17話
「これが一つ目の矛盾の解消だ。では二つ目に移ろう。まあ、ここまで来れば簡単だね。仕切られた風紀委員室で、光石君は風紀委員の格好をして待機し第二証言者との面談を即座に終わらせた。これは事実だろう」
三人目、とホム子は三本目の指を折る。
「そこから時間が経過し……第三証言者が来た。彼は確か人の気配や話し声がしたから廊下で待機していたと言ったね? これは恐らく光石君の自作自演だろう。携帯や一人芝居。何でもいいさ。取り合えず彼女は室内である目的を達成しながら、まるで面談の最中かのように振る舞った。そうしながら彼女は風紀委員の変装を解き、予め用意していた脱出用の衣装で出た。第三証言者は教室から出て行ったのを第二証言者、つまりは男子生徒だと勘違いしていたあたり、男装でもしたのだろう」
第三証言者の証言を思い出す。
そういえば、彼が第二証言を見たとする根拠は……
「三番目の彼が第二証言者を見たとする根拠は学ランを着ていたから、だろ? 裏を返せば顔を見ておらず、服装で判断しただけというのが分かる。顔さえ見せなければバレることはないだろうね。……で、どうだい? 大まかな仕掛けはこんなものじゃないかな?」
「……しかしホームズさん。それはあくまで方法です。犯人が私であることの根拠はゼロじゃありませんか? それにその目的の達成とは? 手帳を盗み出すにしても、あまりに時間が掛かり過ぎではありませんか?」
「勿論、それは理解しているよ。君が犯人であることの根拠だね? ……飛鳥君、写真を」
「はいっす!」
元気な返事をし、射場はホム子に携帯を借した。表示される写真。それはタッチパネルの指紋を残した画像だ。
「タッチパネルの指紋に注目してもらいたい。これは四桁のパスワードが設定される物だ。同じ数字を使えるため玲奈が一体何文字を利用しているかは知らないが、上限は決まっている。四つだ。四以上の数字は使用されない。だから本来ならこのタッチパネルには四箇所以外の場所に指紋がつくことは無いのだ。にも関わらず指紋は六つある! これは次の思考に繋げるために非常に重要な役割を持つ」
いいかい? と彼女は念を押した。
「今回の犯人はつまり、数字を打ち間違えたのだよ。正確に言うなら最小で三回は間違えたことになる。これは多いと捉えるか少ないと捉えるか。どっちだい?」
「……ゼロからこの数字を叩き出したのなら、それは異常な強運だ。あまりに試行回数が少ない。だが……」
「犯人がある程度数字に目安がつけていた、という場合ならこの間違いは多いと判断出来る。そうだろう? 一発で決めていないというのは重要だ。言っている意味は分かるかい?」
犯人はある程度金庫のパスワードを知っていた。
これは事実だろう。そして今ホム子が重要と言っているのはその『ある程度』という部分なのだ。
金庫の数字を突破しようとする時、幾つか方法は考え付く。
例えば所有者のメモなどだ。書き込まれた数字を盗み出し、それを使用する。
だが今回はそうじゃない。それだったら犯人は失敗などするわけがないからだ。
ではそうなると、どうやって犯人は暗証番号を知ったのか。
それを理解した俺は、答えを口にする。
「犯人は五条が金庫を開ける場面を見ていた。つまりはカンニングだ」
「そう。今回の場合はそうなる。察するに四桁の内三つ程は確認出来たのだろう。だがどうしても分からなかった数字があった。これはつまりパスワードを知ったのではなく、盗み見たということになる。実際として盗み見る、覗くといった行為で完璧に入力した数字を認識することが出来ると思うかい? 時と場合、そして相手にもよるだろうが、これが中々に難しい行為だ」
「同感だな。テストなんかでカンニングしようとしても実際見えない解答の方が多い。しかも見えたものに限って自力で解けたやつだったりするもんだから、俺はもうカンニングを諦めたぐらいだ」
「ふふん! わだっち遅れてるっすね。あたしはそんなこと小学校の時には気付いてたっすよ!」
「……君達はまず、真面目に勉強をすることから始めたらどうだい?」
呆れた様子のホム子は、溜め息をつきながら、話を戻そうと言って続ける。
「いいかい? だから犯人は本番の場面で何度かトライ&エラーをする必要があったのだ。更に言えばこの時点で風紀委員による内部犯という可能性も無くなった。そうだろ? もし君が犯人で風紀委員ならば、そんな状態で犯行に及ぶかい?」
「……無いな。何度でも金庫を開ける場面に遭遇出来るチャンスがあったんだ。そこまで来て焦る必要は無い。あと一文字くらい、しっかり確認してから盗み出したい」
「自然な心理だ。だが犯人はそうせざるを得なかった。何故ならその人物には何度も金庫を開ける場面を見ることが出来なかったからだ。一度か、二度。その程度だろう」
そしてもう一つ。ホム子は指を立てて五条を見た。
「ここまで考えれば、今回の犯人に必要だった前提がわかる。それは玲奈の予定をしっかりと把握していた者だ。彼女が今日の昼に予定があるため風紀委員室に来ることは無く、また面談という実際に予定されていた風紀委員の業務を知り得ていたこと。でなければこのタイミングで事件を起こすことは出来ない。……光石君。君は当然、彼女の直近の予定ぐらいは知っていたのだろ? なんせ一日密着取材を行った程だ。可能な日、不可能な日をすり合わせるために打ち合わせは必須だからね。そして次に行こう」
俺は思考を整理するために一度解決しなければならない問題を並べる。
「第三証言者・山田が廊下で待機している間、犯人は何をしていたんだ? そこまでの話が事実とするなら、光石には時間が余っているはずだ」
「その通りだ。手帳を盗み出すこと自体は数秒あれば達成できる。これをしたのは第一証言者が隣室で待機している間のことだろう。ちなみにこの時間の余りこそが、私を最も悩ませた今回の事件におけるイレギュラー要素だ。私は最初、君が何をしたのかは理解していたが、何故それをわざわざしたのか、という点が理解出来なかった。あまりに無意味、と言うより危険性の高い行為だったからね。だからそれが必要な行為であったと前提し、アレを見つけたときはとてもスッキリとした思いになれたよ
「……お前は無駄な前置きをしなきゃ喋れんのか」
長ったらしい前置きは、この女の話を聞こうとする意欲をひどくそぎ落とす。
「はっはっは! 無駄とは酷い言い草じゃないか、進一君。だが君の要望に応えてあげよう。証拠を見せてあげるよ。目的とはつまり……コレさ」
ホム子はポケットから透明の袋を取り出した。そこにあるのは先程見つけた、黒い欠片だ。
「……解決のピースはいつだって現場にある。当然の事実だ」
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