豪傑女騎士 ドミニク・ルドン

「おお、ドミニク。帰ったか」

 女性騎士とルドンが、親しげに語り合う。


「二人は、お知り合いで?」


「孫じゃ。ドミニクという」


 ルドン卿の孫とは。

 顔立ちは似ていない。

 しかし、雰囲気や目つきなどはそっくりだ。


「やはりですか。どうりであの美闘士、あなたのファイトスタイルとよく似ていました」


「油断するな! そのヤロウは、とんでもなく強いぜ! あたしの剣も、通用しなかった!」

 ドミニク・ルドンが、祖父に告げる。


「それは誠か、ライカ殿?」

「お恥ずかしながら」


「なんと。これはこれは。では、手加減する必要はなさそうだのう!」

 ルドン卿の目つきが変わった。


「もっと攻めてこんかい! でなければこちらから!」

 右フック、左前蹴りを、ルドン卿は続けざまに繰り出す。


 並のモンクなら、対応できないくらいの打撃だ。

 一発一発が、長年の経験が詰まっている。

 隙の無く、強大な一撃だった。

 歴史の刻まれた攻撃を、ルドンは打ち出してくる。


 そのことごとくを、腕だけで撃ち落とす。


「やるのう。ワシをここまで翻弄するとは!」

「まだまだ、これからです」


 数々の魔物を葬ってきたであろう、ルドンの右ストレートが飛んでくる。経験と訓練の積み重ねによって打ち込まれる、渾身の一撃が。


 熊をも葬ろうかとする一撃を、ライカは真正面から受け止める。いや、受け流した。勢いを打ち消したのだ。さすがに、今の拳は止められない。


「ぬうん!」

 手を交差させて、パンチを打ち上げた。


 腕が跳ね返された形となって、ルドンのみぞおちがノーガードになる。


電光パンチフングル・プヌグス!」


 ライカは、高速の拳を叩き込んだ。

 ルドン卿のみぞおちに照準を合わせて。


 ドスン、と岩が落ちたような音が、街中に鳴り響く。


「ぐっ」と詰まった息を吐き出し、ルドンの身体が跳ね飛ぶ。


 騎士団達が複数集まって、吹っ飛んだルドンをキャッチする。

 勢いを殺しきれず、全員が尻餅をつく。


「よい。下がれ皆のもの」

 騎士団の助けを借りず、ルドンが立ち上がる。


 反撃が来るのではないかと思考し、ライカは待ち構えた。

 しばらくして、すぐに構えを解く。


 もう追撃は来ない。ルドンがヒザを落としたから。


 勝負あり。ライカは一歩下がって、礼をする。


「電撃魔法によって、拳を加速したとは」

「はい。元々、雷撃を拳にこめて打ち込む技だったのですが、手を加えました」


 連続で扱うには、電撃を載せた一撃はプラーナの消費が激しすぎる。

 改良を重ね、ライカは「微量の電流を身体に流し込んで速度を上げる技」へシフトした。


「見事な。師範と負けず劣らずの術。これなら、セリス嬢を任せられる」

 負けたのに、この笑顔を見せた。やはり、ルドン卿は立派な御仁だ。


 テクテクと、セリスがルドン卿の元へ。

「ルドン卿、えっと、一〇年前は、何もできなくて、稽古を勝手に取りやめてしまって、ごめんなさい」

 申し訳なさそうに、セリスが頭を下げる。


「ずっと言えなくて、ルドン卿に嫌われてるんじゃないかって、怖くて……」


「いいえ。気にせんでくだされ」

 ルドン卿が、好々爺の顔を覗かせた。

「聞けば、聖女の武具というのは着るだけで達人になれるとか。その事実を知らず、稽古を強要した私めが悪いのです」


「そんなことは。わたしが根性なしだったから」


「自分を責めなさるな。ワシにはこの領土を守護するという仕事があります。それだけで生きている価値があるというもの」

 近づいて来たルドン卿は、ライカの元で立ち止まる。


「ライカ殿、セリス嬢を頼みまする」

「はい。街のことはお願いします」


 ライカとルドンは、固い握手を交わす。


 金属がカチカチと当たる音がした。

 ルドン卿の部下である騎士団が、ルドン卿を讃えて拍手を送っているのだ。


 続いて、割れんばかりの拍手が、いつまでも鳴り響いた。


 騎士団とともに、ルドンは帰っていく。


「いやあ、強いな。あんた!」

