オッパイの付いたイケメンと(セリス視点

 着替えを終えたセリスは、裾を下に引っ張りながらモジモジする。


「あの、ミチルお義姉さん?」

「どうしたの、セリス嬢。何か、問題があった?」


 この衣装は、ミチルが用意してくれた物だ。


「えっと、この服、本当に大丈夫なんでしょうか」


 セリスが着させられている服は、東洋でいうところの体操着だ。

 上半身は白色の半袖である。

 非常に着心地はいいのだが、問題は下腹部だ。


「これ、すっごい、恥ずかしいんですけど」


 ズボンは、赤い布地一枚で太股が全開である。


「東洋の伝統的な体操着よ。決して他意はないわ」

 そう、ミチルは言い張った。


「なら、いいんですけど」


「じゃあ、行ってらっしゃい。私は、キッチンに行くから、何かあったら呼んでちょうだい」

 言い残して、ミチルは台所へ向かう。


 仕方なく、セリスは玄関を開けた。


 庭の中央に、ライカが立っている。

 ザクザクに切られたショートヘアで、顔立ちは整っていた。

 女性にしては筋肉質な腕が、ノースリーブの腕から伸びる。

 引き締まったボディ、特に腹は見事なシックスパックだ。


「足元が見えませんね」


 腰布で覆われて、脚は見えない。

 足首から先を見ると、きっと脚部も鍛え抜かれているのだろう。


「ああ、セリスさん。着替え終わりましぶうっ!」

 セリスの衣装を見て、ライカが吹き出した。


「あの、何でしょうか、その服は?」

 赤面したライカが、ギョッとなった表情で尋ねてくる。


 セリスが着ているのは、短いシャツと、赤いホットパンツだ。

 やはり、おかしかったであろうか。


「ヤマンドに通じる、『ぶるまあ』というらしいのですが、似合いませんか?」


 確か、『ぶるまあ』はライカの故郷、ヤマンドが発祥だと聞く。


「これ、きっと役に立つからと、ミチルさんが取り寄せてくれたんです」


「言われてみれば、ミチルさんを痩せさせたときも、服装は『ぶるまあ』でしたが、どうしてキャスレイエットなんかに持ち込んだのやら」

 困り果てたような顔を、ライカが浮かべた。


「えっと、似合いませんか?」


 やはり、太っている自分では、こんな肌の露出した服装を着る資格なんて。


「とんでもない。非常に似合っていますよ。あなたの魅力を引き出すのに、その衣装は役立っています。機能性もあって、運動にはふさわしい」


「そんなお世辞」

 

 セリスがため息をつくと、ライカは腰布の裾を掴んだ。


「実は……」

 ライカは腰布をまくりあげた。

 

 ゆっくりと、橙色の布が持ち上がる。


「ひゃっ」

 恥ずかしくなって、セリスは手で顔を覆った。指の隙間から、様子をうかがう。


「あれ⁉」

 なんと、ライカのアンダーも「ぶるまあ」だった。


「動きやすいですからね。ボクも愛用しているのです」

「えへへ。お揃いですね」


 赤いホットパンツ同士、親近感が湧く。


「似合いすぎて、目を向けづらいのです。ご理解下さい」

 そう言われて、セリスはホッとした。

 バカにしてるのかと言われたらどうしよう、とばかり思っていたから。


「はい。では、これから何をすればいいでしょう? ジョギングですか?」

 言いながら、セリスは腕をふる。


「いいえ。運動不足の人や太った人がいきなり走ると、足を痛めてしまいます。内臓に負担もかかります」


 レクチャー後、ライカは肘を直角に曲げて、背筋を伸ばす。


「歩きましょう。ただし、お腹を引っ込めながら」


 ライカは、まず自分がやってみせた。背中まで付きそうなくらい、腹を引っ込ませる。


 シックスパックがより強調され、セリスは赤面した。


「うわ、すごい」

 限界までヘコんだ腹を見て、セリスが戦慄する。


「ここまでやれとは言いません。自分で意識して、お腹をヘコませて下さい。息を吸って……」


 息を吸いながら、腹をへこませる。

 

