がんばらない

「もうお夕飯前ですね。今日の献立を見せて下さい」

 ミチルに頼んで、夕飯の献立を見せてもらう。


 ライカの故郷、ヤマンドのメニューが目立つ。

 世界的に見てもヘルシーで、ダイエット効果が期待されているのだ。


「栄養のバランスも考えつつ、献立を考えてきたつもりなんだけど」


 トマトのスープ、海藻の入った春雨サラダ、ジャガイモのコロッケだ。


「海藻は、ダイエットには最適です。ただ」


 皿に山と盛られたご飯に、ライカは目を移す。


「ライスは、いつもこんな感じですか?」

「そうなの。よく食べるの」


 ライカは白米を少し、釜へ戻した。


 ああ、と口をポカンと開けて、セリスは減らされる飯を見つける。米は、四分の一ほどになっていた。


「夜はご飯を控えましょうか。おかずを多めに取る食事を心がけて下さい」


「そうですか」

 セリスがガッカリしたような顔になる。


「夜に食べるご飯はおいしいですよね。ですが、今はじっと辛抱しましょう。代用品を考えておきますから」


 非常に心苦しいが、ダイエットだと考えると、少しでもリスクは減らしておきたい。


 これらを薄味にしてもらって、食事を取ってもらう。


「では、いただきましょう」

 ライカも同席して、食事にありつく。


 ミチルの作った食事の味は申し分ない。やはり家庭を持つ女性の作った料理だ。


 ただ、セリスには少し物足りないのかもれない。

 おかずと共に少しずつ、数少ない白米を噛みしめている。

 おかずでは、コロッケが気に入っているようだ。


「それにしても、ヤマンドで食べられるメニューが多いですね。どれも、懐かしい味です」

「キャスレイエットは西洋風の料理がメインなんだけど、セリス嬢はヤマンドの郷土料理が気に入っているみたいなの」


 それは好都合である。

 海藻や魚メインのヤマンド料理は、ダイエットと相性がいい。


「減量のペースですが、基本的に月三キロ減を目安にします」

 ライカの発言に、セリスたちは驚いたような顔になった。

 やはり、もっと減らしてくれるものだと思っていたらしい。


「ギリギリじゃないの。それじゃ最悪、間に合わないわ」

「ご心配なく。その点は抜かりありません。これでも、控えめに表現しているつもりです」


 急激なダイエットは、身体を壊す。

 せっかくやせたのに身体が動かなくなった、なんて珍しくない。


「また、ダイエットには常に、リバウンドの危険が伴います」


 急激に痩せる分だけ、反動の危険がつきまとう。

 急に脂肪を落とせば、同時に筋肉も落ちる。

 筋肉が落ちると、代謝能力が減少するのだ。


「一気にやせると、身体がエネルギーを求めて食事の欲求が膨れ上がってしまうんです」


 ガッツリ食べてしまうと、一気に消化吸収してしまい脂肪に早変わりする。

 再び減量しようにも、落ちにくくなってしまうのだ。


「本来ならば、月に一キロから二キロの減量が理想です。これでも限界ダイエット量を軽く一キロオーバーしているんですよ。そのことを頭に入れて、ダイエットを心がけて下さい」


