第二章 ひかしぼう! (我慢しているのに中々ウエイトが落ちず、将来を悲観して絶望!)

寒村のメイド、テト

 翌日、ミチルが姿を見せなかった。


 何があったのか。病気だとしたら大変だ。


「ミチルさんはどこへ?」


 セリスの両親に尋ねると、治療院に行っているらしい。


「当分の間、ミチルさんは検査入院だよ。何があるかわからないからね。息子も付き添ってるから安心しておくれ」

 セリスの父が言う。


「なるほど。それで、こちらの方は?」

 ライカは、初めて見る顔に困惑する。


 服装を見るに、新しいメイドのようだが。


 長く真っ黒い髪の上に、白い頭巾を被っている。

 夜を濃縮したような瞳と、整った目鼻立ちが印象的だ。

 ただし、ウエストや二の腕は隠しきれず、ややきつそうではあるが。


「この間、ミチルさんの代理メイドを面接したんだよ」

「テトといいます。よろしく頼みます」


 言葉遣いから、落ち着いた印象を受ける。


「ボクはライカといいます」

「存じ上げております。セリス様をスリムになさるお仕事を依頼されたとか」


 テトの視線が熱い。まるで何かを期待しているかのようだ。


「はい。テトさんは、どうしてこの職場を?」

「しばらく使用人に空きができるというので、ミチルさんが復帰なさるまでの契約です。ウチには、多くの弟と妹がいるので、私が働かないと」


 テトの住む土地は、キャスレイエットのほぼ隣に位置する土地である。

 年中吹雪いており、作物もロクに育たないという。

 ある程度の自給自足ができるが、売買できるほどは作れない。


「どうして、そんなことに?」


 キャスレイエットの気候は、穏やかなはずだ。


「私の村は、魔王領近辺なのです」


 魔王の本当の恐ろしさは、土地のプラーナを奪ってしまうことらしい。土地をやせさせ、自分の力にするという。


 危機を察知したテトは、キャスレイエットまで出稼ぎに来た。


「そうなんです!」と、相づちを打ってきたのは、セリスだ。

「もう話を聞いただけで可哀想で。絶対雇ってあげてって、わたしが頼んだんです」

「感謝しております。おかげで、職にありつくことができました」


「よかったです。本当に」

 セリスは少し涙ぐんでいる。


「ではセリス様、朝食の用意ができましたです。参りましょう」

 朝食の載ったトレイを、テトが持ってくる。


「わぁい」と、セリスが喜んで着席した。


「ありがとうございます、では、失礼を」


 セリスが手をつける前に、ライカがテーブルに並んだメニューを見る。


 タンパク質を多く含むオムレツ。油を抑えてもらった、葉野菜中心のツナサラダ、デザートにイチゴが並ぶ。


「ちゃんと、言われたとおりのレシピにしておりますが」


 十分だ。バランスも考えられているし、消化にもいい。朝食としては申し分ないだろう。


 ただ、セリスは愕然となっていた。


「コーンフレークが、いつもより少ない……」


 床に膝をついて、セリスはうなだれる。


「申し訳ありません。『食べる量を減らして運動量を上げる』が、ダイエットの基本なので」

「あうう。いただきます」


 セリスは食事の前で両手を組み、神に祈りを捧げる。

 まるで幸せを噛みしめるように、コーンフレークを頬張っていた。

 口いっぱいにフレークを詰め込んで、口を動かす。

 至福のひとときだと言わんばかりに、蕩けた顔を隠そうともしない。


 ライカは、一人でポツンと突っ立っているテトが気になった。


「あなたは、食べないんですか?」

「私は、皆さんの後でいただくので」


 そうは言うが、妙に気になるのだ。

 こちらが食べているのを、羨ましがっている節がある。

 大家族の娘だから、我慢が身に染みついているのだろう。


「あの、客人であるボクが提案するのもどうかと思いますが、テトさんもご一緒にというのは、いかがでしょう?」


 セリスも、両親も特に嫌な顔はしなかった。


 テーブルに座る許可をもらったテトは、神に感謝した後、食事を始める。

 パンを千切って、少量ずつ大事そうに口へと運ぶ。

 ゆっくりとよく噛んで食べている。

 スローなペースのはずなのに、あっという間に皿の中は空になっていた。


「すみません。食事までご一緒させていただいて」


 食事を終えると、テトは立ち上がって、何度も頭をペコペコと下げる。


「これも、セリスさんのためだと思って下さい」

「はい?」

「あなたにも協力してもらうんです。ダイエットを」


 セリスの減量には、テトの力が不可欠だ。


「そんな。お嬢様と同席など」

「セリスさんには、一緒に脂肪や欲望と戦ってくれるパートナーが必要です。共に欲望を打開し、減量に打ち勝つ相棒が」


 手招きをして、テトを呼び寄せる。


 他に誰かがいれば、トレーニングも退屈しないだろう。

 同性であるというのも効果的だ。


「わかりました。お邪魔にならない程度には」


 セリスたちは、着替えを終えて屋敷から出てきた。

「着替えてきましたね……ってぇ!?」


 二人とも『ぶるまあ』だ。

 セリスは赤いブルマー、テトは紺色である。


「テトさん、その格好は?」

「ええ、東洋の体操着というものだ、とセリス様から説明を受けました」

「わざわざ、取り寄せたんですか?」

「奥様がワタシの為に作って下さいました」


 ライカが尋ねると、テトは首を振った。

 もう一つの『ぶるまあ』ができ上がるまで、一晩かかっていない。

 楽しんでいるようだ。


「今日は、何をするのでしょう?」


 ライカは、セリスに雑巾の入ったバケツと、モップを持たせた。


「お屋敷のお掃除です」


「え……」と、セリスは、不思議そうに首をかしげた。


 同じように、テトも頭にハテナを浮かばせる。


「お掃除で、拳法を学ぶんですか?」


 セリスの問いかけに、ライカは「そうです」と答える。


「不思議と思われるかもしれませんが、拳法の鍛錬にも色々あるのです。ボクも、当時は同じようにしていました」


 ライカだって、師匠に言われて、道場を端から端まで雑巾掛けさせられた。

 本格的な鍛錬が始まるまで、一ヶ月を要したものだ。


「お言葉ですが、お屋敷のお掃除は私の役目で」

「ですから、二人でこのお屋敷をキレイにするんです」

「そのために、私をパートナーに選んだんですね?」


 的確な推理に、ライカはうなずく。

「見た目より重労働ですから、ダイエットには効果的です」


 家事は全身運動だ。想像以上に、体内で脂肪が燃焼される。


「わかりました。テトさん、よろしくお願いします」

 セリスは、やる気を見せた。


「あとテトさん、できればセリス嬢と仲良くなってあげて下さい」

 テトは、キョトンとした表情を見せる。


「主従関係とは言え、あなたはセリス嬢と年齢が近い。ボクに言えないことでも、あなたになら話すと思うんです」



「承知、お任せを」

 納得したかのように、テトはコクコクと頷く。


「それとテトさん、もう一つだけ。ボクに敬語は不要です」


 この屋敷で、ライカはよそ者だ。テトも窮屈だろう。


「……わかった。セリス嬢のことは任せてもらおうぞ」

 テトは承諾してくれた。

 しかし、言葉遣いがやけに古風なように思える。

 実は身分が高いとかではなかろうか。


 最初に窓ふきから。大広間の窓を相手に、レクチャーを行う。


「片手に水で湿った雑巾を、左手には乾拭き用の雑巾を持って下さい。二人ともです」


 セリスとテトが、濡れ雑巾と乾拭き用雑巾を持つ。


 まずは、ライカが手本を見せる。手の平を回すように窓を拭いていく。


「こうやって湿った雑巾で窓を拭いて、反対の手で乾拭きします」


 同じように手を回す。


 セリスとテトが、ライカの動きを真似する。


「いいですよ。そうやっている間に呼吸を整えましょう。水拭きで息を吸う。乾拭き時に吐くように。そう、鼻呼吸です。テトさん、早すぎです。ゆっくりと」


 こうして、二人はせっせと窓を拭き始める。


「水で拭いて、乾拭き。その呼吸を忘れぬよう」


 広間の窓が吹き終わると、立て続けにキッチンや私室、廊下の窓を拭いていった。


「手すりはこうやって、腰を入れて」


 階段の掃除へと移行し、ライカが実践してみせる。

 手すりに雑巾をあてがい、腰と一緒に降りていくように雑巾を引く。


「いいですよテトさん。セリスさんもその調子です」


 ライカも休んでいない。

 手本を見せるためというのもあるが、単に客人として居座るには、仕事をしていなさすぎると感じていた。

 

 二人に拭き掃除を任せている間、掃き掃除を始める。

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