怪しい占い師 カメリエ・ゾマ

 セリスに手を引かれてやってきたのは、占いの館だった。

 大量の豆が入ったカゴが、ズラッと並んでいる。

 豆は売れているようだが、占いの方はさっぱり人が来ていない。


「魔女様、豆をくださいませんか?」


 入り口の先には、水晶玉が載った台と、それを覗き込む怪しい少女がいた。

 丸メガネ越しに、紫色をした視線がこちらに注がれる。


「おやおや、セリス様じゃありませんか」

 老婆のような口調だが、随分と若い。


「そちらのご婦人方は?」



「ライガ・ゲンヤといいます。旅のモンクです」


 続いて、テトもお辞儀をして名乗った。


「これはご丁寧に。ワシはウォーロックのカメリエ・ゾマという。魔術の研究を行っておる。予言者とも呼ばれておるわい」


 ウォーロック、魔法使いか。

 どうりで強力なプラーナを放っていると思った。

 研究者が多いと聞くが、魔法使いが予言まで行うとは。


「いい状態の豆ですね。おいくらですか?」


「言い値でいいわい。まあ一律、だいたいこれだけじゃわい」

 言いながら、カメリエはそろばんを弾く。


 ライカは豆を吟味しながら、袋へ詰めていった。気持ち多めに、代金を払う。 


「まいどあり。あと、お時間があれば占いはいかがかな? 金は取らんから」

「魔女様は、予言もなさるのです」


 セリスは言うが、見るからに怪しい。ライカは誘われている。

 魔導の類に引っかかるライカではないが、女性からはただならぬプラーナを感じた。



「予言など研究の副産物よ。確実性はないぞよ」

 こちらの考えを見透かしたかのように、返答が返ってきた。



「ほう、聖女様の指導員とはそなたか?」

 一発で、ライカの素性を見抜かれた。


「なぜ、それを」

 聖女のダイエット計画は秘匿されているはずだ。


「知っているも何も、魔王復活とセリス殿の聖女覚醒を言い立てたのは、私じゃぞ?」


 確かに、カメリエは一番事情を知っている人じゃないか。


「どうやらお困りのようで。何でも申しつけてみよ」

 カメリエと名乗ったウォーロックは、テーブルの上に手を組んで、身を乗り出す。


 うっ、と思わず身を引いてしまう。


「実はですね、とある御婦人の世話をしているんですが、好き嫌いが多いのです。トマトやピーマンなど、野菜が中心です。何とか食べさせたいのですが」


 体質改善は着実に進んでいるが、懸念材料はあった。セリスの好き嫌いだ。

 セリスは、トマトなど酸味のある野菜や、ピーマン、ナスなどの苦い野菜、キノコ類を嫌う。


「あうう」と、セリスはつぶやく。


 対して、テトの方は着痩せするタイプだった。


「テトさんは好き嫌いはないどころか、逆に食べ過ぎているくらいですね。気がついたら、酒に視線が向いています」

「気づかれていたか」


 甘いものより、テトは酒のアテになるようなものを好む。食事制限でどうにかなるだろう。


 そこまで聞いて、カメリエは水晶ごしに、ライカの顔を覗き込む。


 カメリエと同じように覗き込み返す。


 水晶から見ると、カメリエの顔が、魚眼レンズのように歪む。



「秘策はある。明日の午後、この地図を頼りに我が屋敷へ」

 カメリエから一枚の紙を渡された。屋敷に続く簡単なルートが書かれている。


「では、続きは屋敷にて」

「ありがとうございます」


 ライカが頭を下げた。


「何をされるのでしょう?」

「わかりませんね。とにかく明日、魔女様のお屋敷へ行ってみます」



◇ * ◇ * ◇ * ◇



 たっぷり食材の入ったカゴを、キッチンテーブルにドンと置く。

 セリスはホッと息をつき、テトはグルグルと両肩を回す。


「どうされました。筋を違えたとか?」


「いいえ。ちょっと肩こりが」

 苦労しているのだろう。テトの顔からは疲労の色が窺えた。


「夕食も、二人に作ってもらいます」


 ライカが出した提案は、セリスとテトによる料理だ。


 この屋敷では、主にミチルが料理を担当していたという。だが、ミチルは身ごもっている。


 料理担当はテトでも十分なのだ。


 が、この調理にはもう一つ意味があった。

「セリスに何を食べているか把握させること」である。


 料理を自分で作る事で、どういった食材を食べているのか、どれだけの調味料が使われているか。

 把握することで、どんな味付けが成されているのかを自分で考えて欲しかった。


「テトさん、ご指導よろしくお願いします」

「うむ」


 セリスが頭を下げると、テトは早速エプロンを着けてあげる。


「では、セリス殿。棚の上にあるボールを取っていただけませぬかな?」


 テトに頼まれて、セリスはボールに手を伸ばす。


「うーん、うーん」


 どんなにつま先立ちしても、棚に指が届かない。

 業を煮やしたセリスは、側にあった木箱を台の代わりにして、ボールを取った。


「では、レタスをボールに入れて、オリーブオイルを垂らして下され」

「はい」と、セリスはレタスにオイルをかけて混ぜる。


