18話
ホム子はポケットから透明の袋を取り出した。そこにあるのは先程見つけた、黒い欠片だ。
「……何ですかそれは?」
「見るだけでは分からないだろうね。なんてことは無い。これはただの芯だよ。シャープペンシルの芯だ」
袋のジッパーを開け、ホム子は中身を取り出す。
遠くからの肉眼では視認も難しい程の欠片は、証拠と言われ突きつけられた当の光石ですら見当がつかないようだ。
それを透かすように持ち上げ、彼女は分析を始める。三百六十度、あらゆる角度から。
「しかし読み取れる情報は無数だ。……ふむ、細さは0.7mm。あまり日本では主流ではない類だ。そして質感。非常に滑らかであり、上質さを感じられる。黒の深さも良い。そこいらの文具屋では手に入らない代物だろう。私はこれに覚えがある。海外のペンシルブランドが販売しているシャープペンシルの芯だ。スイス製だね」
「っ⁉」
「そうだ。私は記憶しているよ。これを販売しているのは以前会ったとき、君が使用していたペンと同じメーカーではないかね?」
断定的なホム子の口調に、俺は待ったをかけた。
「俺も光石が高級そうなペンを使っているのを見たが、あれは万年筆じゃなかったか?」
「知識が浅いね、進一君。高級筆メーカーでは同一の装飾でシャーペンを販売していたりするのだよ。確かに、当時ペン先までは見えなかったが……憶えているかね? 彼女は消しゴムを使っていた。これはつまりインキを用いたペンでないということを意味している」
「……記憶してねえよ、そんなの」
「それはいかん。君はもう少し記憶力を磨いた方が良い。そうすればテストの点数も多少改善されるはずだよ」
「……是非とも磨く方法を教えてもらいたいものだよ」
俺は呆れと皮肉を込めてコメントを返す。が、
「それは良い! 今度機会を設けて君の能力開発にでも勤しむとしよう。これは良い暇潰しになる!」
勝手に他人をモルモット扱い宣言を始めたホム子に、俺は恐怖を抱いた。
この変人主催の能力開発など一体どのような副作用があるのか想像も出来ない。誰が参加するものかと心に誓う。そもそも暇潰しとは何だ、暇潰しとは。
口に出したい文句は多々あるが、俺の淡い記憶よりホム子の観察に依る記憶の方が余程信用が置けるのは事実だ。
実際光石が胸ポケットから取り出したペンはホム子の言う通り、高級な造りをしたシャーペンであった。それを見て満足そうにホム子は頷く。
「君は早々に手帳を盗み、面談をした。そして一度現場を離れたのだが……問題が発生した。そのシャーペンだ。シャー芯の欠片は金庫の前に落ちていた。そしてペンは君の胸ポケットに収まっている。普段からそうしているのだとしたら金庫を開けるため屈んだりしたときに外れてしまったのだと想像するのは難しくないね。非常に特徴的な代物だ。見る人が見れば持ち主を思い出すことだろう。犯行後、それを落としたことに気付いた君は慌ててここに戻ってペンを回収する。これこそ第三証言者が廊下で待機している間に起きたことだ」
そこまで一気に語り終え、一息吐いたホム子。
俺はここに来る途中で買っておいた未開封の水ペットボトルを差し出し、「いるか?」と勧めた。
「ああ、ありがたく貰おうかな」
キャップを捻るとカチッ、といった甲高い音が部屋に響く。一口、ゆすぐような量を含み飲み干してから、彼女は疲れた様子で椅子へと腰かけた。
「……いやはや、現実とは難しいね。どれ程私が論理的な思考であってもヒューマンエラーを組み込んだ推理は出来ない。だから何故君が一度戻ったのか、という場所で推理が止まってしまったのだよ。あのときの私はまるで堰き止められた水路のようだったよ。……だがまあ、詰まった水路の障害物を取り除くのもまた論理的思考であるのだから、現実というのは非常に面白いね、進一君」
「面倒臭せえな、おい」
説明が一段落ついた様子でホム子は一度落ち着く。しかし俺にはまだ疑問が残っていた。
「鍵の件はどうなんだ? ここまで一度も触れていないが一番重要な要素だろ」
「ああ、その程度なら幾らで解決可能だ。ここは学校だよ? 何かしら明確な理由があるならまだしも用事があるので開けてくれと言ってしまえば教師は応じるだろう。……そうだったろ、飛鳥君」
「はいっす。教務室に行って聞いてみたところ、森秋先生が風紀委員の腕章をした生徒から要望を受けたので鍵を開けたそうっすよ」
あまりに実も蓋もない密室トリックの種明かしだが、確かにホム子の言う通りだ。
学校という施設において完全プライベート空間なんてものは存在しない。してはいけないのだ。
なにせ学校とは公共施設。言葉の通り皆の物なのだから。
「その要望した生徒とは光石君のことだったのかな?」
「いえ。先生に写真見せたっすが違ったっすね。女子生徒なのは合っているそうっすけど」
「……ん? 待て、それってつまり……」
俺は射場の証言を聞き、ここに来て新たな可能性を知った。光石以外の女子生徒が教務室まで行って鍵を開けてくれるよう頼んだ。それはつまり……
その疑問に答えるかのように、ホム子は「その通りさ」と告げる。
「この事件はまだ終わりじゃない。……顔の見えない共犯者がまだ一人いるのさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます