突っ込むと、カメリエはフム、と唸った。

「薬品に頼った方が、手っ取り早いかと思ったんじゃが」


「手っ取り早く命を落とすでしょうね」

「ならば、これはどうじゃ? 減量用バックルなんじゃが」


 用意されたのは腹巻きだ。

 カメリエはバックルと言ったが、デザイン的にどう見ても腹巻きである。


「これを腹に巻くとな、振動で腹の肉が落ちていくのじゃ」


 どうも、胡散臭い。試しに自分で巻いてみる。


「では、スイッチオン」

 カメリエは、腹巻きの中央にある金属製の装飾品を傾けた。


「ぎぎぎ! 痛い痛い! これはヒドイ!」


 あまりの痛みに、ライカは器具を外す。わずかに皮膚が熱くなっている。

 そればかりか、腹の皮がめくれているではないか。


 皮膚を削られるような激痛が、ライカの腹の肉に殺到した。

 ピンポイントでヘソの下に摩擦を受け続けたような痛みだ。

 こんなもの、セリスには装着させられない。


「手ぬぐいを腰に巻いてみては、どうでしょう?」


 結果は同じ。皮膚がこすれて激痛が走った。


「何がいけないのかのう」

 スイッチを止め、カメリエが残念がる。


 ライカには何となく、このベルトの欠陥に気付く。


「そうか、腹と密着しているから、こすれて痛いんですね。丸みを付けて振動すれば、少しはマシかも」


 スイッチを入れると、幾分か痛みがマシである。むしろ心地よさを感じた。

 これは、改良が必要だとカメリエにアドバイスする。


「でも、やり続けているとかゆいですね」

「まだまだ、改良の余地はありそうじゃのう」


 限界はあるようだ。


 何か、他にセリスの役に立ちそうな品物はないか。ガラクタの山に手を突っ込む。


 カツンと、何か硬い物質が爪に触れた。


 引っ張ってみると、細く短いナイフが出てきた。

 しかし、ツバが妙に長く、刃が四本くっついている。


「これは?」

「ああ、それか。プロセッサーというてのう。刺した相手の内臓を細切れにするためのナイフじゃ」


 柄の部分にスイッチがついている。押してみると、刃が回転を始めた。


「これで、相手の腹をグチャグチャに、と」

「左様。じゃが、刃が大きすぎて、深く刺さらん。失敗作じゃ」


 木のボールに入った豆の山を、カメリエが回転式ナイフですりつぶす。


「普段は、こうやって使っておる。こうしてドロドロにした大豆を飲むと、健康にええんじゃ」

 少食なカメリエは、こうやってタンパク質を補給しているらしい。


「プロテインですね」

 ソレを見て、ライカはひらめいた。


「いいえ、これ、いただきます。譲っていただけませんか」

「うむ。こんなもんでよければ」と、カメリエはナイフを差し出す。


 四連ナイフを手にして、ライカは館を後にした。


 ◇ * ◇ * ◇ * ◇


 夕飯時、ライカはセリスのテーブルに赤いスープを置く。


「うわっ。さっぱりしていて、おいしいです!」

「それはよかった。トマトが入っていることも知らずに」


 セリスは、さじを止めた。

 しかし、スープのウマさに抗いがたいらしい。舌で唇をなめた。


 どうやら、トマトの形が残っていると食べられなかったようである。


 好き嫌いがないテトの方は、パンにスープをひたして食べていた。


「これ、は?」

「ミネストローネと言います」


 カメリエからもらったナイフでトマトを潰して、野菜と煮たスープだ。


「でも、これ、トマトの原型もありません。本当に、トマトが入っているのですか?」

「はい。ばっちり入ってます。騙されたと思って、もう一度」


 しばらくミネストローネとにらめっこした後、セリスはスープをすくう。 

 ギュッと目をつぶって、スープをすすった。

 途端に口をすぼめて、直後に目を大きく開く。


「おいしい!」

 今まで食べたことがないものを食べたように、セリスの顔は驚きで溢れていた。


「この味は、ニンジンも入ってますね。でも、原型がありません」

「はい。このナイフのおかげです」


 ライカは、カメリエからもらった、回転式先割れナイフを手に持った。

 ナイフの柄にあるスイッチを押すと、先端が回転する。


「それは何でしょう?」

「調理器具です。これで、堅い野菜や果物をドロドロに砕くことができます」


 これなら、苦手な食べ物も喉を通っていくのではないか。ライカには確信があった。


「ごちそうさまでした」


 案の定、セリスは苦手を克服し、腹を満たす。



 ◇ * ◇ * ◇ * ◇



 翌日、もう一度汁物を出す。


 白いスープの正体を、わかりかねているようだ。


「これは、豆乳ですか?」

「豆乳は、コップに注いだほうですね」


 やはり、セリスにはわからないみたいである。


「カブのスープです。鶏のだしと水に、潰したカブを混ぜて、牛乳と合わせました」


 これも、リベンジメニューだ。

 セリスはカブも苦手だったので、一度スープとして作ってみたのだ。

 回転式ナイフを使って、食感をなくしてみた。


 セリスは、温かいスープに満足している。溶けたカブもお気に召したようだ。


 実は、ライカは練習メニューを少し増やしていた。

 セリスの腹を減らすためだ。

 付け足したのは、ほんの数分程度である。

 が、それでもセリスが空腹を訴えてくるように、空きっ腹に来るメニューをこなさせたつもりだ。


 今、セリスは結構な空腹感を味わっているはず。

 そこへ腹に優しいスープを提供した。

 腹に「これはおいしいモノだ」とわからせるには、十分な材料が集まっている。


 あの四連ナイフのおかげで、レパートリーが増えた。

 

 カメリエには礼を言っておかないと。

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