第1話 桜は人の目を奪う。
「…というか、俺バンド組んでるって言ったことないし、そもそも肯定すらしてないんだけど。」
「その口調は肯定してるって受け取っていいんだよね?」
瞳を輝かせながら問う彼女に嫌気が差す。
思い出したくもないことを思い出させる夏の日差しのようで鬱陶しい。
あぁ、もう。
「勝手にしなよ。」
「『
ボーカルの!!私さストレス発散にライブハウスに
よく行くんだ!こう、なんか聴いてるとぶわぁぁ!って頭に入ってくる感覚が大好きでさ!!!
『春夏秋冬』は私が一番好きなバンドなの!!
ボーカルのはるくんは、低音が美しくて心に響くし、なつさんのベースは控えめでありつつも引き寄せられるんだ…。あきさんのギターも無理に見せつけるわけじゃなくて気がついたら"魅せられてる"というか、本当に素晴らしい!しかも、ふゆくんのドラム捌きはあの小さな体のどこから出るの!?
ってくらいの大音量が心というか魂に響く感じが、
本当にエモい!!歌詞にも音にも心が震わされるというか、曲も歌詞も霞まない美しさが神!!!
全人類『春夏秋冬』を知って!!お願いっ!!!
あー!会えて良かった!!生きてて良かった!!」
それを聞いてる相手がどんな気持ちか、知らない癖に。
馬鹿馬鹿しい、煩わしい。
ほぼ聞き流すようにして落としたほうきを拾う。
俺は昔の頃みたいに救えないのに…。
もう、神様なんかじゃ、無いのに…。
…馬鹿馬鹿しい。
「…と、言うわけでまぁ、隠してたんだけどさ、
結構なオタクなのよ。初めて春瀬くんとクラス同じになってさ、はるくんだ!!!ってびっくりしたけど私には恐れ多くて話しかけられなくてさー。それに、いつもマスクしてて確信が持てなかったしね。」
久々に彼女の笑顔を見た。
さくらという名前に似合わず、明るすぎる笑顔に眩暈がする。
きっと、俺らの曲は彼女を救ったのだろう。
彼女の口から出てきた言葉には嘘はないと分かっている。知っている。
けど、
「それ、昔の話でしょ?今は違う。君が知っている仲良しこよしの俺たちはもういないし、諦めて欲しい。」
無理だ、無理なんだ。
壊れたら、元には戻らない。
そう言ってしまうと俯いた彼女に声をかける。
「ごめん、ちりとりとこぼうき、お願い出来る?」
埃を一ヶ所にまとめる。
彼女が近くのちりとりとこぼうきで埃を取る。
ゴミ箱に捨てに行くだけでも凛としている彼女が奇病に罹っているなんて嘘だと思った、今も尚。
モデルと間違えそうなほど美しい容姿。
ハキハキと話す優しく心地よい声色。
諦めず努力を惜しまず励む態度。
人を助ける思いやりのある心。
そして、誰もを惹きつける笑顔。
全て彼女が努力して手に入れた美しさなのだろう。
「あ、私の筆箱こんなところにあった。」
その容姿に生傷が絶えないようになったのは、
常に感情の無い声で話すようになったのは、
どうでもいいよ。が口癖になってしまったのは、
与えた思いやりを奪われてしまったのは、
無表情で、俯くようになってしまったのは、
そう、なってしまったのは、誰のせいだろうか。
どこかのメーカーの桜模様の筆箱を彼女はゴミ箱の中から取り出した。
運んでいた机から落ちたのは、淡い桃色の消しゴムだった。
拾ったそれは、かすかに桜の香りがした。
きっと、見ているだけでも桜は綺麗すぎて目立ってしまうのだ。
だから『桜の樹の下には
なんて言うんだ。
殺すのも、埋めるのも、全部人間なのに。
全て美しい桜のせいにされるんだ。
なんて、今の彼女を助けなかった自分が思うのは
間違っていると分かっているけれど、
臆病者の俺には伸ばされた手さえも救えないのだ。
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