登場

 玄関の前で穂花と別れた後、ポケットに入っている鍵を使い、中に入る。


「ん?」


 中に入ると玄関に見慣れないビジネスシューズが置いてあることに気づいた。


 もしかして……?


 リビングに入ると、テーブルの前にその人物は座っていた。テーブルの上には飲み終えたであろう缶ビールが何本か置いてあった。


「おう、おかえり」


 リビングに入ってきたおれを見て、そう言う。


「帰ってきてたんだ」


「ああ、ついさっきな。しかし、驚いたぞ。家に帰ってきても誰もいないんだから」


「ごめんごめん。穂花の家で晩ご飯、御馳走になってきてさ」


 言いながら、カバンを適当な場所に下ろし、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、それに口をつける。


「ほお、穂花ちゃんと。それは羨ましい限りだな。オレも誰かの手料理食いてぇな……」


 半ば嘆くように言いながら、ビールを煽る。


 おれの目の前にいるのは、父親のあきらだ。


 無精髭を生やし、仕事の疲れからか少しやつれているように見える。

 親子は大手航空会社のパイロットを務めており、そんな父さんをおれは兄貴共々尊敬している。

 その仕事上、不規則なスケジュールで働いており、こうして会話するのも久しぶりだ。

 思えば、今週初めて会うな。


「あれ、そういや母さんは?」


 唯一、手料理を作ってくれそうな人物がこの場にいなくて、おれはそう尋ねた。


「今回は珍しく別々のフライトでな。明日帰ってくるよ」


「そうなんだ」


 母さんも父さんと同じ航空会社で働いており、キャビンアテンダントを務めている。

 いつも、同じスケジュールで動くはずなのに、今回は珍しく違ったみたいだ。


「兄貴もまだ帰ってないんだ?」


「ああ。あいつはまだ若いのにいつも忙しくしてるよな。本当にオレの息子か?」


 そう言って、苦笑を浮かべる。


「それより、お前はどうなんだ?最近」


「え?」


「穂花ちゃんとだよ。まぁ仲良くはしてるんだろうが、一応聞いておきたくてな」


「別に……普通だよ」


 言いながら、おれは父さんと向かい合わせになるように反対側のイスに座った。


「普通って。もっとこうあるだろ?どこまでやったとか。もうチューはしたのか?いつしたんだ?あと場所は?」


「いや、言うわけないだろ!?」


 なんで、そんなこと父親に言わなきゃいけないんだよ!


「おっと、その反応はもう経験済みか?中々やるじゃないか」


 言って、ニヤリと口の端を歪める。


「くっ……」


 くそ、ハメられた……


「しかし、あれだぞ?ちゃんとそういうことをする時は手順を守ってだな……」


「わかってるって!ってか、たまの会話でなんでこんな会話になってんだよ!?」


 おれはたまらずツッコミ、イスから立ち上がり、カバンを手に取ると、リビングから出ていった。


「部屋に行くのか?」


「あ、ああ……穂花に電話しなきゃだし……」


「あんまりハメ外すなよ……」


 今度は含み笑いをしながら、父さんは小さく言った。

 たまに帰ってくるとこの調子なんだもんなぁ……

 いい父親だと思うけど、こういう時がものすごく面倒なんだよな……

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