19話

「共犯者……。想定していなかったわけじゃない。むしろそうでなければ説明出来ないことがある。三人の証言者だ。確か第一証言者・第三証言者は光石君と同じクラスに所属していたはずなんだよ。当然、彼女が風紀委員じゃないことは知っているはずだ。では一体誰から、もしくはどうやって今日が面談日だということを知らされたんだ? 当然そこのところは聞いてあるのだろ?」


「……ええ。彼らが何故この日かと勘違いしていたのか。それは今朝のホームルームで三人に紙が渡されたから、だそうよ。しかもちゃんと風紀委員の、そして教員の判も押された正式なものをね」


「そういうことだ。これは一介の新聞部員には難しいだろう。いや、もしかしたら今回以前にもこの部屋に忍び込み、判子を盗んでいた、なんてことだったら可能かもしれない。その可能性はあるかな?」


「絶対に無いわ。判子は手帳と一緒に金庫で管理されている。もし盗み出せたのだとしたら、そのとき本命である手帳を盗みだせば良かっただけのこと。それに今回がイレギュラーだっただけで、基本的には風紀委員室には誰か一人が常駐しているわ。そう何度も忍び込めるチャンスは無かった。……ってなると内部犯の線もあるってこと⁉ ああ、もう……」


 頭を抱える五条。ここに来ての共犯者浮上。そして内部犯の可能性も浮上だ。それは頭も抱えたくなるだろう。


 そんな彼女を見て、ホム子は「では!」と元気良く語ろうとする。


 次の推理へ移ろうとしているのだろう。


 長々と何かしらの説明をするホム子だが、何を言っていたのかは正直忘れた。


 まあ忘れている時点でどうでも良い前口上だということは間違いないだろう。


「──そこまででよろしいでしょう」


 そんなホム子の無駄な口上を、光石は遮って前へ出た。


 一言、流石ですとホム子を称えた。


「流石は名探偵を自称するだけのことはあります。貴方の推理は全て正しく、何一つとして間違いはありません。故に私は全面的に犯行を認めようと思います」


 随分あっさりと、そうこちらが感じてしまうぐらいに簡単に光石は罪を認めた。


 これに訝しんだのは俺だけじゃない。ホム子もだ。


「随分急に止めてくれるね。これからが私の真骨頂だというのに」


 自信満々なホム子。まだ暴き足りない謎があるようだ。だが対する光石は降参とばかりに諸手を上げた。


「はて、これ以上何の推理をするつもりなのですか? 手口と種はもう明かされました。再犯防止という観点で見てもこれ以上必要とされる情報は無いように思われますが。ではありませんか、五条会長? 勿論詳しい供述もする予定です」


「……では聞いても良いかね? 君はこの計画を、どの段階から企てていたのかな?」


 ホム子は問いかける。それに対し光石は動じることなく、淡々と口を開いた。


「……何かしらの行動を起こそうと考えたのは先輩方が活動停止処分を受けてからすぐでした」


 話を聞き、俺は首を傾げた。


 先輩方の活動停止処分。つまりは新聞部の不祥事のことだ。


 確か部室から見下ろした向かいにある着替え用の空き教室を盗撮した、という事件だったはずだ。


 なぜその話がここに来て出てくるのか。


 その疑問を頭に残しながら、三石の話を聞く。


 当の彼女は顔を上げ、ふと窓の外を見た。


「信用していた、と言う程彼らの素性を知ったものではありません。ですが、それでも幾つか納得出来ないことはありました。問題となったのは部室窓から見える日常風景の撮影という活動でした。ここに女子生徒の裸が写った、とのことです。この活動は前々から定期的にやっているもので、今に始まったことじゃないんですよ」


 何故それが今更問題になったのか。それが一つ目の疑問だと光石は語る。


「それと、腑に落ちなかったのが部室に関する処分もです。正式な移設でも使用禁止でもなく、一時的な封鎖。どちらかと言えば甘いと感じました。冷静で高潔な五条玲奈先輩にしては非常に甘い処分に思えます。それは後日密着取材をしたことにより一層確信しました」


「そこで君はこう判断したわけだ。この処分には裏がある、と。そして処分の甘さを見るからに……何故か玲奈が負い目を感じているのではないか? とね」


 はい、と光石はホム子の質問を肯定した。


「しかし不思議でした。結論から言えば確かに先輩方が撮影した写真には女子生徒の着替える場面が写っており、先輩が負い目を感じる必要性が得られないものと判断出来ます。……新聞部の名誉にかけて誓いますが、その女子生徒の写真が撮影されたのは完全なる偶然です。事実として我々がそれを現像・確認したのは盗撮騒ぎが起きた後。証拠として確認を命じられた際ですし」


