よくできた兄

 宿題を始めてから二時間後。


「はぁ、やっと終わった……」


 ノートと教科書を閉じ、ようやく宿題から解放されたおれは、イスから立ち上がると、よろよろとベッドの上に横になる。

 まさか、こんなにかかるとは思ってなかった。もう夕方の六時を過ぎている。


「お疲れ様ー!」


「あ、ああ。いや、本当にありがとうな。助かったよ」


 結局、おれは半分ほど、穂花にわからないことを質問してしまっていた。

 当の穂花は30分ほどで宿題を終わらせていた。

 さすがと言わざるを得なかった。


「ううん、気にしないで。私は優君の真剣な表情をずっと堪能できて幸せだったから。御馳走様……」


「ああ、うん。なら良かったよ……」


 何が御馳走様なのかは、敢えて聞かないことにしておこう。


「お互い、そろそろ晩ご飯だろうから、一回切るぞ?」


「え……」


 おれの言葉に穂花はものすごいショックを受けた表情になる。

 遊園地に行くのを心待ちにしていた子供が当日の朝になって、行けなくなったと言われた時の顔に似ている。なんだ、この例え。


「今日はずっと、このままでいてくれるって約束したじゃん……」


「いつしたんだよ」


 そんな記憶全くないんだが。


「ひどい!私を捨てて、違う人の元に行っちゃうのね!優君のバカ!好き!大好き!」


「うん、ありがとう」


 ひどい罵声が来るかと思ったら、まさかの告白だった。

 ここは素直にありがとうと言っておこう。


「晩ご飯食べたら、すぐ連絡するから。それにそっちだって、ご飯食べないとだろ」


「うん……そうだね。じゃあね……」


 少し名残惜しそうに、穂花は通話を切った。

 通話をしっぱなしだとすぐに電池が切れてしまうのだが、この専用のスタンドだと充電もできるので、楽だ。

 おれは携帯をスタンドから取り出すと、それを持って、階段を降り、リビングへと向かった。


「もう終わったのか?通話は」


 リビングに入ると、ソファに座り、テレビを見ていた人物が話しかけてくる。


「ああ、うん。気を遣わせて悪い」


「気にするな。しかし、学生として、節度ある行動を心がけろよ」


 そう言って、ソファから立ち上がると、リビングを出て行った。


 先程、おれが話していたのは兄の正樹だ。

 3つ上の20の大学生。

 メガネをかけ、シュッとした身体つきに、整った顔立ちもあって、かなりモテるらしい。

 最も、本人はそういうのにはさほど興味はなく、目立った交友関係もあまり無い。

 兄貴は少し離れたところの大学に通っている。おれと違って、成績優秀。

 卒業したら、起業すると言っており、その言葉通り、既にかなりの人脈を取得している、有り体に言えばエリートなのだと思う。

 そんな兄貴をおれは尊敬している。


「ああ、そうだ。父さん達はまた遅くなるらしいから、何か頼むつもりだが、リクエストはあるか?」


 用件を思い出したようで、リビングに戻ってきた兄貴がそう言う。


「特にないかな。兄貴に任せるよ」


「そうか、わかった」


 そう言って、携帯を取り出し、再びリビングから出ていく。


 おれ達の両親は航空関係の仕事に就いており、長期で家を空ける方が多い。

 なので、必然と外食が増えるわけだ。

 料理も作った方が良いのだろうが、何分、男兄弟だとそういうことも、ほとんどしないのが現状である。


 まぁ、手料理なら毎朝食べてるしな……

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