21話



「いっ……‼」

 


 俺はマットへと叩きつけられ、声にならない声が漏れた。


 身体は衝撃を受けた。


 足先に響いた反動は膝から腰へ段々と上っていく。そうして俺は転がるようにして身体の体勢を崩し、一回転していく。


 いくらマットがあったとはいえやはり衝撃は相当なもので、即座には動けなかった。


 だが無事だ。怪我はない。


 それを確認した俺は即座に立ち上がって校舎を見る。


 窓は開かれていたので一息で飛び越えて中に入った。


 ふらついた足元を無視して、前へ。


 入ってみて気付く。今いる場所、教室は多少内装こそ変わっているが、今はもう懐かしいかつて我が城だった……旧文芸部室だ。


 かすかに残る古本の香りは一瞬脳内に思い出を蘇らせるのだが……今は忘れよう。


 懐かしの部屋から出た俺は、まず左右を見た。


 人影は見えない。だが方向は分かった。


 単純なことだ。ここは校舎の中でも南西の端にある。校舎の形を【工】と書き上を北とすれば、左下の隅だ。


 つまり出てすぐ右に行っては行き止まりになる。


 そんな場所に逃げ込んだりはしないはず。そう考えて更に思考は先へ。


 三択だ。共犯者の行き先は①真上 ②右下 ③北校舎


 ……真上は無い。上にはホム子達がいるからだ。

 


 彼女達も当然今頃は階段を降りているはず。下から上へ行っては鉢合わせになるだろう。


 右下、つまり南東方面もない。


 今走っている南校舎の一本道。そこを真っすぐ行っては行き止まりになる。それに俺が現時点で見ていないとなればどこかしらで曲がったはずだ。


 ……途中の教室に入っていったことも無い。


 今はどこも部活中だ。どの教室にも生徒がいる。そんな場所に急いで入ってしまっては後日、風紀委員の人海戦術で炙り出されるに決まっている。


 多くの可能性が脳内で浮かび、消える中。残された可能性は一つだけだった。


 ……中央渡り廊下!


 北校舎に渡ってしまえば上へも左右どちらにでも一気に選択肢が増えることとなる、後は多くいる生徒に紛れてしまえば完全なる逃げ切りだ。


 逆説的にそこまでが俺にとってのデッドライン。そこまでに捕まえなければならない。


 なのだが……


「はや!」


 思った以上に共犯者の足は速かった。俺が道を曲がり、渡り廊下へと顔を出した頃にはもう半分程を過ぎ去っていた。


 判断自体は正しかったが身体スペックの方が不足気味だ。


 ホム子の言う通りもう少し鍛えておくべきだったかもしれない。

 

 しかし共犯者の姿は捉えた。遠目で正確には分からないが、恐らくは女性。


 だがその格好はマントのような物で包まれていて誰かまでは分からない。やはり直接捕まえるしかこの共犯者の犯行を裏付ける方法は無いようだ。


(……いけるか⁉)


 俺は自問自答する。


 ギリギリだ。このまま行けばギリギリ、間に合うかどうかというタイミング。


 廊下を足でキュッキュと鳴らし、校則など知ったものかとばかりにギアを上げた。


 一方で共犯者は階段を上がることを選択したようだ。


 渡り廊下から真っすぐ進み、速度を保って階段に足を掛ける。


 一足飛びで駆け上がる足取りに淀みは無い。


 そうしたギリギリのタイミング。階段の踊り場に共犯者が辿り着き、俺がさあこれから階段を上ろう! とする。


 そんなタイミングで共犯者に新たな動きがあった。


 ……共犯者がまとったマントを投げ捨てたのだ。


「──⁉」


 視界が埋まる。黒一色しか見ることが出来ず一瞬にして共犯者の姿が掻き消えた。



 だがまだ大丈夫だ。行った先は分かる。この程度の目くらましで撒かれるようなことは無い。


 そう思い、俺はブレーキを掛けず前へ出た……瞬間だ。






 ……あ、やっべ。


 俺は理解した。駄目だ、と。このままではコケる。


 共犯者の目的はそれだ。俺の視界を奪うことじゃなく、その先にあったのだと気付いたときにはもう遅い。


 単純なことだ。


 俺は相当な速度を保ってここまで走って来た。今更止められるようなものじゃない。


 そして共犯者はマントを投げた。それは一瞬広がり、しかし後は重力に従って落下する。

 俺が階段を踏もうとしたのは、まさにその落下した後のこと。


 今更足元に滑りやすいマントが広がったからといって、止められるようなものじゃない。


 現実は次第に予想へと追いついて行った。


 広がったマントの上に俺は勢いよく足を踏み込み、そして……


「~~~~~~~~ッ⁉」


 俺はバランスを失って前につんのめる。幸いにも怪我をすることはなかった。顔が地面にぶつかる寸前のところでなんとか手を眼前に出しカバーすることが出来たので痛み自体はなかった。


 だが問題はそこじゃない。


 ただでさえギリギリだったのだ。ギリギリのタイミングとはつまり、そこから一歩でも踏み外せばもう間に合わなくなってしまうということ。


 俺は即座に立ち上がった……のだがもう遅かった。階段の上にはもう人影が見えず、共犯者がどちらへ行ったのか分からなかった。


「……ッチ…………‼」


 クショウ! と。そう叫び出しそうになった直後だ。


『────キャア⁉』


「⁉」


 短い悲鳴が聞こえた。丁度この上。階段からそんなに離れていない所からだ。

 俺はすぐに向かった。階段を駆け上がる。そうしたらすぐだ。上がり切った場所からすぐにそれは見えた。





「……な、何してんすか、先生」


 ミス研顧問であり、俺に部室統合を言い渡した森秋先生が尻もちをついて倒れていた。

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