「新聞部はその写真を現像すらしていなかったと?」


「恥ずかしい話、皆様非常に適当な性格をしているもので。部室も散らかり放題でネガなども無造作な保管がされていたんですよ。ですがまあ、言い訳にもなりませんね。事実としてそういった写真が撮れてしまったのですからそれは我々の落ち度です。そしてここでも疑問を得ました。何故玲奈先輩は我々すら認識していなかったそのネガの存在を認識していたのか、と」


 ここから犯人である光石から探偵であるホム子へと説明のバトンは移された。


「自然に考えれば分かることだね。人は視線に敏感だ。例えそれがカメラ越しであっても。ならば玲奈自身が気付いた要因はそこに有ると考えれば良い。ようするに……」


 ホム子は少し言葉を溜め、続ける。


「彼女本人が盗撮された。だからこそカメラの存在に気付けた。そうなのだろう?」


「…………そうよ」


 五条は振り絞るような声でホム子の推測を認めた。顔を赤くし、恥ずかしそうだ。


 だがそれならまた疑問が巻き戻る。


「五条が被害者なら更に訳が分からん。何故被害者が負い目を感じるんだ?」


 俺はそう聞いた。何かしらの返答があると思って。だが返って来たのは……


「…………黙秘するわ」


「黙秘って……」


 俺の疑問に、五条は口を噤む。どうやら言いたくないらしく、決して口を開こうとはしない。


 数舜、場に空白の時間が訪れたもの、それを打破したのは五条本人だった。


「べ、べつにいいじゃない、私のことは! 問題は光石さんが今回の事件における犯人だったって事実のみ! そうでしょ⁉」


「ふむ。異常に怪しい様子だが、まあ一理あるね。……つまり光石君はこう言いたいわけだ。玲奈の手帳を見れば、もしかしたらそこには答えが書かれているかもしれない、ってね」


「…………。はい。ですがそれも無理でした。手帳には鍵が掛けられていたので」


 しばしの沈黙の後光石はそう自供する。そうなのか? と俺が五条に視線を向ければ、彼女はええと肯定した。


「もしものためよ。手帳にも鍵はつけているわ。……とにかく、私のことはどうでもいいわ。手帳を返しなさい。話はそれからよ」


 五条は手を差し出し、手帳の返却を要求する。


「……手帳ですか。でしたらここに」


 光石は言って、部屋を歩き出す。


 向かうのは後方窓際。備え付けられた掃除用ロッカーを開け、その底部を弄り出す。


 モップの森に埋もれたそこを掘り返して引っ張り出すは、透明なジッパーに包まれた朱色の手帳だった。


「そんな所に隠していたなんて……」


「灯台下暗し、だね。まあ盗み出した代物を現場に残していくなんてことは通常は有り得ないことだろうから気付けないのも無理はないか」


 そう慰めるホム子だが、やれやれと首を振る様子を見れば本気でそのようなことを思っているとは欠片も思えない。


「……先に謝っておかなければいけませんね。五条会長。誠に申し訳ございませんでした」


「別に良い、なんて言うつもりはないわ。詳しくは後で聞くので今謝られても無意味、と言っておきましょう」


「いえ、そうではありません。これからすることに謝罪をしたいのです。……それとホームズさん。和田さんにも」


「……どうしたんだ?」


「自白ですよ。恐らく、先輩方が今最も欲しいであろう情報の提供です。とはいえ詳しく話せませんが」


 一度頭を五条に下げ、上げた顔はこちらへ向ける。


「私はある方に協力してもらって今回の事件を引き起こしました。話せないのは別に脅迫されているということではなく、私の意思であることが一番の理由です。情報提供者を明かさないのは私が心に誓ったルールだからです」


「…………」


 急な告白にホム子は何も言わない。


「ただ話せない理由にはもう一つ。会ったことがない、ということもあります。会ったことがないので私はその協力者のことは話せません。ただ文書によってやり取りをしていただけでなので」


 そう言って取り出したのは一枚の紙片。折りたたまれた紙片だ。


 それを風紀委員室にあるテーブルの上に置く。


「これが私の出来る最大範囲です。協力者への義理であり、被害者である五条会長への負い目であり、巻き込んでしまった御二人への謝礼です」


 俺はテーブルに近づき紙片を手に取った。そこに書かれていたのは殴り書きされた、簡単な協力事項とでも言えば良いだろうか。


 風紀委員室の鍵を開けておくこと。三人の証言者に嘘の面談日を報せること。


 それらを約束する文言。


 そしてもう一つ。記載されていたのはその協力に対する交換条件だ。


 その交換条件の文字列。その頭の文字を読もうとした瞬間に俺はその行為が無駄になったのを知る。




 ……何故ならば、光石はその交換条件を今まさに達成しようとしていたからだ。


「改めて言います。本当に申し訳ございませんでした」


 再度頭を下げる光石。それを見たホム子は、一歩前へ出て叫ぶ。


「⁉ 止めろ、進一君!」


 直後。光石は窓へ腕を伸ばして指を開く。





 朱色の手帳を外へと放り投げたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る