 慣れていないせいで、あまり変化はない。


「グッとヘコませて。そうです」


 ライカのアドバイスで、何とかヘコませることができた。

 けれど、すぐに元どおりの状態に戻ってしまう。


「ムリですぅ」

「うまくいかなくても、いいんです。お腹をヘコませるだけで、内臓を支える筋肉が鍛えられます。それをイメージして」


 再び息を吸い。セリスは腹をへこませた。

 今度はうまくいっている。


「息を吐きながら、一歩ずつ、正確に歩きましょう。お腹はそのまま持続させて」


 セリスが一歩踏み出す。

 しかし、またもお腹が元に。

 腹に意識が集中すると、足がもつれ、脚に気持ちが行くと腹が出てしまう。


「うまくできません」


「最初はそういうものです。落ち着いて」

 ライカが横で、腹に手を当ててくれる。


「ふえ!?」

 セリスはドキッとなって、また腹が元通りになってしまった。

 ライカは女性なのだが、男前の部類に入る。

 いわゆる、「オッパイのついたイケメン」だ。


「ボクが手を添えておきます。ゆっくりでいいですから、歩いて」


「はい」

 一歩ずつ、セリスは着実に大地を踏みしめる。

「あの、どれくらい歩けばいいんでしょう。あの山まででしょうか?」


「お屋敷一周くらいでしょうか」


「たったそれだけ?」

 セリスは、首を傾げた。


 いくら貴族の屋敷といえど、学校のグラウンドの半分程度しかない。

 余りにもユルすぎるメニューではないか。


「やればわかります」

 ライカは繰り返し、腹をへっこませるよう促し、一歩ずつ歩くよう指示を出す。


 四分の一まで来た。


「フッ、フッ、フフフッ!」


 笑っているのではない。呼吸が乱れているのだ。


「落ち着いて。ゆっくりと」

 ライカが指示を出す。


 なのに、脚が言うことを聞かない。

 無意識に早く終わりたくて、焦っているのだ。


 一度立ち止まる。深呼吸をして、再度歩く。

 今度は一歩ずつ着実に。


 一〇分もすると、息が上がってきた。

 普段全く運動をしていないから、屋敷を一周するだけでこんなにも辛いのか。


「まだ、まだいけます。今日はセリスさんの限界を測るトレーニングです。極限までやってみましょう」


 隣でライカに励まされて、どうにか気力を振り絞った。


 息が続かない。

 いつも歩き慣れているはずなのに、玄関までが遠く感じる。

 脚が進まず、立ち止まってしまう。


 一周するまで、まだ、半分もある。


「フッ、ヒイ、ヒエエ! ゼエ!」


 声がうわずった。汗が目に入る。もう脚が動かない。


 でも、やらなきゃ。そう思いながら踏ん張る。


「お腹がヒクヒクしてます。大丈夫でしょうか、わたし?」


「それでいいんですよ。今日は辛くても、明日は少しは楽に動けます」

 ライカのエールを受けながら、進む。


 体操着が、汗を吸って重くなる。


「へあ⁉」

 ちょっとした小石なのに、脚を取られてつまずいてしまった。


 脚を立て直そうにも、ケイレンして動かない。


「おっと」と、ライカが抱き寄せてくれた。


 もし、支えてもらわなかったら、顔面から落ちていただろう。


「ふあ……」と、変な声が出てしまう。

 

 心臓が、跳ね上がった。このまま止まってしまうんじゃないか、と思うくらいに。


「どうされました⁉ 顔が赤いのですが?」


「ふえ⁉ いいえ! なんでも」

 驚いて、首をブンブンと横にふる。


 至近距離で見ると、ライカはかっこいい。

 下にぶるまあを付けていなければ男性と見間違えるほどだ。

 胸が平べったいから、余計に。


「はわあ」


 セリスの身体が熱くなる。

 久々に運動したからではない。

 男性のような麗人に抱き寄せられたからでも。

 自分でもよく分からない感情が、セリスの胸を刺激する。


「大丈夫ですか? もう休みましょうか?」


「だ、大丈夫です!」

 慌ててライカから離れ、行進を続行する。

 

 手と足が一緒に出てしまっているが、気にしない。

 心なしか、脚が軽くなった気がする。


 玄関に辿り着き、軽く息を整えた。


「ここで二酸化炭素を一気に吐き出すようにして。肺にある空気を全部出すように。そうですそうです。そして一気に吸う。そうです、いいですよ」


 セリスは身体に溜まった空気を身体をかがめながら吐き出し、背伸びと同時に吸い上げた。


「はい。一周しましたね。これで今日は終わりましょう。明日から本格的なダイエットを始めます」


 まだ息が整っていない。

 自分の体力のなさに呆れてしまった。

 我ながら先が思いやられる。


「ありがとうございましたぁ。まだ、お腹が笑ってます」

 ケイレンするお腹をさすりながら、セリスがへたり込む。

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