HENTAIと笑顔
翌日。
「んんん……」
カーテンの端から差し込む光が顔に当たり、眩しい。もう朝か……
昨日は早めに寝たのに、いつものように眠い。せめて、あと五分……
「はいはいー。朝だよー。起きてねー」
そんなおれの願いとは裏腹に、おれを優しく包んでくれていた毛布が無情にも、ひっぺがされてしまう。さようなら、毛布……
「もうご飯できてるから、早く食べちゃってね」
ベッドの上で上半身を起こすと、おれの目の前には、水色のエプロンをつけた穂花が立っていた。
ということは、今は朝の七時過ぎだ。
これもいつもの光景。毎朝、おれの家に来ては朝ご飯を作ってくれている。
そして、その後、一緒に登校するわけだ。
「ああ、いつもありがとうな」
「気にしないで。それじゃあ、早速……」
そう言って、穂花はおれからひっぺがしたばかりの毛布を掴むと、それにくるまりだした。
「はぁはぁ……んん、新鮮な優君の香り……ああ、はぁ……たまらんですばい……」
ニタニタとものすごくHENTAIな笑みを浮かべる穂花。これは、まだクラスの連中には見せていない、おれだけが知る犯罪者顔の穂花。
しかし、おれはお前が幸せなら、それでいいよ……
それより、ですばいって、どこの方言なんだよ。
朝ご飯を作ってくれる代わりに、穂花はこうして、いつもおれの成分を摂取している。
寝起きに摂取しないと一日のリズムが崩れるらしい。というか、生きていけないらしい。
新種の生き物なのかな。
「ほどほどにしておけよ……」
グヘグヘと言いながら、毛布についた匂いを嗅いでいる穂花にそう言った後、おれは階段で下に降り、洗面所で顔をバシャバシャと洗った後、制服に着替えると、リビングに入る。
リビングには兄貴がおり、既に穂花の作った朝ご飯を食べ終えていた。
優雅に新聞を読みながら、コーヒーをすすっている。
まるで、これから出勤するサラリーマンのようだ。本当に20なのかなと思ってしまう。
「今日は朝から大学なの?」
「ああ、図書館で少し調べたいことがあってな。帰りにも遅くなると思う。悪いが、晩ご飯は適当に済ませておいてくれ」
「ん、わかった」
おれは返事をしつつ、兄貴の向かい側に座り、穂花の作ってくれたご飯を頂く。
ウインナーにスクランブルエッグ、ジャムのついたトーストにサラダのセット。
相変わらず、うまそうだ。
「それより、お前に少し伝えておきたいことがあるんだ」
「ん、何?」
「実は僕と同じ大学に通う同級生がな、穂花君のことをどこかからか、嗅ぎつけたらしくて、僕に紹介してくれとしつこくてな。まぁ、お前のこともあるし、そいつには、彼氏がいるからと言ったんだが、どうにも話が通じなくてな」
「それはまた大変だったね」
「いや、大変なのはお前だと思う」
「え、なんで?」
「そいつ、頭はいいんだが、あまり良い噂を聞かなくてな。穂花君を口説けないと分かれば、何をするか分からないんだ。だから、お前に伝えておこうと思ってな」
「へぇ……」
「もし、その時が来たら、穂花君をしっかりと守ってやれよ」
そう言ってから、兄貴は立ち上がると、おれの肩をポンと叩いた後、使った食器を流しに持って行き、そのままリビングから出て行った。
「守ってやれか……」
まるであの時みたいだな……
おれはすっかり冷めてしまったコーヒーをすすりながら、そう思った。
って、あれ……
あの時って、いつの時だっけ……
そもそもなかった気がする……
なんか空気に流された……
♦︎
「よし、行くか」
「うん!」
今は朝の八時過ぎ。
朝ご飯を食べ終えたおれは、朝の成分を摂取し終えた穂花と共に家を出て、学校へと向かう。
家を出て、すぐに穂花はおれの腕に抱きついてくる。
すれ違う人からは、驚きの顔や奇異に満ちた表情を向けられるが、もう慣れたものだ。
最初はもちろん、恥ずかしくて、穂花にやめてほしいと頼んだが、穂花はものすごく残念そうな顔をしたし、そのせいで電柱や人にぶつかったりと、ポンコツロボみたいになってしまったので、こうして腕に抱きつくようになるのを許可したわけである。
今となっては、恥ずかしいとはちっとも思わないし、むしろ、俺得みたいな感じなので、お互い損はしないわけなのである。
「そういえば、今日は兄貴も帰りが遅いって、さっき言われたんだ。良かったら放課後、どこかに行かないか?」
「え、本当!?うん、行く行く!実はお友達にオススメなお店教えてもらって行きたかったんだ!」
おれの言葉に満面の笑みを浮かべる穂花。
相変わらず、かわいいなおい。
「じゃあ、そこに行くか」
「うん!」
穂花はよっぽど嬉しかったのか、おれの腕を抱きしめている力を無意識なのか、強くする。そのおかげで密着具合が加速する。
うん……朝から……いいね……
おれはたまらず、そう思ってしまうのだった。
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