11話
「……ほう? 根拠を聞いてもよいかね?」
今さっきまで否定していた共犯論を唱えた俺に、ホム子は目を輝かせて身を乗り出した。
「根拠、と言えるほど立派なものは一つとして無い。ただ単純に、消去法だ」
そう。消去法だ。ただただ単純に、不可能を消すだけだ。そこに理屈はいらない。
「額面通り証言者の発言を受け取ったとき、状況にはあまりにも矛盾が多く、それぞれの犯行可能性が極端に低い。どの証言者が嘘を言っていたパターンであっても、だ。だからこいつらの単独犯である選択肢をまず消した」
「可能性が低いから、か。もし仮に私達がまだ見つけていない可能性があったらどうするのかね? 我々の度肝を抜く大仕掛けなトリックだったりね」
「知るか。そんな面倒なことを考えてまでこいつらを犯人扱いする程俺は暇じゃない」
「わだっちわだっち。……謎解きしてる最中に知るかは流石にヤバいっすよ」
射場が俺の推論を聞いてドン引きした様子を見せた。だが無茶を言うな。俺は稀代の名犯罪者でも名探偵でも何でもない、ただの学生だ。
難攻不落な超絶トリックなど考え付くわけがないだろう。
そして出来ないことをやろうとする程無茶無謀が好きでもないのだ。
「俺が今やってんのは謎解きじゃないんでな。そこを理解して聞いて欲しい。続けるぞ? 単独犯でないのならば共犯だ。そしてこれからも消去法になる。佐藤・鈴木の証言では協力者がいても状況に矛盾が生じる。そうだろ?」
「だがそれは山田も対して変わらないぞ? 彼が嘘をついていたとしても、共犯者の用意は場に困難を与える。どうやって鈴木の目を躱したのだい?」
そうだ。確かに山田に協力者がいても、形成される状況は難しいまま。それでも……
「……だが困難という言葉は不可能という意味ではない。佐藤・鈴木の場合は彼らの証言が嘘であったとき、有り得ない矛盾と必要のない混乱が生まるだけ。対し山田の場合、その状況に至るまでが困難であるだけで、二者より圧倒的に難易度は簡単かつ結果は有意味だ」
困難な達成条件。それは……
「佐藤・鈴木が入れ違った、これは『偶然』に佐藤が鈴木の存在を見落としていたということで説明がつく。そしてもう一つ。佐藤と入れ違った鈴木が部屋に入る瞬間に『何かしら』の方法で部屋内に共犯者を用意すること。その二つの条件さえクリアしてしまえば山田は手帳を盗み出すのに充分な時間を得られる。これが最も起こり得る可能性が高く、最もメリットが大きいと思われる現時点での判断だ。故に犯人は山田であり、これは共犯によるものである。……それが俺の出した推論になる」
そう。これは推論。目の前にある事実から最も可能性の高い結論を推し量るだけの単純な作業でしかない、推論だ。
だがそんなもの、当然素直に容認出来るものじゃない。
「わだっち、偶然、とか、何かしらって……。それ余りにも投げっぱなし過ぎじゃないっすか? どういう方法かの推理ぐらい……」
「もう一度言おう。……知るか」
「えぇっ……」
射場が素で引いた顔を再度見せた。
「そんな方法は考え付かない。俺が出したのはあくまで道筋を無視した結果であり、推理なんて立派なものじゃない。言っただろ? これは消去法だ」
そうだ。これは推理じゃない。
「ただ『有り得ない』を消した先にあった結果がこれというだけで、ここに紐づく理屈も動機もトリックも、知ったもんじゃない。……不満があると言うなら何も言い返せないがな」
「……不満、か……。ふふっ……」
俺の結論に、ホム子は俯いた。顔を伏せ、こちらからは様子が見えない状態が数秒続いて、次第に肩が震えるのが見て取れる。
直後に聞こえたのは彼女の心底愉快そうな笑い声だった。
「はっはっは! 不満も何もあったものか! くくっ……! 言うに事欠いて知ったことかだと⁉ 偶然だと⁉ 推理を放棄した消去法による問題解決⁉ 随分無責任な暴論じゃないか!」
「悪いか?」
「悪くないさ! 悪くない! むしろ賞賛しようじゃないか! あまりに奇妙奇天烈な思考方向だ。成程、と思わず私が感心する程にね。過程を省略し、結果だけを見て物事を定める。言ってしまえば愚か者の典型のようなものだが……そうか。一定の思慮を重ねてやれば一種独自な発想手段に成り得るわけだね。非常に面白い」
慇懃無礼、という言葉をこの女は知っているのだろうか。あまりに大仰かつ笑いを含んだその論評は、自覚している推論の拙さも相まって馬鹿にされているようにしか思えない。
そのまましばらく。続いた高笑いが鳴りを潜めだした頃、ようやくホム子は顔を上げて俺の推論に対する評価を下した。
「60点だね。うむ。君の推論に、私はこの点数を与えようじゃないか。不満はあるかい? 確かな反論材料を持っているのなら、再度の採点によって点数を変更する準備はあるよ」
「……与える、って上から目線の言い方は気に食わんが、思ったより高得点だとは思っている」
「そうかい? まあ確かに、君の従来記録するテストの点数からしてみれば高いと言えるかもしれないね」
余計なお世話である。
「だが実際、この点数は低い。私がこのような点を取ることがあれば羞恥で顔を赤くし、三日は人前に出られない値と言えよう」
「……やかましい自慢だな」
こちらの不貞腐れた呟きをホム子は「しかし」という一言で断ち切り、続ける。
「──赤点は回避だ。合格印の花丸を授けようじゃないか」
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