25話



「素晴らしい! 減点はゼロだ。この答え合わせは紛れもない正解だとも!」


「それはどうも。……全部知っていた奴に褒められるのは、良い気がしないもんだな」


 俺は不貞腐れた気持ちでそう言った。


 こうして正解だと言える時点でこいつもまた同じ結論へ辿り着いていたわけだ。


 そんな奴の前で得意気に語るというのはどうも気が引ける。


「いやはや、謙遜はいらないよ、進一君。君の理論構築は素晴らしいの一言だ。よくぞこの事件を読み解いたね」


「謙遜じゃねえよ」


 何故これを謙遜に聞こえるのだろうか。甚だ不思議な耳をしている。


「にしても意外だったな。お前がここら辺の謎をあの場で言わなかったのは」


「言っただろ? 尊敬だ、と。彼女は非常に高潔な人物だった。盗み出した手帳は紛れもないネタの宝庫だ。鍵が掛けられてるとはいえ全体的な装飾は皮でしかない。破壊さえすればいくらでも情報を抜き取れてしまう。にも関わらず、彼女はあくまで自らの手で情報を得ようとした。……やったことは褒められたことじゃない。だがそこには信念があった。それを私は好ましく思えたのさ」


 三石は初対面のとき言っていた。


 ネタのために犯罪もいとわないが、他人のネタを盗みはしない、と。


 彼女なりの記者魂とでも言うべきか、なんにせよ彼女の意志は硬く、確固たるものらしい。


「だからあの場で指摘せず五条に悟られないようにした、と。甘いんだか厳しいんだか」


 俺はそう言ってカメラをひっくり返す。ここだろうか? いや違う。なんか砲身みたいなのが取れてしまった。壊れたか?


「……しかし不思議だね。君はきっとカメラからフィルムを取りたいのだろうという推測は出来るのだが……さっきから何をしているんだい?」


「うるせえ。こんな古いの見たことも触ったこともねえんだからしょうがないだろ」


「扱いが分からない、と。貸したまえ。……まったく、機械オンチは玲奈だけで充分だよ」


「機械オンチじゃない。初見の道具に弱いだけだ。……にしても五条は一体何がしたかったんかね。新聞部を封鎖だけして放置。機械に疎いから撮影データを探し出すことが出来なかったんか?」


「そんなところだろうね。資金だけはあるからフィルムを買い取るつもりだったのか。もしくは業者でも呼んで現像してもらう予定だったのか。どちらにせよ問答無用に焼却処分とかをしない甘さが、実に彼女の人間味だと思うよ。権力を行使する汚さも含めてね」


 ホム子はカメラを弄る。話しながら手早くフィルムが収められた場所のロックを外し、取り出すはロール状に巻かれた黒いフィルムだ。


「はて。勝手に見てもよいものか……。三石くんが必死の思いで確保したスキャンダルだよ?」


「あのとき、三石が俺に託してくれた時点でオッケーってことだろ。……それとも見ないのか?」


「はっはっは! ……まさか」


 そうこなくては。


 俺とホム子。二人でウキウキしながらフィルムを手に取った。


 やはりお互い底意地が悪いのだろう。


 他人のスキャンダル程楽しいものはないといったような表情だ。


 広げて見れば予想通り、そこには既に現像を終えたものだった。


 これを光に透かせば……


「……ああ、成程ね」


 ────納得だ。


 そりゃあ、こんな写真は他人に見られたくないだろう。


 俺が呆れる横で、ホム子はバシバシと俺の足を叩き、笑っている。

  

 痛いからやめて欲しい。


「はっはっは! 笑えるね。ああ、成程! これは私も知らなかったよ! 確かに、彼女は良くあそこの部長とヒソヒソしているのを見かける。これの打ち合わせだったんだね!」


 そういえば……と俺は幾つかの情報を思い出す。


 新聞部の対面一個下の部屋は、被服部が活動する家庭科室であること。


 射場曰く、その被服部には週に一回ほど昼活動がない日があるとのこと。


 ホム子の笑いに釣られて俺も笑う。


 それにしても素晴らしい特ダネだ。きっと光石望は将来良い記者になることだろう。

 それにしても驚きだ。厳格でクールな五条玲奈がまさか……


「……まさか魔法少女だったとは……ね」


 薄いオレンジ色をしたネガ特有の色合いを持つ画面の端。


 そこには被服部……通称コスプレ部とも呼ばれるコスプレ愛好家たちのの活動場所である家庭科室にて、キャピキャピの格好を喜んでする風紀委員長の姿がしっかりと写りこんでいた。


「……しょうもないな」


「はっはっは! しょうもないとは酷い言い草だね! ふふふっ、しょうもない。だがまあ、秘密とは案外そんなものなのかもしれないね」


 風紀委員長・五条玲奈。


 彼女の秘密である被服部での週一撮影会を肴に、俺達はしばらく笑い転げた。



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