12話
「……自分で言うのも何だが、正直こんなもので得られるとは随分安い合格印だな」
そんなことはないさ。ホム子は珍しく何の含みも持たず、満足気に微笑んだ。
「確かに暴論で極論だ。……だがそこに論理はある」
「我ながら詭弁だと思っているがな」
自嘲気味に吐き捨てる。
「さて。ではどうして君が満点を逃したか。そこを検証してみようか」
ホム子は立ち上がって俺のメモ帳を手に取った。
「君の推理……いや、推論は非常に惜しい所まで迫っていた。論理の組み立ても私がやるものとはまったく別のアプローチでありながら一種の正解まで辿り着いていたと言っても良い。だが前提が違っていた。忘れていたのかな? ……違うか。恐らく頭の片隅に有りはしたが意図的にソレを除外したのだろう」
「勿体付けずにさっさと言え」
「君が無視したもの。それは玲奈の助言さ。彼女は言ったろ? この三人は誰一人として嘘をついていない、と」
そのことか……。
ホム子の言う通り、それは俺が敢えて無視したファクターだ。
「……だがそれは有り得ない。全員が正直に物を言っているのだとしたらどうやってこの矛盾した供述が出来上がるんだ? 俺はむしろ全員が嘘つきであると考えた方が余程現実に適しているとさえ思ったぞ。五条には悪いが、あいつの言う嘘を見抜くというのはあくまで特技だ。参考にこそすれどそれを前提に推理するのはあまりに芯が細い。今回は誤作動したんだろう」
警察の嘘発見器と同じだ。現実にこの世にはそう呼ばれる機械が有り、実用されている。
ではその利用法とは何だ? それはあくまで過程でしかない。手法でしかない。
決して裁判で有効的になる証拠ではないのだ。捜査の方針に影響することはあっても、事件の根拠になることは現状ではない。それはつまり絶対では無いということ。
公的機関が用いる機械ですらその程度なのである。
今回の場合証言内容に矛盾があり過ぎる。五条玲奈も優秀とはいえ人間だ。間違えることもあると、俺はそう決めた。
だがホム子はその判断を減点とした。それは何故か。
「君の言うことはもっともだ。『参考にこそすれ』。そこは私も同意しよう。言う通りだ。要は参考程度で良いのだよ。参考として頭に留める。そうすれば数多ある可能性を読み解く過程で必ずその参考を下地に思考する時がある。その時だ! 我々にはある展望が見えるはずだ」
「展望……?」
「私とて玲奈の特技を百パーセント信用しているわけじゃない。彼女の言うことを根拠として推理したりはしない。ただ今回の場合、彼女の言が正しいと仮定した場合で推理した時……ピースがピタリと嵌ったのだ。結果的に彼女の観察は正しかったというわけさ」
つまり! ホム子の勢いは止まらず。興奮したままドアを見つめた。
「──入るわよ。どうかしら調子は「素晴らしい!」な、なに⁉ どうしたの⁉」
ずばり廊下の向こうまで見透かしていたかのようなベストタイミングで扉は開かれた。
おかげで入って来た五条は驚き、腰を抜かしてしまった。
「君の洞察力の話だよ。無くても解決はしたが、あの助言のおかげで私は一つその発想を得るまでの段階を飛ばして思考することが出来た。感謝しようじゃないか!」
「……これ、褒められてるの? 貶されてるの?」
「褒められてるんじゃないか? 恐らく最大限の賛辞だ」
最近得たホム子の異常な言語野から繰り出される謎言語を人間語へと翻訳するスキルによって今の言葉を分かりやすくすると、そう捉えることが出来る。
……最高に不要なスキルだ。
「あらそう。随分と嬉しい誉め言葉ね。で、どうかしら? 解決したかしら?」
「事件の全体図は掴めたと思うよ。ある程度の範囲でなら何が起きたのかを理解することは出来た。だがまだ情報は足りないね。論理に隙がある」
「なら私におべっかを使う前にやるべきことをやって頂戴。それとも、何か協力して欲しいことでもあったりする?」
「そうだね……。頼みたいことか……」
ホム子は一度考え込んだ後、顔を上げて指を鳴らした。
「では一つ。質問をしても良いかね? ああ、前もって、この質問に対する回答は必要としないことを言わせてもらおうか」
「はぁ?」
質問をすると言い、しかし回答は必要無いと言う。まったくもって意味の分からないホム子の言動に、五条は眉間に皴を寄せて怪訝な顔をした。
「いやなに。単純なことだよ。私は今からする質問の答えに当たりをつけているからだ。いいかい? では聞こう。『彼ら三人、新規部活動を立ち上げた三人は、部室を持っているのかい?』これが質問であり、回答は順番にノー・イエス・ノー。……そうだね、玲奈?」
「…………っ⁉」
猛烈に自己完結したホム子の質問と言う名の確認に五条は答えない。しかしその驚きに満ちた顔が何より雄弁に事実を伝えていた。
観察の名人でもエスパーでもない俺ですらこの時まさに彼女が抱いている想いを察することが出来たのだから、ホム子ならば言うまでもないだろ。
……何故そんなことを知っているのか、と。
それを見てホム子は満足する。自分の推理が当たったことに当然とばかりのしたり顔を浮かべて、興味はすぐさま別へと移した。
「現状、事件の概要は掴めたよ。まだ全ては計り知れないが、概要は掴めた。しかしやはりあの部室はこうなると不便だね。校内の僻地にあるためにいちいち移動する度に疲れてたまらないよ。ここまで歩くのにも大変なのに、忘れ物をしたがために我々はもう一度帰り、そして再度ある場所へと向かわなければならない。まったく、これに関して君はどう思う、ワトソン君?」
「俺は何も忘れていないので、仮に帰るにしてもお前一人で帰るのが正しい現実だ。勝手に我々なんていう風に共同体扱いしないでくれ」
釣れないねぇ、とホム子は肩をすくめる。取り敢えず抱いた不満を口にした俺は、次に抱いた疑問を投げかける。
「で、次に向かう、ある場所ってのは何処なんだ?」
「そんなもの決まっているだろ、ワトソン君!」
ホム子は言う。
「──真実への手がかりが眠る宝物庫。現場さ」
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