第2話 追憶の偽善者。
壊れたら、壊してしまったら、もう何も残らないんだ。
それは痛いほど分かっている、解っているんだ。
『すぐに行動することが強さじゃない、優しさじゃない。春瀬、君は臆病者じゃないぞ。慎重なだけだ。その人のために何が出来るか考え、行動することが大切なんだ。いいか?後先考えず行動し、責任放棄することは強さでも、ましてや優しさでもなんでもない。一方的な押し付けだ。分かったか?』
ーあの人の声を思い出す。
温かく大きな掌と煩い笑い声と、嫌な記憶と共に。
嫌だ、嫌だ、忘れたい。俺は強くない、優しくない、ただの偽善者だ。
その優しさで俺を、認めないでくれ。
ブンブンと頭を振ると、またあの時の音が響く。
ピーピーという、機械的な、医療的な、気持ちの悪い音。
『そんなこと言わないでよ、悠くん。僕は悠くんを尊敬してるよ?自分を否定しないでよ。あ、ならさ僕が悠くんを肯定してあげよっか?』
優しい微笑みでそう言った、可愛い物が大好きなあいつを思い出す。
いつも弱音を吐かないあいつに無理をさせないよう俺たちはあいつを絶対に傷つけないと約束したことも思い出す。
結局、俺のせいで泣かせてしまったが、
これも、運の尽き…か。
はは、もういい。偽善でいい。俺は屑の俺でいい。
…このままでいいんだ。
「筆箱、貸して。」
「もう、なに言ってるの?春瀬くん…汚いよ?」
そう言って作り笑いを浮かべる彼女の筆箱を奪い取る。
リュックサックからウェットティッシュを取り出してゴシゴシと拭く。
彼女の心の染み付いた汚れは取れないかもしれない、けど、汚れないようにすることはできる。
「昔は信じてたよ、全部。でも、結局バラバラになるんだ。」
「…解散の話…?」
「俺は誰にでも優しく出来ることも無いし、きっとこれだって偽善さ。」
「…そうかな」
「そうさ、人間だから。…仲間より根本的には人間だから、辛いことがあったら責め立てる。」
「うん、そうだね。……そう、だね。」
筆箱は以前見かけた時よりくすんでいたが、先程よりは綺麗になった。
ほら、とそれを彼女に突き返す。
「え、あぁ、ありがとう。」
余程大切な物なのだろう、筆箱を抱いて、彼女は微笑んだ。
俺はまだ言葉を続ける。
「だから、俺は作れない。…音がもう、分からない。聞こえない。…降りて、こない。」
ハッとした表情で俺を見つめる。
「…それって…。」
悲しそうな彼女にあえて何も言わなかった。
「…俺は天才じゃない。秀才でもない。天才とか、秀才なら、諦めたりしないだろ?でも……、まだ、俺には音が出てこない。…音がないと、作らないと、存在意義も、理由も、俺には何も無いのに!」
叫ぼうとした訳でもないのに俺の言葉は彼女との空気を切り裂いた。
声が上ずる。
「…だから、手伝って欲しい。」
「…何を?」
彼女怪訝そうな顔で此方を窺った。
「音を、見つけるために。…俺は、音楽以外分からない。でも四季さん、君なら分かるだろ?そういうの。」
「…うん、今もか、どうかは分かんないけどね。」
俺の言葉で彼女に影が指す。
「君が良ければ、で良い。」
「…ふふ、あはは!こんなの受けるに決まってるでしょう!私としては、春瀬くんと一緒にいれるんだしさ、お得すぎるでしょ!?あー!春瀬くん、本当に最高!」
影さえも消し去る彼女の笑い声。
腹の底から大きな声を出して言う、彼女が輝いて見えた。
眩しくて見ていられない、宝石のようなこの姿は、誰もが知っている人気者の、四季さくらだ。
「…じゃあ、よろしく。」
「こちらこそ!よろしくね!」
真っ赤に染まりつつある教室で二人は固く握手を交わした。
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