24話
「彼女はあのカメラを盗み出すために風紀委員室へ忍び込んだと? 面白い発想だね」
彼女の浮かべるニタニタとした笑いが、実に嫌らしく思える。
答えを知っている者の余裕だろうか。俺はホム子の掌で踊る気分になりながらも続けた。
「そうじゃない。光石が本当に忍び込みたかったのは風紀委員室じゃなく……その下。閉鎖された新聞部だ」
「…………」
これが俺の導き出した回答だ。
「こんな古い型のカメラを風紀委員が所持しているとは思わない。なら誰が? 新聞部の備品って考えるのが自然だな。ってことは何処から持ってきた? 部室だ。だが部室は封鎖されている。ドアを開けて、ってわけにはいかないな。じゃあどうする? ……窓からの侵入ってわけだ。光石は手帳を盗み出してすぐ窓から階を下って部室に侵入したんだと思う。道具は……隣の物置だろうな。あそこは学校行事の用具が置かれてるんだろ? なら卒業式なんかでかけられる横断幕でも使えばロープが作れる。これを命綱にしていたんだろう。……ここまで質問はあるか?」
「光石君の目的は新聞部への侵入。では手帳を盗み出した理由は?」
「風紀委員の誘い出し、じゃないか? 前回の茶番劇。嘘の事件でありながら風紀委員は捜索に駆り出されていただろ? リアリティを出すためなんだろうが、逆に言えば本当に事が起きたら同じ対応をする。いや、どころかもっと大きく動くってわけだ。事実俺達が現場に着いたとき風紀委員室は無人だった。それを前回の密着取材で確認した光石は安全に作業を進めるために風紀委員室に人がいなくなる時間を欲したってなる。だってそうだろ? 下の階から登ってくる場面を見られたら一発で犯人だ。異論・反論は?」
「無いね。実に淀みない」
「なら整理するぞ。……昼休みに新聞部へ降り立った光石はそこである確認をしたかった。要するに新聞部の部室が閉鎖された理由だな。光石はその根拠が部室にあると考えた。当然だ。だからこそ部室の仮移転なんて中途半端な処理になったんだから。そしてその根拠とは恐らく定期的に撮影されていたとされる窓からの風景写真。これを手に入れるために部室へ行ったんだろう。記者魂だろうか好奇心だろうか。どちらにせよ、随分アグレッシブな新入生だな」
長く話したものだ。俺は温度の下がった紅茶を啜り、口を潤した。冷えてもなお美味しい紅茶を楽しみながら俺は言う。
「第三証言者・山田に男装姿の自分を見せた後、また新聞部へ戻り、光石は昼休みから放課後にかけて現像作業でもしていたんだろう。新聞部に保管されているネガをな。それ以外に放課後まで残ってする作業はない」
「はて。そこまでして一体何を知りたかったのかね、彼女は」
「ズバリ五条玲奈のスキャンダル。しかも彼女が権力を私用してまでも隠したがる程で、なおかつ負い目を感じる程個人的な事情だ」
「盗撮事件で確認されたのは玲奈の裸写真なのだろ? それは新聞部・風紀委員立ち合いの元で確認した事実であり、三石くんも見た写真だ。今更なにを確認するんだ?」
「ただの裸なら五条が負い目を感じる必要がない。……てことは、だ。立ち合いで確認した写真は五条の裸だったってだけで、それ以外のシーンの方が重要な場面なんじゃないか? 私的に権力を使ってまで隠したいほどに」
「こうも考えられるね。新聞部へ介入するための口実にわざと裸の写真を撮らせた、なんてね」
まああの剛腕と性格だ。そっちが正解なのだろう。
「問題になった新聞部の活動は定期的に部室窓から外の風景を撮る、ってもんだ」
今風に言うならタイムラプスみたいなもんだろうか。
毎日毎日、決まった時間に決まった角度から写真を撮る。
そうだと言うなら、次にこう考えるはずだ。
「……ってことは、だ。別の写真、別の週の写真なら、その重要なシーンが撮影されてるんじゃないか?」
俺は棚からカメラを手に取った。
はて、これはどうやって中のフィルムを取り出せるのだろうか。……これか?
……あ、違う。
フラッシュを焚いてしまった。
「デジカメに無くて一眼レフにあるのは『収納スペース』だ。フィルムが収められる空間に現像されたネガを入れておけばデリケートな素材も守られるだろうし」
「フィルムなら専用のケースだってあるが?」
「あれだけ校内で網を張っていた状況だ。持ち物検査でもされてもし見られたらどうする? カメラなら持ち物として認識されるだろうが、中のフィルムまでチェックされることは可能性として低いだろうよ」
デジカメならデータチェックするかもだが、現像されてないフィルムを抑えるとは考えづらい。
適当に操作しながら、推論の締めをする。
「誤算だったのは俺達の存在だな。光石は全ての作業を終えてから三階校舎へと戻った。そこには当然人はいない。だが廊下からは俺達の声がする。馬鹿正直に部屋から出れば怪しい。だからしょうがなく彼女は俺らの死角。風紀委員室から繋がった物置の方から静かに廊下へ出て声を掛けた。声を掛けざるを得なかった。カメラを持った状態でな。……後は知っての通りだ」
だからあのとき、現場に入る直前、三石が急に現れたように感じたのだろう。
というか、『ように』ではなく実際に急に現れたってことか。
それはビックリするわけだ。
残った紅茶を一口で飲み干し、俺はお代わりを要求しようとカップを差し出した。
しかしその要求が受け入れられることはないようだ。
「────素晴らしい!」
聞き終えたホム子は立ち上がり、俺に向かって手を叩く。
惜しみない賞賛の拍手だ。
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