「何だか大変そうね」


 セリス母の言葉を物語るかのように、全員が不安な顔になる。


「お母さんがついてるわ。一緒にがんばりましょう」

「そうだね。世界の命運は、お前にかかっているんだ」


 両親の言葉を受けて、セリスの表情が、この世の終わりが来たかのように暗くなった。


「あの、あまりセリスさんを追い詰めないでください」


「は、はあ」


 なにか悪いことを言ったか、と思っているのだろう。両親は、キョトンとした。


「ダイエットは長期戦です。追い込むことは大事ですが、思いつめすぎると食に逃げてしまいます」


 人間は脆い。逃げ場所を常に探す。「もしうまくいかなければ」というストレスに晒されすぎると、失敗したときのダメージが大きくなる。


「セリスさんの問題点は、自己肯定感の低さです。そこさえ解消すれば、自分を信じられます」


「でも、わたしにできるでしょうか」

 少量のご飯を、セリスはチビチビと咀嚼した。


「ミチルさん、デザートにアイスクリームは作れますか?」

 ライカはミチルを呼んだ。


「一口分くらいなら、作れるけど」

「今から出してあげて下さい」


「ええ、いいのね?」

 ミチルはキッチンへ引っ込み、すぐに戻ってきた。

 透明な容器にちょこんと乗ったアイスクリームを、セリスの前に置く。


 曇っていたセリスの表情が、一瞬で明るくなる。


「この程度ならいいでしょう。召し上がって下さい」


 ライカがOKを出すと、セリスは匙を乳白色のスプーンを通す。

 口の中に放り込むと、顔を赤らめた。実に幸せそうである。

 やはり、セリスは食べることが大好きなようだ。


「アイスクリームの原料は牛乳です。これくらいの量なら食べても平気です。他にも食べられる食材は沢山ありますが、今日はこのくらいで」


 減量は、神経質にならないことが大事である。


 夕食を終え、睡眠に入る前に、屋敷でも一番広い客間へ。

 一面に絨毯が敷いてあり、入り口に上がりかまちがある。

 ライカたち東洋人のような、「床で寝る習慣がある人」のため作られた部屋だ。


 フリルの飾られたシャツと、ヒザまでの短いゆったりしたズボンに、セリスは着替えていた。

 いわゆるベビードールである。


「今日は、お疲れ様でした。今日の疲れを取るために、整理体操をしましょう。まずは座ります。座り方はこうです」


「これは、雷漸拳と関係が?」


「大いにあります。ストレッチは雷漸拳において基礎であり、到達点でもあります。ストレッチに始まりストレッチに終わる。これは立派な雷漸拳の教えです」

 ライカは横座りになる。いわゆる「女の子座り」だ。


 セリスも、ライカをマネて足を組む。


「息を吸って、気持ちを落ち着かせます。雷漸拳の基本は呼吸です。はい、吐いて。もう一度吸って。吸いながらボクと同じ行動を取って下さい」


 続いて、左脚を立てて右肘を内側に引っかけた。


「息を吐きながら、身体を後ろへ捻りましょう。ゆっくりでいいですよ。焦らないで、息を吐きながら身体を捻る。それで後ろを向きます。これを三〇秒」


 組む足と引っかける腕を反対にして、逆方向へ捻る。


「続いて、コブラのポーズを取ります。俯せに寝ましょう」


 ライカは両手を床につけて、仰向けになった。

 息を吐きながら、上半身だけを上に持ち上げる。

 これも三〇秒キープだ。


「背中の後ろで両手を組んで伸ばす、鶴のポーズです。この状態をキープして、深呼吸を五回行って下さい」


 肩甲骨を寄せ、上体を前に倒して組んだ両腕を上に伸ばす。

 これは、肩こりに効くストレッチである。


 次も肩こりに効くストレッチ、『猫のねじりのポーズ』だ。

 四つん這いになり、片を床につけるように上体をひねる。


「右手を左腕と足の間に滑らせて、肩を床につけます。左手も床から離して、天井へ向けて伸ばします。深呼吸を五回。今度は反対にひねって、同じポーズを取って、深呼吸を五回します」


 次は仰向けに寝転がり、腰に手を当てて足を尻ごと持ち上げた。

 その状態になって、肘で体重を支える。これを三〇秒。これを肩立ちのポーズと呼ぶ。


「また戻して。今度は、赤ちゃんのポーズへ移行します。両膝を腕で囲みましょう。そのまま息を吐いて、内側へ身体を丸めます」


 最後に、胡座をかいて首を回して終わる。


「お疲れ様でした。最後に仰向けになりながらでいいので、深呼吸しましょう」


 指示を出すまでもなく、セリスゆっくりと呼吸をしながら、眠りについていた。

 よほど疲れていたと見える。


 両親を呼んで、セリスを自室のベッドに移した。

 そのまま寝かせることに。


 ライカが部屋を出ようとしたとき、セリスの細い指がライカの袖を掴む。


「うーん。わたし、がんばりますぅ」

 セリスの寝言に、ライカは微笑みで返す。


「がんばらなくても、いいんですよ」

 ライカは、セリスの手をそっと毛布の中へと戻した。

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