 続いて、ほうれん草を炒め始めた。


「コショウは、振りすぎないで。食材からも味が出ますし、豚肉があります。味が物足りなければ一緒に食べればよいでしょう。おいしくなりますゆえ」


「は、はひ」

 ぎこちないながらも、セリスはフライパンを扱う。


 その姿勢には、食べる人に対する誠意が込められているように思えた。


 さすがに花嫁修業をしていただけあって、セリスは段々と手際がよくなっていく。

 調理の方は言う事がないようだ。


 今日のメインは、ソーセージの盛り合わせである。

 サイドには、ほうれん草とキノコのソテー、パンは雑穀の混ざった物を使用した。

 レタスサラダには、茹でた貝を合わせてある。


 食卓の準備をしていると、屋敷のドアが開く。


「こんばんはー」


 二人組のカップルが、来客してきた。

 一人は大きなお腹を抱えている。


「あれ、ミチルさん? お兄様も」

 突然の来訪者に、セリスがその場で硬直した。


「入院してたんじゃ?」

「セリスお嬢様がお料理を作ってくれるって、お義母さまが。だったら、行かなきゃです」


 ミチルが言うと、隣に立つ男性が帽子を脱ぐ。

「はじめまして。セリスの兄です」

「ライカと申します」


 セリスの兄も、妹が心配な様子だ。


 二人が席に着いたところで、食事が始まる。


「ダイエットの方は、順調?」

 ミチルは、貝を殻ごと口に入れた。口の中で身を取り出して殻を出す。


「まだ始まったばかりですから、何とも」


 しかし、やせる体質作りは滞りなく行われているはずだ。

 下手にいきなり減量を始めると、その過酷さから断念してしまう人も少なくない。

 身体を運動になれさせること、運動を好きになってもらうことの方が、今後において、減量よりずっと大事だ。


「そうね。あなたの教え方は、そうよね」


「あの、お二人に質問があるんですが、どうしてミチルさんはやせようとしたんですか?」


 夫からの質問に、ミチルが照れ臭そうにため息をつく。


「あー、言いにくいんだけど、私、子供の頃に大失恋したの」

「もう五年前になるんですよね」


 ミチルの思い人が、他の女性と結ばれてしまった。

 その後、やけ食いした結果、ミチルは激太りに。


「近所にあった寺院がダイエットを教えているって聞いて。そこで修行していたライカに、手取り足取り減量方法を教えてもらったってワケ」


 その甲斐あって、三ヶ月で一〇キロ減に成功した。


「三ヶ月で、一〇キロも」と、テトが青ざめる。


 だが、ミチルはブンブンと頭を振った。

「あなたたちはマネをしてはダメよ。当時は私をフった奴を見返したくて必死だった結果よ。無理して減量したから、体調も崩しかけて、ライカに注意されたんだから」

 ミチルが当時の思い出を語る。


 無理な減量で食欲をなくしたミチルは、ライカが作った粥しか食べられなくなった。

 あの時ほど、ダイエットが危険だと思ったことはないと、ミチルは当時を振り返る。


「でも、嫁ぎ先がいい方たちばかりで、今は幸せよ」


 旦那も微笑みながら頷く。


「素敵です」

 ロマンチストなのか、セリスは目を輝かせて手を胸で組む。


「これって運命です。うちの庭で、恋の花が咲いたわけですから」


「ありがとう、セリス嬢」


「妹に祝福してもらって、うれしいよ。本当に、すばらしい妹に育った。昔から優しい子だったけど」 


 幼い頃から、セリスはどんくさかった。

 運動はダメ、剣術の稽古もロクにできない。

 攻撃魔法も覚えられず。


 両親は、セリスに戦闘技術の習得は不可能だと見切りをつけて、花嫁修業にシフトした。

 それでも失敗続き。


「何をしてもうまくいかないセリスは、ある日、家を飛び出したんだ。辛いことがあったら、丘の上で夕陽を見るのが習慣だったよね」


「もうっ、お兄さまったら」

 セリスが照れ笑いをする。


「では、お二人を送りましょう。本日はありがとうございました。ミチルさん」


 ミチル夫婦を家まで送った。


「いいなあ。わたしも、もう一度あの子に会いたいです」

 セリスにも、想い人がいるらしい。


「兄が話していた丘の上に、一人の少年がいたんですよ」


 誰も知る人がいないはずだった丘の上で、セリスは一人の少年と出会った。

 丸々と太った、ヤマンド人風の少年だったらしい。


「その時に会った男の子がくれたのが、甘納豆でした。『これをあげるから、泣かないでください』って渡されて、一口食べたら、勇気が湧いてきたんです」


 それ以来、セリスは泣き言を言わずに、花嫁修業に勤しんだという。


 どうりで家事が得意なはずだと、ライカは思った。


「そ、そうですか。なるほど」




 なるほど。そういうことか。



「どうかなさいましたか、ライカさん?」


「いいえ。なんでも」

 慌てて、ライカは首を振る。

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