15話



 写真を撮り終わったのを見計らい、俺は指紋が現出した金庫をもう少し近くで見ようと一歩歩みを進めようと……「ストップ!」……した俺の行動を制止する声が聞こえた。


「待ちたまえ、進一君。ストップだ。そのまま動かないでくれ」


「そのまま、って言われても……」


 タイミングが悪い。


 片足を上げ、今にも下ろそうとしたその瞬間にそんなことを言われてもあまりに体勢が悪い。


 片足立ちのままの俺は下腹に力を込めて、どうにかこうにか無理矢理に地面へ触れんとする右足を中空に留めた。


 ああ! 攣りそうだ!


「お、おい! どうすれば良いんだよ⁉」


「そのままだ。そのまま動かずいてくれ」


 言うや否や。ホム子は俺の足元まで移動してさっとしゃがみ込んだ。這いつくばったまま地面を注視し、タイルの溝までもを見逃さんとばかりに顔を近付ける。


「何やってるか知らんが早くしろ! 体勢がきつい!」


「待て! 待て待て待て待ちたまえ……」


 そのまま『待て』という言葉だけを呟き続け、数秒の時間を無限のように思い始めた瞬間、


「────ビンゴだ!」


「うぉ……おわっ……⁉」


 右足の落下予定地点を不正に占拠していたホム子がそんな叫びと共に勢い良く立ち上がった。


 そうなれば必然的に真上にいる俺の足が下方から押し上げられる形となって身体全体はバランスを崩す。


 そのまま重心は後方へと移り、俺は仰向けの状態で地面に倒れた。


 背中全体を打ちつける形で止まった俺は、痛! と短い悲鳴を上げた。


「いきなり立ち上がんな「これだよ!」近けえよ!」


 腹筋に力を込め起き上がると、その先、眼前には興奮したホム子の顔が待ち受けていた。


 抗議の声は歓喜の声に掻き消される。


「成程。そういうことか。……ああ、勘違いしないでくれよ? 事件の全容自体は既に掴んでいたのだよ。だが一点。たった一点だけどうも腑に落ちないイレギュラーを感じていたのだが、それがようやく解決されたと、そう思って欲しい」


 そんなことよりそこをどけ。という言葉を放つ前。


 俺はホム子が見つけたと思われる指先についた小さな小さな一欠片の黒い粒を見た。


 こんな物に一体何を見出したのか……。


 分かりはしないが、この興奮のしようは相当のものだ。


「どうしたんだい進一君⁉ ここまで答えが目前に吊るされていて、君はまだ分からないなんて言うのか⁉」


「言うよ。当然言うよ。生憎。そんな粒で一喜一憂出来る程楽しい人生送っていないんでね。取り敢えずそこどいてくれ」


 しっし、と払うようにして手を動かす。ホム子は興奮した面持ちのまま手に入れた粒を丁寧に透明な袋へと入れてポケットへ納めた。


「さて。後はどうしたものかね……」


 順調、と言うべきかは知らないが、ノンストップで突っ走って来たホム子がここに来て初めて行動選択を悩み始めた。


 顎に手を当て、肘を組む。


 そのまま室内を歩き回り。窓の外を眺めて風を浴びる。そうして何かを思いついたかのように、表情を明るくして呼びかける。


「飛鳥君。ちょっといいかな?」


「はいはいっす! どうしたっすか?」


「頼みたいことがある。まずは玲奈に連絡をしてこちらへ。そして教務室へ行き……最後に……」


「はい、はい……はいっす!」


「大丈夫かい? 少し仕事は多いが」


「任せて欲しいっす! 自分、体力は自信あるっすから」


「……そんなに大変なら俺も手伝おうか?」


「いや、君はここにいたまえ。安心して欲しい。君にはこれからもっと大変な仕事が残っているよ」


「安心する要素が一つも無いんだが……」


「あの……私はそろそろ……」


「ああ! 勿論いてくれたまえ! 是非いてくれたまえ! なんせ君は新聞部だ。こんな現場に立ち会えることは幸運なことだろう⁉」


「……はい」


 有無を言わさないホム子の意思に、光石は諦めて椅子に座った。俺もそれに倣って適当な場所で休むことにした。


 そうする頃にはとっくに射場は駆けだしてこの部屋から出ていた。


 それからしばらくして射場は五条の手を引いて帰って来る。


 随分遅かったな、と思いこそすれ口にすることはなく俺は黙って窓から顔を出して見下ろすホム子を待った。


 ここにいる者全員が同じ心持ちだったことだろう。


 そんな意思が通じたのか。


 ホム子はゆっくりと振り返り、口を開く。「……さあ」と。


 それが合図だった。


 ……シャーロック・ホームズが織りなす、独壇場幕開けの合図だ。




「────謎解きを始めようか!」

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