商店街へ

 一〇時になって、休みを取る。


 ライカは、二人をキッチンへ呼んでお茶を淹れた。カップに、薄茶色い液体をなみなみと注ぐ。


「ボクの故郷、ヤマンドで作られている、麦で作ったお茶です。熱くても冷やしてもおいしいですが、暑い季節ですから、冷やしておきました」


 木のボールには、クルミなどの実や、乾燥した豆類が山のように入ってある。


「おやつはアーモンドとクルミです。共に抗酸化作用といって、活性酸素を抑制してくれます」

「この、砂糖がまぶしてある豆は何であるか?」と、テトが豆に手をつけた。


 指摘通り、乾燥させた小豆、ウグイス、エンドウ、金時豆などだ。

 それら全てに、甘い砂糖がまぶしてある。


「ヤマンドの伝統的なおやつで、甘納豆と言います。保存が利いて、ダイエットにも最適です。と言うより、ボクが好きなだけです。山ほど持ってきているんですよ。荷物の大半は甘納豆です」


 言いながら、ライカは甘納豆をぽいぽいと口へ放り込む。

 アイスクリームやアメなどといった洋風の菓子に比べると甘さこそ少ない。

 が、疲れたときにはこういった丁度いい甘さが堪らない。


「いただきます」


 家のホコリと格闘して喉が渇いていたセリスは、ゴクゴクと麦茶を飲み始める。

 甘納豆とクルミを交互に食べている。グリーンピース味が気に入ったようだ。


「暑いですから、水分は十分取っておきましょう」と、カップにお茶を注ぐ。


「エールの方が欲しいのだが」と、渋々テトはお茶を啜る。


「アルコールは液体ですが、水分ではありません。夜までの我慢ですね」


 この国では、一五歳で成人である。セリスはまだ飲めないが、テトは問題ないだろう。


「確かに。ご褒美は後で取っておくべきか」


 甘納豆をポリポリとかじりながら、テトはお茶をチビチビと飲む。

 全種類を少しずつ食べたところ、金時豆が好きらしい。


「それにしても甘納豆の減りが思っていたより早いですね。これは、別のおやつも考えておいた方がよさそうだ。自分で甘納豆を作りますか」

「作り方を教えてもらえないか?」

「ええ、どうぞどう……⁉」


 甘納豆をずっと見つめながら、セリスが手を止めていた。


「あれ、セリスさん、おいしくなかったですか?」

 ライカが話しかける。


 セリスの瞳に、ひとしずくの涙が零れた。


「うわあ、すいませんセリスさんっ、そんなに嫌いだったなんて⁉」


 涙が出るほどとは。


「違うんです。そうじゃなくて、懐かしいなって」

「懐かしいとは?」

「子供の頃に、この味に救われたんです」


 甘納豆は、セリスの過去と関係しているらしい。


「それはそうと、お昼を作りましょう!」


 もしかすると、セリスは少し疲労が溜まっているのかもしれない。

 昼は、豪勢なメニューにするか。




 二階でも、一階で行った掃除と同じ作業が続いた。

 夕方になる前に、おやつがてら夕飯の買い物へ。


「グラタンなんて太りやすそうなもの、食べちゃってよかったんですか?」


 メニューはグラタンだった。


 掃除ばかりでトレーニングが足りないと思っているのか、不安そうな顔をセリスが浮かべている。


「いいんです。お昼は外出することも多いでしょうし。避けられないパーティなどがある日も、パーティの時間は目一杯食べちゃいましょう。そうでないと、心が萎れてしまいます」


 あまりストイックに縛りすぎても、身体によくない。反動で食べたくなってしまう。


 適度にストレスを発散させることが、長続きのコツだ。


 どうしても萎んでしまいそうになったら、好きなものを食べさせて、他のものを断つ。

 要は心と食のバランスを考えてやればいい。

 それで、身体と相談する。


「キャスレイエットの商店街は、みなさん初めてでしたよね?」

「はい。商店は回っておきたかったです」

「ご案内しますわ。ついてきてくださいね」


 セリスが先頭を歩いて、石畳で整備された道へ。

 橋を渡り、田畑を通り過ぎる。


 ここに来るときは、景色を見る暇さえなかった。

 ライカは、聖女領の美しい光景を目に焼き付けていく。


 二〇分ほど歩くと、街に入った。

 港が近い為、カモメの声が空から聞こえてくる。

 キャスレイエットから程近くにある街は、家々が赤煉瓦の屋根と白い壁で構成されていた。

 

 当然ではあるが、木や瓦でできたヤマンドの街並みとは全く違う。

 雅でありつつ、スッキリとしたデザインの建物が多い。


 住宅街の近くにパラソルを差して、様々な露店が鎮座している。

 屋台に吊られたソーセージ、色とりどりの野菜、キノコ類、そして魚介類。

 果物の籠からは、まるでフェロモンのような匂いを醸しだし、自身の美味を歌う。

 売り手は声を張り上げる。


「ハアハア。あのアイスクリームが、またおいしいんですよねえ。あっちのクレープもチョコと生クリームのマッチングが素晴らしくて……」


 目の色を変えてセリスが道案内をしてくれる。甘味処ばかり勧めてくるが。


「は、すいません! つい」


 セリスが取り乱すのも無理はない。


 目移りするとはこのことだ。ダイエット用の食事を買いに来たはずなのに、興奮が収まらない。

 二人の目がなければ、屋台の二、三件はハシゴしていただろう。

 節制の達人であるライカでさえ、胸の高鳴りを覚える。


 それほど、この市場は活気と明るさに満ちていた。


「結構、お詳しいんですね?」

「お散歩に行く際に、ついつい食べ歩きをしてしまうんです。ああ、あそこのドーナツ、久しく食べてません。ああん、どうしましょう。頭の中が甘味で一杯に!」


 先陣を切るセリスに到っては、手をワキワキとさせて、既に理性を失いつつある。

 腹が減っているのだろう。三歩も歩けば、唾液を飲み込む音が鳴った。


 こうなったら、まともな判断力など働かない。


「少し早いですが、一服しましょう」


 これだけ芳醇で色とりどりの甘味を見逃しては、かえって罰が当たる気がした。

 今日は下見もかねて、自重を解くことにする。


「あそこなんてどうでしょう?」

 テトが差したのは、海沿いのオープンカフェだ。


 テラスに並ぶテーブルには、パラソルが掛けられている。


 三人は、適当な席に腰を掛けた。


 ケーキセットをオーダーする。


「チーズケーキを三つ」


 テトとセリスも驚いた様子だ。

 ダイエットを志す立場からすると、意外すぎるメニューだと感じたのだろう。


 セリスは砂糖控えめのコーヒー、テトはノンシュガーの紅茶、ライカはハーブティーをもらい、ケーキで腹を少し膨らませた。


「少しは、落ち着きを取り戻したのでは?」

「はい。お腹が膨れたせいか、献立を冷静に考えられるようになりました」


 満足した様子で、セリスは腹をさする。


「では、買い物の続きをしましょう」


 カフェを出て、買い物を再開。


「今日は野菜多めで、薄切り肉をメインで」

「肉は食べていいのか⁉」


 意外だったのだろう。テトが驚いている。


「むしろ摂取して下さい。脂肪の燃焼には、筋肉が必要なので」


 筋肉を構成するには、タンパク質が必須だ。  


 いくらダイエットとは言え、過度な制限もよくない。

 神経質になりすぎると、ストレスで食べ物に手をつける危険がある。

 少しずつ発散させていき、本当に控えないといけない分をカットしていく。

 少量ずつ、確実に。


 それだけでも、十分制限になるのだから。


「でも、あまりやせている実感が湧きません」

「最初はそんなものです。まずは、やせやすい体質に自分を作り替えることが重要なのです」


 いきなりやせようとしても、体重は落ちる。

 だが、それは脂肪ではなく筋肉が落ちただけだ。

 それでは、やせたことにはならない。

 脂肪を落とすには、筋肉の作用が必要になってくる。


「そうでした。豆類もタンパク質でしたね。こっちです!」

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