 美闘士ドミニクが、ライカの方に腕を回す。


「あんたははじめましてだね。あたしはドミニクだ。騎士団の特攻隊長をやっている」

「私はテトと申します」


 テトとドミニクは、互いにあいさつをした。


「それにしても参ったね。うちのじっちゃんさえ倒すなんてね。あたしが勝てないわけだ」


 おごるというので、作業を中断してみんなでお昼へ。

 ドミニクいきつけの酒場まで、連れて行ってもらう。


 到着早々、ドミニクは駆けつけ三杯を煽る。


「はあ! やっぱここのエールは最高だぜ!」

 ドミニクは「あんたらもやってくれ!」と、ドミニクは酒とつまみを振る舞う。


 久々のエールをいただく。

 確かに、ここのエールは味がいい。

 のどごしもよく、ソーセージに合う。

 ナッツ以外のつまみも久々だった。


「食べてよろしいのでしょうか?」

 ソーセージやチーズを前に、セリスはためらっている。


「いいでしょう。おごってもらうのです。遠慮はかえって失礼かと」 

 セリスに対しても、強く制限しない。


 せっかくの機会である。

 今日は節制せず、相手の好意に甘えようではないか。


「二人は、古くからの知り合いで?」

 飲めないセリスの分は、テトが飲んだ。


「はい。何度か武術大会や、美闘士決定戦などの大会で試合をしています」

「何回目だ? あたしとあんたが組み合ったのって」

「おそらく、三回目です。どの競技会でも必ず顔を出してらっしゃいましたね?」


 毎回対戦相手になっては、毎回打ち負かす。 


「ドミニクさんは、ここが故郷だったんですね」

「そうなんだ。あたしは普段、騎士をやっているんだ。何分世間は平和でね、特に事件があるわけじゃない」


 騎士の仕事がないときは、冒険者として狩りや護衛などを行うらしい。


「ここは、まだ平和そうだね」

「魔王の被害は、まだ出ていない様子ですか?」


「今のところはね。凶暴化したモンスターがたまに出てくるけど、元々気性が荒いからさ。魔王の瘴気にあてられてコントロールされているとか、魔王信奉者による犯罪が起きたとかは聞かないよ」


 邪悪な影響は、まだどこの地域も出ていないと。


「だから、こうして腕試し大会にも出られるってわけだけど」


 世界を回ることで見識を深めてこいと、祖父から言われたという。


「ドミニクさんのような強い方も入れば、魔物も逃げ出すでしょう」


「だといいんだけどな。さすがにウーイックまでは手が伸びねえよ」


 魔王の領土ウーイックを言っているのだろう。


「ウーイックで魔王が復活しそうと聞いて、飛んで帰ってきた。あんたが聖女様のお世話をするらしいって噂も聞いたしな」


「どこから?」


 その問いには、セリスが代わりに答えた。

「私の兄からでしょう」


 セリスの兄は、騎士団の運営を任されているらしい。

 ルドン卿は兄から話を聞いて、ライカと手合わせをしたのだろうと。


「じっちゃんらしいな。衆人環視の中で自分が負けることで、あんたの実力に説得力を持たせた。手出し無用だってね」


 聖女のダイエット計画は、民衆には秘匿されている。

 騎士団の中には、ライカに疑いの目を向ける者もいたとか。


「誰も、魔王の正体を知らない。じっちゃんでもな。それを、こんな可愛い女の子に世界を託すなんてさ」


 気遣っているのか、ドミニクはセリスの皿に自分のツマミを分ける。


「神様は、残酷だよね」

「我々が、露払いになれればよいのですが」


「あたしをあんたなら、百人力だろうぜ!」

 景気よく、ドミニクはライカに酒をつぐ。


「魔王復活のときは、お互いがんばろうぜ」

「そうですね。頼りにしています」


「あはは! うまいね!」

 エールをがぶ飲みしながら、ドミニクはライカの肩をバシバシ叩く。

 


 それよりも、ライカは先ほど感じたテトの視線が気になっていた。

 雷漸拳の全てを調査しようというような。

 今浮かべている不敵な笑みも、エールのせいだと思いたい。


 気のせいだといいが。

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